第47話 哀傷②

 交際を始めた政治家の娘は、正子まさこという名である。柔らかく人を包む雰囲気があるが、見た目に反して男気があり、俺を引っ張ってくれる。

「光生さん」

と名前で呼んでくれる。俺はその声が心地よかった。

「正子」

と呼ぶと、嬉しそうに笑うのだ。

 正子は、俺の六個年下の愛嬌がある娘。俺のような男が一番傍にいてはいけないと思う。

 なんせ、国の恥であるからだ。留学先で恋に落ち、子どもと女を残して母国に帰った。

 最後まで国のために働きはつもりはあるが、心の中は後悔が消えない。

 正子はそんな俺を、優しい眼差しで見つめ、素敵な人だと信じてくれる。それが俺には眩しかった。

 俺は国のために働くのを辞める気はないが、心の片隅にはいつも正子がいた。彼女が近くにいると頼ってしまう自分がいて、こんな自分ではダメだと思っていたが、彼女はそれで良いと言ったのだ。

「あなたを支えます」

そう言ってくれた彼女には頭が上がらないし、甘えてもいいのだろうかと思ったりした。ただ、今は結婚ができないといっただけなのに、どうしてそこまで言ってくれるのか理解できなかった。

 ルーシーやセイを忘れようとした時期がなかったわけではないが、結局墓場まで持っていくことになる罪だと思い、毎晩のように涙を流すこともあった。



 真珠湾攻撃から三年が経とうとし始めた。

 この頃には、俺の存在はある程度浸透し始めていた。

 しかし、俺は以前ほど表舞台に顔を出すことはしなかった。俺の評価はまた人によって異なるだろうと思い、自分で納得できるまで公の場に出ることをやめたのだ。


 そんなある日のこと。

「光生さん」

と女性の声で呼ばれた。振り向くと、そこには正子がいた。

「なんだ?」

「金平糖を食べませんか? 私の親族から少し貰えたのです」

 俺は、正子から受け取った金平糖を口に入れた。口の中で甘く溶ける。

「美味しいな」

と言うと、彼女は嬉しそうに笑うのだ。それが愛しくて仕方がなかった。

 ルーシーよりは幼い妹のように思う部分が多かったが、癒される存在として傍に置いていた。

 やはり、俺は最低な男だろう。一途とはかけ離れてしまった。

 ルーシーとセイ以外に、俺の傍にいてくれる人が現れたことに安堵して、彼女の好意に甘えている自分がいたからだ。


 正子が妊娠したのを知った時は驚きが隠せなかった。俺は躊躇ったが、彼女は「産みます」と言って聞かなかったので了承した。

 結婚するつもりはなかったのに、いつのまにか俺と正子は夫婦になることになる。

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