第43話 望みを掬う
実写映画を作る流れで、打ち合わせもシナリオ作成という撮影前の過程も大切だ。撮影は役者の演技力の他にも、照明といった機材の設置作業、撮影現場の確保などが必要。それが終わってからの、編集や音入れも欠かせない。大事な作業。多くの人たちの手を経て完成させることができるのだ。
『生かすも殺すも編集しだい』という言葉があるように編集は重要な作業である。地道で、面倒な作業が多いかもしれないが、その作業はきっと無駄にならない。良い作品にしたいのならば、必要なことである。その気持ちは皆同じだと思う。
俺はそんなことを考えながら、目の前にあるパンケーキを食べている。
今日は礼くんと『夢の国』がキャッチコピーのテーマパークに来ていた。来てすぐにスイーツのレストランに入って、俺は抹茶アイスがトッピングされているパンケーキを食べている。礼くんはいちごがたっぷりトッピングされているパンケーキを食べている。
すると、向かい側のテーブルに座っていた礼くんが俺の横に来た。
「あの、ドイツに帰るのって何日後なんですか?」
俺のパンケーキのトッピングの抹茶の生クリームをフォークで掬う。
「お、食べた。まあいいけど」
俺も、礼くんのパンケーキのいちごクリームを掬って食べる。礼くんは何故か満足気に笑う。
「後一週間は、監督の家で世話になるよ」
礼くんは軽く頷いた。
俺は疑問に思ったことを訊いてみた。
「礼くんは、海外に興味があるんだよね?」
「はい」
「留学よりも、なんでダンスの技術を極めるためにアイドルをやるって感じなのかなって思って」
礼くんは、数秒固まる。そして
「悩んでいることを、よく当てましたね」
と苦笑いしながら言った。
「あはは」
笑ってごまかそうとした時
「俺、本当はアイドルより、海外で勉強しながらテーマパークダンサーもやりたいなーとか思っていて、今でも。小学生の頃の夢だったんです。だけど、テーマパークの接客は、日本の方がしっくりきて。でも、日本でここまで売れたら観客にバレて、テーマパークに迷惑かけんのも嫌だなとか考えちゃって、自分を偽っているというか、スカウトされて、自ら足を踏み入れたアイドルの世界なのに、自信があるわけでもない。むしろ今は役者の方が向いてるんじゃないかとか思ってしまうんです。でも、海外は興味あって」
俺は「なるほど」と相槌を打つ。
「じゃあ、パレードは観なきゃだね」
俺の言葉を聞いて礼くんは驚いた顔をしていた。
「だって、夢の国でしょ? 礼くんのその迷いとか不安が少しでも無くせるなら俺は協力する」
俺は微笑むと、
「だから俺のパンケーキ食べてもいいよ」と言った。
すると礼くんの顔がぱっと晴れた。そして俺の抹茶アイスの部分をスプーンで掬って食べた。目を輝かせ、「甘い」と笑う。
「さっきの話だけど」
礼くんの表情が変わった。真剣そのものといった様子だった。
「俺もパンケーキ、一口あげますよ。俺の分。その代わり俺の悩み聞いてくれませんか?」
俺は首を縦に振った。すると、礼くんは安堵のため息をつく。そして
「俺、将来海外で活躍出来る人になりたいんです。厳しいことがあるのも重々承知しているんですけど、俺には二十歳前後で行きたいって思って」
と言った。
礼くんは、まだ十七歳。未来がどうなっていくかは誰にも分からないが、その夢を叶えられるように、これから頑張っていってほしいと思った。俺は
「応援しているよ」
そう言うと、礼くんも
「ありがとうございます」
笑い、続けて言う。
「『星の如く急がず、だが休まずに』ですね」
俺は、探偵が犯人を突き止めた時のようにニヤリと笑う。
「それは、ドイツの有名人の言葉だね」
礼くんのパンケーキを一口食べながら、続けて言った。
「気持ちを晴らして元気を出すんだ。芝居を頑張った自分へのご褒美に、今ここにいるんだろ? 三十代のおじさんが黒鼠のキャラクターのカチューシャ着けるの、本当は恥ずかしいんだぜ」
黄色い熊のキャラクターのカチューシャを頭に着けている礼くんは、子どもみたいに無邪気な笑顔を俺に向けた。
冬の晴れた昼間は、太陽の光が降り注いでポカポカ暖かいが、夜に吹く冷たい風が身に染みる。十二月に入り一層寒さを感じるようになった。テーマパークも長時間いると寒いかなと思っていたが、同じジェットコースターを三回とコーヒーカップを全力で回しすぎて、寒さを感じるよりも、頭がクラクラしている。
でも、礼くんの息詰まっていないような顔を見ると、誘って良かったと思う。それにしても礼くん、絶叫系が好きなんだなと思った。
お土産にテーマパーク限定のマグネットを買っている礼くんの隣にいる。礼くんは
「これで色んなものを止められたら最高ですよね」
と笑いながら言っている。礼くんらしいなと思いつつ、礼くんにお揃いのペンダントを渡された時は、心臓が止まるかと思った。お返しにとキーホルダーを渡したのだが。
お土産屋さんを出た後、噴水の前でパレードを鑑賞した。
音楽に合わせて、ダンサーの人達がカラフルな衣装を見に纏い踊っている。幻想的な光景に目を奪われる。周りにいた子供たちも釘付けになっていた。
そして礼くんの方へ振り向く。俺は礼くんの横顔を眺めて微笑んだ。
「大好きなことを全力で」
俺が礼くんに言うと
「そうですね」
と言って、礼くんは前を見た。礼くんが何かを決意したのだと察することができた。俺は安心した。
この後、礼くんと別れて監督の家に帰った。
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