第6話 背

 光介に弟や妹を。両親はそう考えていたが、恵まれなかった。

 けれど、仲睦まじい家族に囲まれながら、光介はすくすく育ち、六歳になった。

 学制が発布されたとはいえど、それは京を中心とした一部の地域だけで、津出見はまだその制度が行き届いていなかった。


 その代わり、医者の長男ということで勉学をしっかりと励んでいたのである。

 父の医学書もすらすらと読み、理解できるようになりつつあった。

 光介は、両親の仕事を見て育ってきた。父の明道は、医師としてだけではなく実業家としても働いていて忙しく、母の初陽も子育てをしながら、父に変わって家の家事全般をこなしている。

 明道から医学を学び、近くの寺子屋で他の子供と一緒に、読み書きや算数などを学ぶ。光介自身、勉強は嫌いではないので、苦にはならずに楽しいものだった。  


 特に、友達が出来たのが大きかった。隣の席に座る男の子とよく話していた。

「光介は、すごいなあ。おれなんて、全然だめだな」

と、よく自嘲的な笑い方で光介に言ってくることが多かったので

「何言ってんだよ。一緒に頑張っていこうや」

そう言って、光介は励ましていた。

 読み書きを覚えると、さらに難しい本にも手を出すようになった。家にある本といえば、薬学に精通する書物や医学に関する書物だったりが多かった。欧米の書物なんかもあったりもしたので、欧米の文字も明道から習ったりもした。


 六歳の光介は頭が良いとはいえ、周りに自慢をしたり見せびらかすことはなく、温厚で思いやりがある少年へと育った。論語の教えの通りの少年で、寺子屋を開いている先生も、牛鍋屋の店員も、水屋のおじさんも、光介の礼儀正しい態度や考え方に、感心したりしていた。

 また、明道は仕事だけでなく、初陽と二人三脚で、さまざまな事業にも取り組んできた。


 光介が生まれてから六年経った。仕事の量がさらに増えてしまったというのもあり、初陽の負担が増えてしまったかと、明道は心配はしていたが、初陽は聡明で、健気な妻だった。



 ある日の暮れ方、家で光介は明道と話していた。

「光介は医学の知識がそこらの医者よりも何倍とあるのだろうなぁ」

「はい、学ぶことは良いことだと書物で読みました」

 明道は光介に医学の分厚い本を見せながら説明する。

「光介は将来、どうしたい?」

明道は聞く。光介は本をぱたんと閉じて考える。答えは既に決まっていた。だが、言葉にするとなると難しいもので、なかなか口から出てこない。

光介の気持ちを汲み取ったのか、明道が

「医学の道はな、命を近くで触れる。廃刀令で刀を持たなくなって、人を殺さない時代になったが……病気で苦しむ人はたくさんいる。それにな、医者というのは本当に人の役に立てる仕事なのだ」

父の言葉を噛み締める。光介は父の言葉に感銘を受けていた。

光介は目を輝かせながら答える。

「俺は、たくさんの人を救う医者になりたいです!」

それに、明道は言う。

「しかしな、新時代だ。チニ国の医学が欧米に劣るところがある。だから、欧米の医学をチニ国は学んでいる最中。でもな、医者よりももっと新しい仕事なんかもある」

明道は例えを考えて、思い付くとすぐに口を開いた。

「鉄道関係とか通信の仕事とかなあ。あれも、西洋の技術者が伝えて作ってくれたものだし、外国との繋がりを作るために必要とされているものだ。だからな、色んなものを見なさい。そうやって自分の夢に近づけるはずだから」

そう言われても光介の決意は変わらなかった。自分が憧れていた父のように、自分も誰かを助けてあげたい。

 そして、ローランドという男のような人になりたいと思っていた。

 自分を救ってくれた、紳士な人に興味があったのだ。

 両親から聞いたローランドの話を自分なりに何度も考える。どんな医者なのか、未来人なのか、何故この時代に来たのか。

 知りたいことはたくさんあったが、今はまだ知る時ではなかった。

 ただひとつだけ言えることがあった。

「いつか、お父さんを超える立派な医者になってみせます」

父の背を追いかけるかのように光介は勉学に励み、大人になっても父の後を追うことになるだろうと思っていた。今は父の背中は大きすぎた。

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