第二章

第13話 意見と評価

 予科を卒業してからは医学部の本科に入学。そこで留学したいことを元基さんに相談すると

「留学をしたいのなら、チニ国に何か得になるようなことを成し遂げろ」

 俺は単純な人間のようで、すぐにチニ国の医術を発展させようと心に決めた。


 その日の夜、医術を発展していくために必要なことを調べていく。

 薬学の研究などの文献を読み漁っていったが、そこで、チニ国の医術の問題点に気付いた。

「まるで、チニ国の医者たちは薬でどうにでもなると思ってるようだ」

 俺は自分の部屋にある卓袱台に書物を広げて、一人呟く。

 予科の学生の時にも漢方薬の話はよく聞いていたが、この国の医者は手術や研究をするよりも薬を作って患者に与えることが多い。外国のように手術をたくさんすれば、死亡率は低くなるはずだという仮説をなんとなく立てているが、確信はしていない。

「どんな病気も、治せるとは限らない」と諦めている節があるのだ。それは患者だけではなく医者も同様である。


 俺は、まずこの国で最先端の治療法を確立させるべきだと、予科学生だった時に支給された教科書をはじめとしたものや分厚い医学書を再び読み漁る。どれも、俺が書いた書き込みやメモがびっしりと記入されている。

「ここから、やり直しだ」

この国の医術を進歩させたい。この気持ちは折れずにいた。



 翌日、教授にそのことを質問しに行く。

 俺の顔色の悪さも目に止まっていたが、考えに共感してくれていた。

「三木くんは面白いことを考えますね」

そう言って笑っていた。だがその後、真剣な顔になり、俺の方を向いて言った。

「チニ国は今とても良い方向へ向かっています。ですからあまり無理なことをして、あなた自身を壊さないようにしてください」

少し間をあけて口を開く。

「俺が調べたことは、チニ国にとって有力な考えではないということでしょうか?」

教授はゆっくりと首を横に振った。

「いえ、違いますよ。あなたの言うことも、確かに理に適っています。私は今のこの国が好きなのです。ですから、この国の発展のためにと思ってくれているのはありがたいことです」

「そうですか」

俺は吐き出すように言葉が出た。

「ええ、でももし、あなたがチニ国で生き抜くためには、自分を犠牲にしないということを約束してくれませんか?」

「自分を犠牲に?」

目を見開く。目の前には先程と表情を変えずに真剣な顔をしている教授がいる。

「三木くんは留学をしたいのだと、ちょっとした噂話で聞いていますよ。自分の体を壊してしまうような環境に飛び込むようなものです。留学するには、それ相応の資格が必要でしょう? そんな資格を持っている人は、きっと周りからの期待も大きいはず。だからこそ、周りの人たちに心配させないでほしいのです」

俺は生半可な返事をする。

「ありがとうございます。でも、異国の文化等々を学びたいのです。留学するにはやはり国の評価が必要だと思って」

教授は剛毛な髪を掻いて

「なら、評論や研究調査書でも書いてみますか? んー、しかし、まだ医学も修めている途中だからねえ、少し難しいかもしれませんが」

やれやれ困った人だ、と言わんばかりの顔でそう言った。

「はい、是非! 挑戦してみます」と、

俺は言った。

 教授は何度も頷きながら

「君は本当に面白い子だねえ」

と笑い、

「私が協力しましょう」

深く頷いた。



 教授は井ノいのはら教授と言う。井ノ原教授は、西洋医学を担当しつつ、東洋医学の方面でも研究をしている人だ。

彼の専門は薬草学や漢方薬である。またチニ国で初めてとなる西洋医学と東洋医学を組み合わせた治療法を研究している教授なのだ。

「まずは基礎からしっかり学び直さねば」

井ノ原教授はそう言い、俺はまず大学での講義を真面目に聞くことにした。そして、教授が書いた本を読み漁り、自分の知識にしていく。

講義でわからないことがあったらすぐに聞きに行き質問する。その繰り返し。



 後から聞いた話だが、周りの学生からは相当な嫉妬から嫌がらせ行為を受けていたらしい。俺が後から知ったというのは、嫌がらせを受けているという自覚がなかったからである。

 そもそも、昔から離れた歳上の人と過ごすこと多かったというのと、周りが見えていない性格であるということもあり、嫌がらせをされているという認識がなかった。

 だが、教授はそんな俺の状況も知っていたようで「何かあれば私に言いなさい」と何度も声をかけてくれていた。

 何度かの暴力を振るわれたのも、教授や立場が上の人から可愛がられているという嫉妬からくるものだった。


 嫉妬はエスカレートしていくらしい。俺の顔を見たくもないという人も現れていく。

 だが、そんな時にも井ノ原教授が助けてくれたのだ。

「三木くん、君はまた怪我をしているね」

 昼休憩に食堂に行くと開口一番にそう言った。俺の手の甲にはアザがあるのをすぐに見抜いたのだろう。

「俺ってよく絡まれるから……でももう慣れましたよ」

俺が笑って言うと、彼は少し怒った顔になる。そして険しい目になった。

「慣れていないだろう? なら慣れようとするな」

 それから、同級生や先輩からの嫌がらせ行為、主に暴力が多かったが、性的な嫌がらせが受けた時は、すぐ相談するようにと言われた。

「君くらいの、そのくらいの年代は親を頼るものもいるぞ」

教授はそう言った。だが、俺は自分の両親に心配かけたくなかったから、このことを誰にも言わなかった。


 そんな俺の気持ちも知っていたのか、元基さんは、俺の怪我や体調の変化にもすぐに気付いてくれていた。

「光介、また無理をしたね? 顔色が悪いぞ」

「少し寝不足で……」

「寝不足だけじゃそんな顔にならないだろ」

 俺の部屋は、医学書に関する資料や書物が乱雑に散らかっている。それらを軽く片付けて、元基さんは足場を作っていく。

「光介は天才肌だからな。知識人なんだろうな」

「まあ、周りの奴らよりは勉強していると思う」

 そう言って肩を竦めると、元基さんはまた笑った。

 そして、教授から借りた資料を俺の目の前に積み上げる。

「これらは、読み終わったのか?」

 その山盛りにされた本の中から紅色の分厚い書物を一冊を抜き取った。 

 それは、『西洋医術』と書かれた書物である。

「まあ、それなりには」

そう言うと、元基さんはパラっと開いたページを見て

「乳癌抽出の手術の際、乳房を切除する必要性についてか。光介は乳癌の患者がいたら手術するのか?」

「それは……まだ、俺には……」

元基さんは俺の目を見て言った

「この書物に書かれていることあは、西洋医学では常識だ。でも、日本にはそんな考えは浸透していない。だから今、光介が調べているんだろ? そして、その知識をこの国で活かすために」

俺は頷いた。元基さんは少し間を開けてから話を続ける。

「酷い嫌がらせされてても、やりたいことやってれば、賛同してくれる人は絶対にいる。その井ノ上教授って人もそうだろう?」

俺は、そっと微笑んで二度力強く頷いた。



 井ノ上教授は、主に西洋医学について教えてくれている。医術についての文献なども借りて、読んでみたりしている。

 そうやって何ヶ月も経って、俺が書いた論文、チニ国での手術医療、そして、整形医療のことも調べまとめたものは無事に大学のお偉いさんをはじめとした、西洋医学の専門家から特に評価を貰えた。

 その事を聞いた俺は、喜びの感情を抑えられずにいる。


  朝帰りで、大井家の屋敷に帰り、すぐに元基さんに伝えた。

 元基さんは評価を貰えるかを心配して、夜まで作業をしている俺に付き添ってくれていたことも多々あったのだ。

 洗面台で髪を整えていた元基さんは、俺を出迎えるために俺の元にやってきてくれたので、評価をもらえたことを話す。

「おお、すごいじゃないか! おめでとう」

元基さんは目を大きく開き、喜んでくれた。そのことが、すごく嬉しかった。

「元基さん、本当に感謝しています。医術を学ぶことは、楽しいと思うことができました。それは元基さんが支えてくれたということが大きいかと」

 玄関の窓から、太陽の光が俺と元基さんを照らす。

 薄くついている橙色のランプと、窓から入ってくる陽の光と混じり合っているような、不思議な感覚だった。


 それからというもの、俺は留学するための論文や評論をたくさん書き始めた。

 神経についての論文、解剖学や動脈血の見方についての論文などだ。

 留学に行くための資料作りも同時に進めていっていた。

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