第45話 舞い戻って振り返ると
飛行機でドイツに帰る日、東京国際空港まで監督が車で送ってくれるということだったので、お言葉に甘えることにした。
「車内でいい。二人だけで、木ノ下光生自身の話を君にしたい」
難しく、でも話したいという気持ちが半分のような表情で、監督は言ってきた。
朝ご飯を食べてすぐに、俺は荷物をまとめて、監督のご家族の方にお礼と感謝を述べると、奥さんもお子さんも照れてしまった。
車に乗ると、監督は
「日本で過ごした時間、役者との交流は如何だったかな?」
と訊いてきた。
「日本は本当に素晴らしい国だと再認識しました。西洋のものを真似して取り入れて発展してきたと思っていたけど、実際に訪れてみるとそういうわけでもって感じで、ちゃんと独自の文化も考え方も持っている」
感想を言うと、「うんうん」と言いながら聞いてくれた。
「俺自身もそう思っている」
監督は東京国際空港に向かうために車を走らせる。
「木ノ下光生の話、俺の家で話すのもどうかと思ってね。妻にも子供にも秘密にしているんだよ」
赤信号になったので、車は停止する。
「木ノ下光生のドイツ留学後の話は、ルーシーさんもその子供のセイさんも知らないだろう。戦死したのは知られているのだろうけど。知っていてあげてほしいんだ」
俺は黙って聞いていた。青信号を確認してから、再び車は動き出す。
「日本に留学する前の彼は、父親が医師だったこともあり、医学に興味を示していた。しかし、血がトラウマになる。医学ではなくて、教育学の勉強をするためにドイツに留学。幼少期、特に青年期は俺の祖父と一緒に暮らしていたから、よく当時の日記に光生が登場している」
俺は前を見ながら
「映画も、その日記を元にという感じですか?」
「六、七割は引用しているようなものだよ。祖父にはその時には、って了承もらっていたし」
監督は、そう言ってから
「俺がこの映画の撮影に参加したのは、彼のことを後世に伝えていくこともそうだが、役者や撮影スタッフたちとの思い出を残そうと思ったからだ」
と言った。
俺はその監督の言葉を聞き逃さないように耳に神経を集中させた。
「俺は、監督になって、縁に恵まれて。大事にしようと思った。いい作品にするために厳しいことも言うが、この映画に自分は参加できてよかったって役者にもスタッフにも思ってほしい。悪い監督なんかは嫌われるし、ついてきてもらえなくなるけどね。そうはならないような、役者も裏方も楽しめる作品にしたかった」
そこで言葉を止めて、俺の方をチラっと向いて、口を開いた。
「君は俺にとっての希望の灯だよ。だから、君が存在できた世界線を作ってくれた神様と木ノ下光生、光生を支えてくれた人たちに感謝したい」
その言葉が心に染み渡った。
それから、日記だと言われ、赤信号になった時に監督は鞄からA四のノートを取り、俺に手渡す。
「俺の祖父が、実話を小説風に書き記した。昔の言い回しにしていなかったから、読みやすいだろう。光生が、彪吾に全てを明かすまでの葛藤が書かれていた」
読んでみなさい、と目で伝わったので読み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます