第33話 幕開き

 朝日が数分前に出たあたりで、撮影を開始した。

「薬なら、自分で飲めます」

 礼くんの演技は大人びいた性格が出ている。それを役にフィットさせている。

「少し話そう。光介は、ここに来て数年経ってけど、無理させてしまっているような気がする」

「そんなんじゃ! ……そんなんじゃないです」

すこしの間もピッタリで、のめり込まれる。

「光介」

「無理をしてはいけないよ。自分のペースでいいんだ」

「はい」

 演じ方にも個性が出る。迫力があり、圧巻させる演技、正確な演技をする人、天才的な演技をする人。

 そのどれもが作品をより良くしようと命をかけて演じている。

 

 朝日が撮影現場を照らした。

「ここからが、本番みたいなもんだぞ。スバルくん」

「吉池監督!」

「ちょいと休憩。っていっても二、三分」

俺が腰をかけていた椅子の横の空いている椅子に、監督は座る。

「留学してから、光生は変わった。自分の好きなもの、ことではなくて、本気で愛したいと思える女性に出会った。その気持ちを観ている人に演じられるかが、礼くんの課題だ」

「課題、ですか」

「礼くん、役者の仕事はこれが初めてなんだよ」

「結構、難しい役じゃないですか……初めて演じるのが光介役って」

 礼くんが心配になってきた。監督はニヤリと笑って

「だから、礼くんには真田丈の演技をよく観るように言った。それから、礼くんが演技する、留学先でルイーナと出会い、交流を深めるのは最後の方だ」

 もしかしたら、本当の最後の撮影になるだろうと笑っていた。

「真田丈が、演じるのは悪役だ。顔が怖いからという理由も挙げられているそうだが、何故悪役を商売道具に出来ているのだと思う?」

 質問をさせたので、素直に思っていることを言った。

「役と真田さんがしっくりきていたから?」

「んー、言いたいニュアンスは分かるが、ちょっと違うな」

吉池監督は腕を組んで

「悪役はな、陰の主人公って言い方もさせれてる。敵役の演技力がないとつまんない、飽きてしまうんだ。悪役は主人公より思いっきり演技ができるって言う方もいらっしゃると思うが、そうとは限らない」

説得力がある内容と言い方だった。

「真田丈の演技はプロ級だ。けれど、世間に知られているのは悪役の真田丈だがな」

「聞きたいことが二つあるんですけど」

と言うと

「次のシーンの撮影があるから帰りに食事でも行こうそこででも語ろう」そう言って、俺の肩に手を乗せて、役者たちの輪に入って行った。

 特に、元基役の俳優には特に目を光らせ細かい指導をしていた。自分の祖父のキャラクターでもあるからこその熱量だと思う。


 一週間程度の撮影を一気に行い、家に帰る前に食事に行こうと監督が提案してくれて、焼肉屋に行った。個室の部屋に案内されて。座布団の上に座る。

 椅子が有る店が良かったかと訊かれたが、監督の話が聞けるなら、どこでも良かったし座布団のお店でもよかったのだ。

 おすすめメニューを二人分頼んで、届いた肉を監督が焼いてくれる。

「あの、俺、焼き方覚えたんで焼かせて頂きます」

「あー、いいよいいよ! はい、これがカルビ」

お皿に盛り付けて渡してくれる。俺がお礼を言うとニコリと笑って

「早速、質問に答えたい。二つと言わず、スバルくんなら何個でも答えるさ」

 日本で有名な映画監督の言う、質問に何個でも答えるは、なんだか申し訳なさと、ちょっとした恐怖があった。

「まず、なんで、礼くんを青年期光介役にキャスティングしたんですか? 本職はアイドルで、日本のアイドルが役を演じることは、おかしい事ではないとは思うんですけど、吉池監督のような有名映画監督の次作期待大! の役を演じること未経験の高校生が……ってのはちょっと疑問です」

「ほう」

「それに、礼くんからダンスが得意だと聞いたんですけど、この映画では踊ったりすることはないです。脚本を読ませてもらった時に、そうでしたので。あ、でも、パーティーでのダンスも、優雅なワルツをダンス初心者が踊る感じじゃないですか? 礼くんは、練習すれば完璧なパフォーマンスになってしまいそうだし。礼くんが海外に興味があるからでしょうか?」

監督は顎に手を当てて

「スバルくんは、役者未経験、男子高校生アイドル、ダンスが上手、そしてここ一年で人気なアイドルグループのメンバーと聞いて、闇社会でインパクトがあるのはどの肩書きだと思う?」

監督が俺を見てそう言い放った。

「人気アイドルグループのメンバー……でしょうか? まさか、事務所に圧力をかけられたんですか? そんな、人を駒みたいに」

監督は自分の肉を箸で掴む。

「待て待て、俺の話を聞いてくれ!」

慌てて、俺の誤解を解こうとするのが伝わってくる。

「事務所からの圧力は、俺の場合はなかった。多少の条件はあったがな」

 そして、肉を口に運び

「美味い」

と呟く。

 俺もカルビを不器用に箸で掴み食べる。確かにドイツで食べるものとはどこか違う。日本に来た時に一度焼肉を食べたことがあるが、それとは全く違う。美味だ。

「礼くんの演技力に注目したか? モーメント・バイ・モーメントのキャスティングのオーディションで審査員の一人になって、礼くんを見て、すぐに決めた」

 監督は肉を飲み込んでニヤッと笑い、何か策があるのだと言い聞かせるような口調だった。

「はい、礼くんの演技力は凄かった。本当に光介になったように感じました」

「俺も、初めて会った時は驚いたよ。礼くんは、光生を生き写しのように演じた」

「研究したのでしょうか? でも、誰にも木ノ下光生の映画だっていうのは伝えていないはず」

吉池監督は大きく首を振った。

「いや、ただ光介が好きって感情が爆発していたんだよ。それでいて、光介がどうすれば嬉しいのか喜ばせることができるかって事を無意識で考え、実行していた」

 そう語る監督は、とても楽しそうだった。

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