第24話 自慢話

 一緒にワルツを踊る彼女の名は、ルイーナと呼ばれていた。十九の若い年齢でありながらも旦那様は外交官であるらしい。

 旦那様は、今日はパーティーには参加していなかったとのこと。

 ルイーナは、俺よりもずっと大人っぽい見た目と落ち着きを持っている。落ち着いているように見えるのだ。夫を支える良き妻そのものの姿であった。


 ダンスを終え、お辞儀をする。

 彼女と別れようとしたところ、彼女に呼び止められた。なんだろうかと思っていると、その答えはすぐに分かった。

「あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか? 良かったら、私の家に遊びに来てくださいね。今度は夫もいますから」

俺はぺこっと小さなお辞儀をして名を名乗る。

「ええ、必ず。名は、三木光介みきこうすけです」

微笑む彼女を見れば、誰もが恋に落ちてしまうに違いないと思った。


 俺は恋という感情をよく知らない。ずっと自分の好きなこと一心で生きようとしか考えていなくて、学生の頃、好意を伝えられていたのかもしれないが、記憶にない。

 恋の瞬間というものはよく分からないものだが、きっと今この胸にある想いこそが恋と呼ばれるものだろうと確信していた。

 

 学んだことをまとめ終わって、数週間後に彼女に教えてもらった洋館に足を運んだ。事前に連絡をしていたが、外交官の夫の人はまだ帰ってくる様子はないとのことだった。

 冬はまだ続きそうだった。風が強く吹きつけてきて思わず身を震わせる。早く帰って温まりたかった。寒いのはあまり好きではないのだ。屋敷に着いた。


 扉を開けてもらい中に入ると暖炉があって室内はとても暖かい空気で満たされていて冷えていた体が温まった。

「ごめんなさい、夫が外交官なので、何か学べることがあると思ったんですけど。肝心の夫が今日もいなくて」

「俺のこと、知ってたんですか?」

「チニ国の留学生だと存じ上げておりますよ。医療を学ぶ人がほとんどの中で、あなたは教養を学んでいる。きっと素敵な文化が広まるのだと思うと嬉しいです」

 ルイーナの顔をじっくり見た。健康的な体付き、どちらかといえば、西洋の中でいうと美しいと魅了させるような顔つき。愛されているのだろうと思っていた。

「寒い中、お越しくださってありがとうございます。私が話し相手で申し訳ないです」

ルイーナは少し俯く。

「いえいえ、そんなことはないです。楽しいですし、何よりあなたと話してる時間は心地が良いものなので」

「本当ですか!?」

ふわりとした笑顔を浮かべると心臓が高鳴った気がしたが気づかなかったふりをした。なぜだろう。今まで感じたことのない初めての感覚だと感じた。

 

 冬のツイ国の寒さに震えながらも二人で話す時間は楽しかった。お互いの話をし合って、色々なことを知った。彼女の夫は仕事熱心だが、妻のことになると心配症になるほどだということ。

 俺の国のことを話せば、嬉しそうな表情を見せてくれたり、時には質問攻めにあったりと新鮮な気分になった。


 そうやって冬が過ぎて、春は訪れた。


 ツイ国の教養は実に勉強になることばかりで、洋学者がチニ国で増えたことも理解できるような気がする。

 

 ロジャーさんは、たくさんの書物に触れ、絵画にも触れて、色んな文化の成り立ちや意味などを考察していた。

 それが彼の生きる楽しみの一つだということがわかった。

 俺は医者ではないが、たまに医学書を読んで研究を重ねたりしていて、充実した日々を送っていた。そんな中でも変わらないことが一つだけあった。

 ルイーナとの文通だ。

 お互いに手紙を送りあうことで近況報告をしたり、趣味について語ったりして仲良くなっていた。

 一度、夫の嫉妬するのでは? と聞いたが、どうやら彼女の方は気にしていないようだった。「嫉妬はされるけど、むしろ構ってくれるのは嬉しいということ」だと言う。

 愛されすぎているのもどうかとは思うのだが。


 春の終わり頃に、ルイーナの旦那さんの男と会った。文化や歴史を外交官ならば、様々な視点で見ているのだろうと思って会ってみることにしたのだ。

 挨拶を交わしてから、彼から話しかけられた。だが、それは自慢するような口調だった。イラっとしてしまったのだが、それを抑えるように深呼吸をして冷静を保った。

 内容はやはり外交について。特に隣国との関わりについては詳しく聞かされた。俺も知っている有名な出来事なども交えて話してくれてわかりやすかったが、言い方や、口調や、自分の意見を加えて話して、その内容がとにかく自慢話なのだ。

 そして彼が言うには、最近不穏な動きが見られるらしいという話だった。なんでもチニ国は軍事力をどんどん高めてきているようで戦争が起こる可能性も視野に入れなければと言っていた。彼は続けてこう言った。

「もしものためにも、医療はとても良い職だと思いますけどね」

 その場にルイーナはいないから、下手な真似をして彼の機嫌を損ねてはと思い言わずにいておいたが、その発言には腹を立てた。ルイーナは俺のことを夫に話したのだろう。

 だが、この旦那とあの子は釣り合わない。ルイーナとこの旦那は親子ほど歳が離れていたし、優しい子だから何も言えずにいたに違いない、可哀想にと思った。

 それから、彼の外交官としての自慢話は止まらなかった。どれだけ自分が優秀で周りからも尊敬される人物であるか、自慢話を延々と語ってきたた。いい加減にしろと内心思いつつも、最後まで聞くしかなかったのだ。

「ルイーナは私の嫁でありますので、手を出すなどしたら容赦致しませんからね!」

と、最後に言われたため

「出しませんよ」

と丁寧に言い返した。

 でも、正直危うい。ルイーナに惹かれ始めている自分に気づいたのだからだ。

 このまま行けば間違いなく惹かれていたと思う。

 ただ、まだ彼女に対する想いの正体がよく分からず、もし仮に好きだとしても伝えるつもりはない。俺はチニ国の発展のために留学生としてツイ国に来たのだから。

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