第25話 敗北
それから、しばらく時は過ぎた。
俺は留学生として、チニ国に貢献できるように学びを深めるため、三ヶ月くらいの間、ロジャーさんと一緒にツイ国のもっと南部の方に行くことになった。
三ヶ月が経ったら、ツイ国でも春の花が咲くだろう。
南部は、今までいた北部よりも発展していないので、資料集めや見識を広めることを目的に行くことになった。
南部の方は、ツイ国の文化よりも隣国の文化に影響されている部分があるような気がする。流行も、食の味付けも。
ロジャーさんの仕事を手伝い終わって、散歩にでも行こうと昼下がりの田舎道を歩いた。散歩道で元基さんのことを思い出した。優しい兄貴のような人は元気だろうかと。
ロジャーさんとの二人旅も案外悪くないと思っているのだが、やっぱりルイーナが気になってしまう自分がいる。
やれやれと一つため息をついた。
ルイーナからは毎日のように手紙が届くのだ。大抵は日常会話ではあるが、想いが込められているのがわかる。
本当は何度もルイーナとは離れるべきだと思っていた。自分の立場を忘れてしまいそうで怖かったからだ。
愛し合ってしまったら、仮にもツイ国の文化を学びに来たのに子どもを授かってしまったら。取り返しがつかないことをわかっている。
しかし、彼女は愛してはいけないと思いつつ好きになっていた相手でもあった。
だから、俺は彼女の幸せのために身を引こうとした。
だがそれは叶わなかったのだ。
ある日、ロジャーさんと共に仕事へ行った帰り道のこと。いつも通り、彼女と文通をしていた時のことだ。ルイーナから手紙が届いたのである。
その内容は彼女が馬車の事故に遭ったというものだった。
幸い命には問題ないとのことだったが、旦那さんの方は亡くなってしまったらしく、彼女は精神的にも参っているとのこと。
そんな状態でいる彼女に何かあっては困ると、彼女の家族が屋敷の遺品整理を手伝っているそうだ。
ロジャーさんに相談すると、俺は三ヶ月早くルイーナの元に帰ることになった。
帰ったのは星がよく見える夜中だった。いつもより外の明かりが明るいような気がするが、使用人に頼んで部屋の明かりをつけてもらった。
玄関先でルイーナは
「会いたかった」
と言って、無理して笑っているのが伝わり心苦しくなる。
ルイーナは、俺の荷物を持ち、奥の部屋に通してくれた。自分の両親は家に帰り、使用人はもう寝るように言いつけたとニコッと笑った。
「あんな人、愛せなかった」
フッと寂しそうな顔をして言った。俺は何も言えなかった。
「ねえ、コウ」
ルイーナに名前を呼ばれた時、俺は話を逸らすために窓のカーテンを開けながらようやく口を開いた。
「もう、春も終わりそうだ」
そう言ってルイーナをチラリと見る。彼女は、俺の横顔を黙って見ていた。
そして、小さく震えていたように見えた。
その後二人でベッドに腰掛けたのだが、お互い気まずく黙り込んでしまった。
最終的には、俺が沈黙に耐えきれず、一番話しやすそうなことから話題を出し始めたが、それが失敗だった。
「俺がいない間、大丈夫だった?」
「ちっとも……。ねえ、私ね、あなたがいないとダメなの」
泣きそうな声を聞いて胸の奥底が熱くなった。抱き寄せられて抵抗できなかったのだ。
「……チニ国の発展のためにツイ国に来たものだ。いわば国のものなのだ。ずっと一緒は無理だ」
ルイーナにとって今、一番辛い言葉だったと思う。
「君と一緒にいることが、国のためではない」
ルイーナは、俺から手を離してゆっくりと距離をとる。今にも泣き出しそうにしていたが、泣くことはなかった。
「でも……あなたを愛してる。あなたしか見えていないもの」
そう言われると同時に抱きしめ返してしまった。こんな時にズルいと自分で思った。
そして、自分も同じだと告げようとしたのだが、唇を奪われていて言葉にすることはできなかった。
俺は恋に負けた。チニ国の、ツイ国の発展のためではなくルイーナのために何かしたいと思ったのだ。俺はルイーナから離れることなんてできないのだと思うと、胸が締め付けられた。
本当はいけないことなのだと思うけれど、幸せだったのは確かだったのだ。
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