第四章

第30話 鬼面仏心

 キャスティングを終えて、シナリオも完成した。 

 撮影現場のスケジュール、ロケ地の都合の調整も終わり、撮影は四月から五月と、祖父が生きていた時代のドイツをモデルに、架空の世界観に仕立たツイ国でのシーンを十一月から十二月に撮る。

 そのように、吉池監督がダイレクトメッセージを送ってくれた。

 映画のタイトルは『モーメント・バイ・モーメント』

 俺はその文面を見て、空を見た。お祖父ちゃんが今、夜空の星になっていると思って、呟く。

「お祖父ちゃん、語り継がれるよ。真実が」

 ただ、思うことは、祖父はきっと望んでいた。

 何かはまだ上手く言い表せられないか、望みを映画、モーメント・バイ・モーメントで明かされる。そんな予感がしていた。

 

 しばらく翻訳の仕事を自宅でもできるような翻訳活動にしてもらい、撮影を見学させてもらえることになった。祖母は、百歳の誕生日を迎えたばかりだ。

 足を悪くしているのと、父は仕事が忙しいということもあり、俺が二人の分もこの映画が作られていくのを見ていくことにした。


 映画の撮影が天気の良い日に開始した。



「僕は、後ひと月すれば母国に帰りますから……光介くんに伝えておいてください。大きくなったらでいいので、『辛いことがあっても君なら大丈夫。たくさんの人の手と笑顔に救われるんだ』そう伝えてください」

「……はい、カット! おっけい!」

 監督の合図で、ローランド役の方がリラックスして他の役者の方たちとお話しをしている。

 憧れの監督の撮影はやっぱり感じるものがあって、顔がニマニマしてしまいそうになるが、平然を頑張って保っている。

 趣味は映画鑑賞というのもあり、ここ居られることが嬉しくて堪らない。

 吉池監督は、あまり指示をせずに役者の方々に自由に演じてもらっているタイプなようで、役者の方達もそれに応じで、自身を最大限その役に寄せて演じている。

「それだけ、プロの人たちが集まっているんだ」

 俺は流石すぎて圧巻されていた。

 

 幼少期の光生。映画の役名だと、光介を演じている子役の男の子も礼儀正しく、セットされた衣装を見に纏い、お辞儀をしながら現場入りしてきた。

「すごい」

 一言が思わず出てしまう。というか、先から独り言が多いかもしれない。 

 しかも、日本の言葉ではなく、ドイツの言葉で呟いている。怪しまれているかもしれない。

 俺が、口に思わず手を当てると

「こんにちは」

 話しかけられた。その人は男の人だった。強面の顔立ちをしていて、思わず引き顔になる。

「いや、怖がらなくて大丈夫ですよ。何も、脅しているわけではないし」

 不器用に笑ってきた。笑い返して、日本の言葉で挨拶と自分の名前と出身国を言う。

「知ってる知ってるー! 追加されたローランド役のモデルの方ですよね? 監督が『良かったら話しかけて上げてください!』って言っていましたし」

広角を上げて俺に言ってきた。

「俺はこの映画の主人公、三木光介の成人期役を務める真田丈さなだじょうです。今日は現場、見に来ただけですけどね」

 不器用ではある笑い方ではあるが、初対面の俺と仲良くなろうとする姿には親近感を抱いた。

「俺の出番は十一月からだし。あ、俺三十三歳になったんですけど、スバルさんと歳近いですよね? 監督が、スバルさんは三十代って、そう言っていたんですけど」

俺は前のめりに言う。

「そうです! この前、誕生日で三十五になりました」

「そうなんですか! 仲良くしてくれたら嬉しいです」

と言って、手を差し伸べられたので手を握る。

「勿論です」

大きくて、骨太の手だった。

「こんな怖い面してっからさ、いつもオファーが来るのは悪役だらけなんですよ」

 まいったな、と言わんばかりの表情をして笑う。

「サスペンス映画とかドラマの犯人役。あとは殺人鬼とかもあったな」

ニコニコ笑いながら何故か楽しそうに、喋りを続ける。

「本当は、朝のニュースで宣伝活動してる俳優さん達の横に並んだりしてみたいんです。でも、この顔が朝のニュース番組にいたら、子供もご老人も怖がっちゃうしな」

曇りなく笑うものだから、不思議に思って

「あの、悲しかったり、悔しくないんですか? そんな風に悪役に仕立てられるような役のオファーばかりって言うのは、俺だったら辛いです。周りに怖がられるのも」

 すると、真田さんは笑いのツボに入ったのか、しばらく豪快に笑い

「そう思う時もありますよ。でも、悪役でも仕事には感謝しているんです。俺は幸せ者です」

にっこり笑って

「まあ、子役の子とかに怖がられてウルウルした顔で頑張って挨拶に来てくれたりとかも日常茶飯事ですし」

 笑顔を向けてくれる。真田さんの温かい心がみんなに伝わればいいのにと思った。

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