第14話 血が怖い
本科では出来る限り功績を残したくて、井ノ原教授に協力してもらい、調査をしたり文献をまとめた。時には、ツイ国の語学を学ぶこともあった。
それから、月日が流れていったある日。俺はいつも通りに講義を受けていた。今日は実習があるからか、教室には緊張が走っている。教授たちから出される指示に従って、医術を行うものだ。
俺は医術が得意だと思っているから、今日も良い結果を残していきたい。そう思っていた矢先に事件は起きた。
医術に失敗してしまった。
失敗の原因としては、患者さんに血を与えすぎたことだった。輸血なんて初めてやったのだから、少しは上手くいかないことだって仕方が無いだろう。そう自分に言い聞かせた。
だけど俺は焦っていた。早く処置しなければ患者さんは死んでしまう、どうしよう、助けないと。そう思ってしまったからだ。そう思うと医術をすることが怖くなってしまい、また別のところで失敗するというのを繰り返していた。
「おい! 三木!」
教授の声が聞こえてきたのと同時に俺の頬に痛みを感じた。目の前を見ると、井ノ原教授の手があった。
「しっかりしろ、医術をすることに恐怖を感じるな」
教授は俺にそう言ってきた。
そうだ、俺がこんなんじゃ駄目なんだ。もっと落ち着いて医術をしないといけないんだ。俺は医術をする度に、色んなことを学ばせてくれる。
俺は改めてそう感じた。
「医学への興味はどうなった? 留学して異国のことを学ぶのだろ?」
血が怖くなっていた。あの時の失敗が繰り返されないかと。
でも、医者は血を扱わなければいけない時がくる、そんなこと分かっていたはずなのに。俺はどうしてあんなことをしてしまったのだろうか。
「俺、留学を諦めます。このままじゃいけないのです。俺は自分に過信していて、それが今回のことを引き金になったのかもしれない」
この瞬間、生きてきた時間を捨てていると、そう感じた。
「三木くん」
井ノ原教授は、俺の目を見て言った。その目は、俺を責めるような目でもなければ、見下すような目でもなかった。
「私はね、君の留学を応援していたんだよ。でも君が決めたことなら仕方がないことだ。でもね、この経験が君にとっての糧になるはずだよ」
俺は頷いた。そしてまた深く頭を下げたのだ。
「簡単に諦めてはならないことだから、もう少し落ち着きなさい。考えが変わるかもしれない」
周りでクスクスと笑う声が、この時だけひどく大きく聞こえた。
俺は医術に集中できなかった。だからといって、自分の体を壊すようなことはしなかった。自分の体を守るためにも、医術から逃げようとした。
だけど、逃げることも許されないような状況に陥ってしまった。
それから数週間が経ったある日、井ノ原教授が
「三木くん、お偉いさんが君の調査研究書をお褒めになられていて。是非ともお会いしたいと」
学校の廊下の窓からは小降りの雨が降っている様子が見える。
その中、俺は呼び出された場所に向かっていた。そこは小さな会議室のようなところ。
扉を開けるとその部屋には一人の男性が座っていた。その人は椅子から立ち上がってこちらへ歩いてきた。
「君が、三木光介くん?」
その男性は髭を長く伸ばしたおじさんだった。
「はい。そうです」
その人が誰なのか分からなくて困惑していた。後ろから来た井ノ原教授が説明する。
「西洋の医学の最先な考えをもつ若者の君に目を付けましてね。それで会ってみたいと申されたのですよ」
チニ国では全く違う医療が行われていたから、そう言われることも不思議ではなかった。その人の前で頭を下げながら
「ありがとうございます」
そうお礼を言う。その男は口角を上げて言った。
「私はね、そういった新時代を引っ張るような若者を待っていたんだよ」
俺の目を見つめる瞳には、期待が込められているように感じる。
この男性こそが、西洋医学の博士でもあり、医学界では知らない者はいない程、有名な人だった。でも、名前が思い出せない。失礼ながら、聞かないのも失礼だと思い
「お名前はなんと仰られるのですか?」
恐る恐る聞くと
「私の名前、そういえば名乗っていなかったか」
彼は胸を張ってこう言った。
「私は、チニ国の医学界を背負う人物だよ。
小降りの雨は止み、雲間からは太陽の光が差し込むようになった。俺は、この人と巡り合う運命だったのだと思った。これから俺はどうなっていくのかも分からないけれど、何かが変われる気がした.
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