第39話 怖い天使
俺のことは、他の役者さんから聞いていたらしい。
「後で、もっとゆっくり話したいところだけど……まだ撮影あるしなあ。この後、予定あります?」
俺は首を横に振る。すると
「じゃあ、連絡先教えてください。明日は休みだし、夜ご飯一緒に行きません? 私の奢りで」
スマホを取り出して、二次元コードの画面を見せる。
「人気女優さんなんだし、スキャンダルとか大丈夫なんですか?」
自分のを表示させて交換する。矛盾した行為をしている自分を理解しきれてない。
「連絡先は、他の役者さんたちとも交換しているんですよね? 私だけ抜きは良くないですよ」
確かに交換はして、会話をメール内でしたりはしている。ドイツのお土産が何がいいかを聞いたのも、メールでお菓子と言われたため、チョコレートを買ったのだ。
「ご飯は別に良いんですけど、取材とかスキャンダルとか色々あるんじゃないんですか? ただでさえ、復帰したばかりなんですし。俺、監督の足は引っ張りたくはないですし」
彼女は、演じているのだろうかと思うくらい、美しく笑った。
「大丈夫ですよ。私は」
自信たっぷりに言われたら断れないのであった。
そして、次の日。約束の時間が過ぎ、指定された場所へ行く。都心から外れたホテル近くのイタリアンレストランだった。俺が来るなり
「こっちだよ」
手招きされて席に案内される。
「そこらで、雑誌の人とか着いてきてたりしていないですか?」
キョロキョロしても目立ってしまうので聞く。
「うーん。大丈夫だと思うよ」
「本当ですか?」
疑いの眼差しを向ける俺を見て笑いながら「ほんとうよ、心配性だねえ」と言った。
料理を頼み、ワインを飲む。お酒は強いらしい。俺も顔は赤くなるとはいえ、酔い潰れたりしたことはなかった。
「なんか、訊きたいことでもあるんですか?」
俺が困ったように聞くと
「えー、そうですねえ」
と考えながら口を開く。
「監督とどうやって出会ったんですか?」
「監督とは仲が良くて。今に至りますね」
日内さんは軽いため息をついて
「紳士的というか、ボロが出ないですね」
「俺にボロを出させようと?」
眉をひそめると
「いいえ、仲良くなりたいなって思っただけ。それに、スバルさんってモテるでしょう?」
急に言われて驚く。
「知ってるよ。私、異性愛者だもん」
「そうですか……」
少しつまらなさそうな表情をして
「俺と居ても、楽しくないと思いますよ」
素気なく言うと
「彼女いたことないんですか?」
すごいツッコんでくるなぁとは思いつつ
「中学の時に一人と、大学の時に一人。社会人になってからは別に」
と答える。
「ふうん。意外」
興味があるのか、無さそうなのかよくわからない表情をしている。俺は続けて質問をする。
「恋愛に興味無い感じなんですか?」
「そうでもないですよ。好きになる人はちゃんといます」
と言い切る彼女。
「なら、その相談ですか?」
「それも違います」
即答だった。この人の真意がつかめないなと思っていると、日内さんが
「あなたが気になってしょうがないのです」
真剣な声で言われる。酔っ払っているわけではないだろうが。少し顔が赤いのが可愛いと思ってしまう自分がいた。
「ん? 待って下さい」
話を誤解したくなかった。
「役柄、俺がローランドのモデルの人ってことで、役柄親近感が湧くからってことですよね?」
喉が渇いたが、お酒を飲むのを一旦やめて彼女に問いた。
彼女は首を横に振った。
「そうじゃないんだよなあ」
と言って笑った。彼女は続ける。
「今も。あなたのことが忘れられない。だから知りたい。もっと」
俺の手を握る。ときめきを感じることもなく、日内さんは、まるで天使と確信し、天使は怖いと思った。
「役者、どうしてなろうって思ったんですか? 幼少期から活躍していた天才子役だったようで」
話を変えてみる。
「まあ、演技の才能は昔からあって。劇団に入れられたんだけど……あんまり面白くなくて」
苦い思い出を語るような表情をした。
「それで、色々あって役者辞めようとしてた。活動休止ってなったけど、本当は辞めて、海外にでも行こうかなって思っていたの。でも監督の映画に出ることになった。この仕事は、心からやってみたいって思えたの」
彼女は目を細める。
「今まで、自分のキャラに合ってない、元気キャラとか演じてきたから、こんな風に大人しい、清楚で上品でおしとやかな役、初めてやって。でも、この映画は本当にやり甲斐を感じるの。それに、この役で色んな人を笑顔にしたいし」
「へえ。すごいですね」
食事を進めようとすると
「これは、宣戦布告でもあるから」
と言う。
彼女の言いたかったことが全く理解できなかったので
「そうですか」
と受け流すように答える。
「一目惚れ、初めてしたんです。人生で経験したことなくて。演じる時はなんとなくで演じて。この前、ようやく分かった。一目惚れの気持ちが」
そして続ける。
「私のことは知ってくれてけど、まだあなたのことを何も知らない。教えてください」
真っ直ぐ見つめられた。
「俺のこと?」
驚いた表情を俺は見せる。
「そう、全部」
はぐらかしても、逃してくれないだろう。出会って数日と言ったところだが、仕方ないと観念して
「俺、本音を言うと、日内さんが怖い。どこまでが演技なのか。そもそも素顔が分からない、し」
俺は、焼肉屋で監督が言っていたことを思い出した。
『この映画は夢を与えるというよりは、真実を教える映画でもあるんだ。素顔とでも言うべきなのか』
という言葉。だから素顔が分からない日内さんをキャスティングしたのだろう。
「何か考えごとですか?」
彼女はワインを飲みながら聞いてくる。
「別に」
と返すと、不満そうな顔をする。俺は続けて
「なんで、俺なんですか? 芸能界、もっと色んな人がいるだろう」
「居心地悪い時もありますよー、ってそれはどこでもそうか」
いや、待て。監督は『この物語は、恋をする映画であってほしいと思っている』と言っていた。でも、日内さんが演じるルイーナが恋をするのは光介だ。俺がモデルのローランドじゃない。
「俺が好きって気持ち、役に活かせますか?」
「というと?」
「異国から来た留学生、光介を好きだという気持ちに変えてください。活かせるのなら、慕ってもらったも構いません」
俺は、彼女を真っ直ぐ見て話しを続けた。
「俺は、この映画に監督や役者の方々と同じように、命をかけているようなものだ」
とはっきり言った。
すると彼女は笑い始めた。何故笑っているのか分からず、キョトンとするしかなかった。日内さんはまだ笑っていた。
「そこまで、重く捉えなくても良いと思いますよ。ただ単純に好きって気持ちですから。それに」
と言いかけて口を閉じる。彼女は、俺を見据える。
「スバルさんに恋をしているって、嘘偽りのない気持ちです」
彼女の目は真剣そのもの。演技なのか本当なのかは分からない。
「俺は、日内さんと付き合うつもりはありませんよ。日向さんのことは何も知りません。これから知ることも、ないと思います」
「ほう、言いましたね。私、この映画のやる気、さらに出ました」
不敵な笑みを浮かべた。彼女は女優なのだと実感させられた瞬間だった。
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