第20話 ツイ国にて

 簡単な自己紹介を終えると、今度は病院の中に入った。

 病院内もまた広く長い廊下には、たくさんの部屋があって、迷路のようだと思った。

 妖が仕掛けたんじゃないかと思う、不思議な造りになっていて興味深かった。

 案内されるがままに進んでいく。道中ですれ違った患者たちは病気が治らないために、悲観していて生気がない様子であったが、医療の力をもってすればいつか治ると信じたいものだなと思っていた、その時のことだった。

「おい……あの少年」

誰かの声に反応しそちらを見ると、病室らしき部屋のベッドの上で寝ながら窓の外を眺めている十歳を過ぎたあたりの少年がいた。

 その表情は暗い。何か思い詰めているという風な面持ちだが、何故か目を引いた。理由は分からない。

 ただ、何かしら感じるものがあったのだ。何故だろうかと思っていると案内役の方が

「彼ね、体が弱いんだけど頑張って学校に行っているんだよ」

と話していた。なるほど、そういうことだったのかと妙に納得してしまう。生きたいと思っているのだと解釈した。

 俺以外の留学生たちは案内人に着いて行ったが、俺は看護師の人に声をかけてその少年と話したいと言うと、少しならと了解を得た。市朗さんから

「この曲がり角を曲がったところで話をしているから、用が済んだらお前も来い」

と言って去っていった。

「こんにちは」

 学んだツイ国の言葉で話しかけると、少年はこちらを見る。その瞳は蒼く透き通った色をしていた。一瞬目が合うが、その目はすぐに伏せられてしまう。やはりまだ警戒されているんだろうか。

 俺はいいことを思いついたと顔を輝かせてから、両手を合わせてパチンッ! と音を鳴らしてこう言った。

「俺はチニ国から来たんだよ。チニ国には折り紙ってのがある。紙を折って色んなものを作る。手妻みたいにね」

少年の反応を見たところ、どうやら折り紙も手妻も知らないようだった。俺は少年の側に置いてあった白い紙を使っていいか聞く。

「どうぞ」

少年は小さな声で言う。俺は正方形に形を整えて

「これは、シュリケン」

と言って、少年に渡した。

「忍びの達人の使う道具だよ」

と言うと、興味を持ったのか

「あの、このシュリケン、貰っていいですか? 大事にします」

 いつの間にか少年は顔を輝かせていた。こんな風に喜んでくれるとは思っていなかったので驚きつつ、「ああ、勿論さ」と答えた。

 そして別れ際、少年が俺の手を握った。握手をしているということに気づいていなかったようでハッとしたように手を離してから、また小さく謝る。俺から手を握って握手をすると、恥ずかしそうに笑った。


 ツイ国は、チニ国に伝わってきた御伽話に出てきそうな、洋館や石造りやレンガ造りの城が多かった。割合的に多いのは石造りの建物ではあると思うが。

 俺は、ツイ国の文化を学ぶために色んな場所で西洋文化を学んだ。

 主に、十歳前後の子供たちが通う学校で西洋の文化を学びつつ、勉学に励んだ。俺にとっては、未知の世界であったため、学びながらもワクワクしていた。

 それと同時に、新しいものを見て知ることが楽しいと感じることが何度もあったし、これからもたくさんあってほしいと思った。

 そう考える度に、俺はチニ国を出て良かったと思えるようになった。チニ国の外に出て知ることの方が多かったからだ。

 母が昔、送ってくれた手紙でこんなフレーズがあった。

『辛いことがあっても君なら大丈夫。たくさんの人の手と笑顔に救われるんだ』

自分を救ってくれたローランドという男が未来の俺に残した言葉。

「救われる……」

 学校の廊下で外を見ながら呟いた。誰にも聞こえないようにそう呟いた。

 だが、俺は罪人かもしれないと思うことがある。俺は救われるどころか、自分が幼い頃から目指していたものから怖さで逃げたのだ。

 俺はカッコ悪い。父親のように、医者になりたいと無邪気に思っていた頃と違って、もう無理なんだと思ってしまったから、怖くて逃げてしまった。俺はダメな奴なんだ。自分を変えなければ何もできない人間になってしまうのではないか。

 留学はできたが、今の俺の状況を医学の道しか見ていなかった、あの幼き俺が知ったらなんと言って怒るだろうか。

 俺は自分に自信が無くなっていた。周りと比べたりして劣等感を感じていたからだろうなと思う。

 自分の力だけで生きていけるほどの勇気があれば良いのにと思いつつも、現実逃避をしてしまっていては駄目なのだと、ツイ国に来てからよく思っていた。

 外は、チニ国よりも暗く雲がかかっていて寒そうに見える。冬になると雪が降ってくるらしい。

 今は、雪が降るのはまだまだだ。

 

 ツイ国の市場がある通りを抜けて、港の近くのレストランで市朗さんとご飯を食べた。

 レストランは、元々貴族の料理を作っていた人たちが市民に安価で提供する店として経営し始めたもので、今では人気のお店となっていた。

 今日頼んだものは、牛肉の蒸し煮にじゃがいもが茹でてあり、味付けされた料理だった。スパイスが効いていて美味しい。

「順調か?」

市朗さんは俺に「最近はどうだ」と、魚料理をを食べながら訊いてきた。

「ツイ国の文化は流石西洋っていう感じで、まるで自分が空を飛んでいるような気分です。なんというか、夢を見させてくれるんですよ!」

俺はつい興奮気味に語ってしまう。それをみて、

「相変わらず元気そうだな。光介、お前船酔いが酷かったからな。ツイ国に来た途端に風邪でも引いているんじゃねぇかと心配していたが、その必要はなかったな」

と言い微笑んでいた。

 俺はそんなことを言われて、少し照れくさくなったと同時に安心した。

 それからしばらく雑談した後、市朗さんが思い出したかのように

「あ、忘れていたが、明日大事な仕事が入った。急ですまないが、明日一緒に来てくれないか?」

と言った。

 急なことに戸惑いつつも了解をした。大事な仕事というのはどんな内容なのだろうかと思いながら、緩い水を飲んだ。

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