第41話 最高の演技

 撮影が始まる。俺はただじっと立ち尽くすだけ。

 日内さんは、真っ赤なドレスに身を包み、クリーム色の金色の長い髪を輝かせていた。目の色は髪と同じ色で、とても綺麗で顔つきも良い女性。日内さんの赤いドレス姿は魅了される。

「私が教えますから、大丈夫ですよ」

 怖い天使が、あどけない十九歳の女性を演じている。

 優雅な音楽に合わせて二人はステップを踏む。礼くんのステップは、本当に初心者という感じがした。いつもと踊る系統はとは違うといえど、礼くんならすぐにワルツでもバレエでも踊れると思うが、あえて演じているのだ。次に俺は、礼くんの表情を見た。


 目を見開いた。違うのだ。いつもの礼くんではない。


 顔つきがだんだん魅了されるという言葉よりぴったり合う言葉というものを探したが、思い浮かばない。


 惹かれていく顔が、恋をする男性のそれで。

 後々、葛藤するのなんてまだ知らない、光介はルイーナに夢中になり恋に落ちた瞬間の彼の眼差しに心打たれた。


 それは、日内さんも同じで。礼くんの瞳には、もう恋をするという一心しかなかった。


 目の前の女性がほしいと欲情する獣になるのはまだとはいえ、惹かれるシーンは最高の演技だ。光介とルイーナは、お互いがお互いを受け入れる演技をしている。日内さんもうっとりしていた。

 

「はい! カット!」

スタッフの大きな声が響く。カットの合図まで踊り続けた二人に

「お疲れ様」

そう俺は言った。

 日内さんは、その場で膝から崩れ落ちるように座り込んだ。

「大丈夫ですか!?」

 俺は日内さんに近づく。もうすぐ冬だというのに、汗びっしょりの日内さんが

「初めて……息が上がりました。あのシーンの演技で。演技中は我慢していたけど、礼くんに息が荒いなって思わせちゃったかな」

と言って、ドレス姿のまま胸を抑える。

 礼くんも何かが抜けたように上を見て息を整えている。俺は日内さんにペットボトルの水を渡すと、「ありがとございます」と水を受け取る。すると、一気に飲み干す。

「すごい良かった。惚れそうになる。あんな演技、誰にもできない」

 俺は思ったことを口にすると、日内さんは照れながら笑った。


 それから礼くんの元に行くと、俺の顔を見て

「アイドルだけど、本職は役者って名乗ってもいいような演技を目指しました」

と笑って言い放った。その笑顔はいつも通り、可愛いかった。

「最高だ」

 俺はそう言って、歯を見せて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る