第32話 高校生アイドル

 三日間にかけて光介の幼少期の撮影を終えると、三日目の午後から青年期の撮影を始めるらしく、その移動の準備も行われていたため、お手伝いをした。

 準備がひと段落し、その場を去ろうとすると、お礼だと言って、男性若手スタッフの方に日本のお菓子、どら焼きを貰った。

「楽屋で役者さん達にも配っているから気にしないでください」

ニコニコと笑われる。

 その後、男性若手スタッフは準備に取り掛かっていった。


 移動のロケバスで、俺はそのどら焼きを食べた。ものすごく美味しくて、頬が落ちると思った。

 昔、城下町として栄えた場所までは数時間かかったが、昔の京の賑わいを再現するかのように白壁の土蔵や旧家が立ち並んでいて、再現性がある。

 和装をした、高校生くらいの光介、青年期役の男の子が、スタッフの方々に挨拶をしながら現場入りをした。

 しばらく、元基さん役の人と夕刻の街を歩きながら話すシーンが撮られている。

 それから、借りている室内の部屋で、いくつか室内の撮影を終えて、今日はその城下町の景色を見ながらホテルに向かって、朝の撮影に備えた。明日は朝日に照らされて、光介と元基役の人の撮影があったからだ。


 夜、夕ご飯を食べ終わって、ホテルの自販機で緑茶かちょっと高い濃いお茶にするか腕を組みながら迷っていると

「こんばんは」

お風呂上がりの光介青年期を務めている男の子が微笑んでいた。

「こんにちは」

俺は組んでいた腕を解いた。

「日本語を上手に喋りますね」

と感心される。

「日本の文献の翻訳をしたり、通訳をしたりで色んな所に行ってるんです」

そう話すと、さらに感心された。

「俺、海外興味あって! ドイツとか行ってみたいなあって思ってるんです」

「俺、ドイツ人だよ」

自分を指さして言うと、男の子の目が輝いていた。

「そんなに行きたいのなら行く機会を設けたらいいのに」

と柔らかい苦笑をしながら言うと残念そうな顔をして話す。

「まだ、グループ結成して、一年ちょっとなんですけど、所属してる事務所は、国内の方で知名度を上げたいらしくて。正直あんまり、余裕ないんです。まあでも、この撮影終わったあとに休みはあるんでその時に行ってみたいですね!」

と言った。

 彼、七和多礼ななわだれんくんはアイドルらしいのだが

「アイドルなのに芸能界に入ってもう五年経つの?」

と訊くと、意外そうな顔をしてから

「グループ入ったのは最近で。今、高校二年生なんですけど、中学の時はバックダンサーしてたんですよ

俺は、納得したように頷く

「俺、地元のダンスグループの大会で東京に来た時スカウトされてですね」

彼は分かりやすい言葉を使いながら話を続ける。

「ダンス技術上げられるんだったらと思って、上京してきたんです。今は、東京に住んでいる祖父母の家から通ってるんですけど、東京観光もあまりできてなくて。今年の夏ぐらいにまた旅行するかな」

 芸能界でアイドルをする高校生というのは、事務所の事情だとか、人間関係だとか、コミニケーション能力が求められる大変さがあるのだと感じた。きっと彼の他にも、そういう境遇にある人はたくさんいるんだろう。

 ただ、目の前にいる少年を見るとそんな風に感じられないほど楽しそうに話していた。


 彼が自分の分の濃いお茶を買って、椅子に座ってから、自分も濃いお茶を買った。

 隣の椅子に座って、話しているうちに少し仲良くなった。


 こんな若い時から、夢を追いかけている人なんだと思った。自分よりもずっと先を見て行動していて凄いなとも感心した。

「この映画、フィクションとは思っても、やっぱり役作りで苦労しいたりとかしちゃう? もし良かったらだけど……、質問とか答えられる範囲でやるよ。一様、ドイツの歴史くらいは言えるし」

何気なく聞いてみたら、思いのほか目をキラキラさせていたのが分かった。

「ドイツの留学シーン前半までは、俺が演じるんです。ルイーナと会う前までは俺なので、そこまで心配していなかったんですけど、実際に演じてみると色々感じるものがあります。自分なりに役作りで、モデルの時代背景調べたりしてみたんですけど、映画に出るのが初めてなので不安がありました。でも、自分が演じた事でこの作品を見た人に何か伝わるように精一杯頑張ります! って思ってるんです」

と、熱の入った口調で言うものだからこちらまで力が入った気がした。

 その後、すぐに我に帰ったのか

「ごめんなさい」

と言って恥ずかしがっていた。

「スバルさんの故郷についてもっと教えてくれませんか?」

俺は軽く頷き、頼まれたので話し始めた。

「ドイツは寒いイメージがあって。でも、実際は寒くても暖かいところもあったりしたんだよ。雪山とか海沿いの街なんかは特に。ドイツって言ったらやっぱりビールかな。ドイツではね、ビールの原料になるホップっていう植物の種が採れるんだけど、それを摘み取るところから始まって収穫までの過程を見る事ができるツアーに参加した事があるよ。まぁ、礼くんは未成年だから、大人になったらね」

と言って話し終えると

「お酒飲める大人ってかっこいいですよね、俺も将来仕事の付き合いとかで飲むのかなあ」

と、口を開けて笑っていた。


 それから、少し話して明日に備えて寝ると言うので、自販機の前で別れた。

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