第34話 演じる

 もう一度肉を焼いて、お皿に盛り付けてくれた。

「それから、今度は真田さんのことなんですけど」

 監督は焼肉を食べながら頷き、答えを待っていた。

「単純な疑問に過ぎないのですが、どうして、悪役のプロを光介役という役にキャスティングしたのでしょうか? 悪役を務めるということは難しく、上手い演技が出来るほど面白い話が出来上がるということは分かったんですけど」

肉を飲み込んで、水を一口飲んだ監督は、フッと笑う。

「光生はいわば、国を裏切っているだろう。留学した先で恋に落ちて子どもまで……。隠し子と自分より年下の女性を愛してしまった。これは罪悪感を感じるはずだろ。それを演技として表現できる役者は少ない」

 確かに。光生の立場にいたら罪の意識と愛した女性との間で揺れ動くことになるかもしれない。それを感じられる演技力がほしいということなのかと思ったのだが、監督の目は真剣そのもの。

 まだ話は続くらしい。それを嬉しく思う。焼肉は冷めてきてしまっているが、構わず話を聞く。

「それにだ、この物語は、恋をする映画であってほしいと思っている」

「恋ですか」

俺は不思議に思い、ゆっくりと繰り返した。

「そうだ。話はさっきの話になるが、礼くんには留学先でルイーナと恋をしてもらいたいんだ。それができる俳優は限られているからな」

「礼くんが大人でも子供でもない年頃だから、演じられるということでしょうか?」

 監督は苦笑いをして

「それは違うなあー、もっと複雑なものだ。礼くんの役はな、悪役の前兆を最後に作ってもらいたいんだよ。アイドルというのはキラキラとした笑顔でファンと握手をしたり踊ったりするが、全てが本当だと思うか?」

アイドルが嘘だと言われれば、そうだと言いたくなるが、現実はきっとそうでないんだろう。アイドルは夢を与える仕事なのだから。

「アイドルの仕事は人前で歌って踊ることだ。だが、その前にはレッスンがあり、体力作りをしている。歌の練習もするしダンスの振り付けを覚える。礼くんのダンスは実に素晴らしい。映像でしか見ていないがな」

「俺も、数日前に動画配信サイトで見たくらいですけど、すごいと思います」

監督は水を飲んで

「この映画は夢を与えるというよりは、真実を教える映画でもあるんだ。素顔とでも言うべきなのか」

「なるほど、だから悪役のプロの真田さんを採用した……と」

監督は頷き

「光生の罪を知ることになる。光生に後ろめたさを感じた。悪役も、自分をした行いに対して、悔いる場合が多い。それを上手く演じてくれるんじゃないかと思って、光介役に選んだ」

監督の目は現状を見つつ、先を見ていた。


 焼肉を食べながら監督の過去の作品の話もした。

 八年間の助監督期間を経て、プロデューサ兼監督となり、初の監督作品、女性菓子職人・酒原さけはらまいやの人生、戦後の寒村の公園に捨てられていたヒロインが、事業を立ち上げ、有名になるまでの過程を描いた映画の売り上げが良く、映画の構成や、キャスティングが好評だったこともあり、二作品目で東条さんも出演した絵本作家の女性が主人公の話を制作した。

「東条さんも面白い演じ方をする方ですよね! 表情とか」

「だろ?」

 監督がとても嬉しそうだった。俺は、東条さんの無邪気で子供っぽい笑顔が好きだから自然と笑みを浮かべてしまう。西洋的な顔が演じる上でのコンプレックスとは言っても、利点にもなる。それを証明出来たのが、監督が作った映画だった。

 サラダを食べ、俺も水を飲む。

「ローランドは君をモデルにして作った、創作キャラクターだが、上手く演じてくれそうだ。あいつの演技の特徴は感情が豊かなことだ」

 そう言って、監督はまた肉を網に乗せて焼いていく。俺のお皿にまた盛ってくれた。

「あいつは演技が上手いし、感情も豊かで良い奴だ。でもな、感情的になると自分の意思とは違う行動をしてしまうところがある」

監督はカルビを口に入れながら俺を見る。

「君は、感情を抑えることができる。自分の意思で動くことができる。そこを評価している。仕事柄、色んな国に行くからなのもあるだろうがな。育ちが良い貴族のイメージを持たせ、傲慢ではない。まあ、他にも理由はあるんだが、そこは秘密だ」

口元に人差し指を当てられ、ウィンクをされた。

「元基の役者の演技、どうだった?」

「はい、良かったと思います。台本を読んだ時の印象と違っていて驚きました。まさか、あんな演技ができるなんて」

 撮影現場は、朝早いうちから始まり、夜遅くに終わることが多い。みんな体調に気を付けて、演技を磨いて役作りを行う。

「礼くんの演技が思ったよりもできていたから、ちょっと演じ方を変えてもらった。『数十パーセント、本気出していいよ』ってね」

 礼くんが、少しだけ素で演じた部分があったからこそ、監督の思惑通りに事が運んだ。それは感謝しなければならない。


 それから、この映画の元のシーンもある、ドラマ『星のものに』の話になる。

「激動の明治から戦後までをドラマでやるってのは、結構難しい。予算も限られている中で、祖父を再現させたかったしね。一から作り上げることにした。そしたら、まあ想像以上に面白くなったよ」

 俺は笑いがこみ上げてくる。本当によく出来たドラマだと思っていたからだ。


 肉を食べ終えてデザートを食べていると吉池監督が話しかけてくる。

「祖父・彪吾はマメな人だったから、手記が多いんだ。だから、本当の光生というキャラを作り上げるのに、戦国時代の武将なんかよりはイメージしやすかったんだ」

「俺も、祖父がどんな人だったのか気になっていました」

 吉池監督は持っていたお箸を置いて水を飲む。

「ルーシーさんには、最近連絡されているのかい?」

俺は二度、縦に頷く。

「俺たちが思うヒット作を完成させてねって。まだ、他人事のような感じはあります。小説を読むように言った時から、思い出したくない過去だったのかなって」

 監督はなんとも言えない表情で同情したような表情を浮かべた。

 監督との食事は有意義なものになった。監督は、本当に勤勉だと改めて思った。

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