第一章

第5話 赤ん坊

 男は医者の家の長男として産まれた。

 チニコク誕生記によると、戦いの神が、戦の時に流した血から生まれた子供が作った国だ。と言われている。

 元号はきゅう。かつては、何千年もの間、鎖国をしていたが大船で来航してきた海外の大柄な男性によって、開国したという。


 チニ国の経済の中心都市『きょう』では洋傘やステッキ、ハイカラやバンカラが流行。欧米の制度や技術、文化を積極的に取り入れて短期間で急成長した。


 欧米学者がチニ国に留学したり、チニ国の若者が欧米に留学してチニ国に持ち帰り発展するなど、外国との強い結びつきを持っている国でもある。

 数十年前に、廃刀令や学制などの制度が導入された。これからも、急成長をチニ国は遂げるであろう。


 男が生まれたのは、京よりずっと南の神話が舞台となった場所でもある『津出見つでみ』という土地。

 歴史書でも登場する神が杯を交わすという酒や製鉄業が主要な産業となった。中でも、津出見地方で作られる鋼は高品質で、刃物の原料として用いられたのでいるのである。

 

 そんな津出見の土地で男の子が産まれた。 


 医者である男の赤ん坊の父、明道あけみちは、よだれを垂らしながら母の初陽はつひの胸の中ですやすやと寝ている赤ん坊の頭を撫でながら切なそうに言う。

「医者は……医者よりもいい仕事が、これから増えるであろうな。新時代のチニ国ではな」

「医者も素晴らしく、名誉ある仕事だと思いますけどね」

 赤ん坊の男は、よだれをさらに垂らしながら寝ているものだから、初陽の着物が濡れてしまっていた。

 それでも、初陽は幸せそうな顔をしている。「この子はどんな大人になるのかしら」と言わんばかりに微笑んでいる。

 冬の朝は、寒くて赤ん坊が起きてしまうと思ったが、ぐっすりと寝ている。

「この赤ん坊は、かなりマイペースに育つのであろうなあ。三木家の長男だというのに」

明道はやれやれと肩をくすめてはいるものの、表情は明るいものだった。


 男の赤ん坊は『光介』と命名された。名前は三木光介みきこうすけである。



 しかし、光介は生後間も無くして病に倒れた。

 はじめは明道が医者であることから、すぐに治ってしまうのであろうとあまり心配していなかったが、高熱で生死を彷徨っている光介の顔色が悪い。


 初陽は毎日、我が子を救ってくださるように神に頼んでいるが、効果があるのだろうかと思う程に光介は弱っていった。


 明道も毎日、光介に付きっきりで看病をする。最新の欧米の薬や医学書を徹夜で読み、医者の友人にも診てもらう。医者の友人でもこの熱の正体が分からないと困り果てていた。


 明道も初陽も弱音を吐かないようにした。光介に

「大丈夫だからね」

とあやして自らの気持ちを落ち着かせていた。


 光介が虫の息のようになってしまった頃に、とある欧米の医者が三木家にやってきた。

 金髪の髪色は整えられていて、白肌は西洋人というべきなのか。目は青々としていて背丈はかなり高い方であった。

 医者というよりも、どこかの貴族の紳士のように感じられた。プリンセスとワルツを踊っていて、御伽噺に出てくる王子様であると赤の他人に紹介しても、この人が医者であることは気付かないだろう。


 明道も医者ではあるが、チニ国人であり、和服を着ていたのだが、この男は洋服を着こなしていた。そして、右手には西洋式の杖を持って、西洋人の医者だと彼は名乗る。

「ローランドです」

 紳士に挨拶をして、早速光介を診てもらう。 それからすぐさま漢方を煎じて飲ませた。すると、徐々に回復していくのを感じた。

 明道と初陽は、この医者に感謝した。


 その後、明道は初陽を連れて彼の元を訪ね、お礼を言いに行くことになった。彼もまた明道と同じように、光介が助かったことに喜んでくれて、快く出迎えてくれた。


 ローランドが生まれたところは、大きな時計台がある街であった。そこらでは都心部ではあったというが、貧しい暮らしだったという。そこで造る陶磁器が注目されていてチニ国以外からも注目されていたそうだ。だが、最近は不況となり、職を失ってしまい放浪してしまったりもする人が多いらしい。


 ローランドは、それから自分のことを明かした。「信じてもらえるか分からないだろうが」と前置きを置いて話をする。

「僕は、未来人なのです。今よりも、ずーっと未来から来たのです。あの薬……光介くんに飲ませた漢方も未来の技術を手に作ったものです。未来の時代でも、僕は医者でした」


 明道も初陽も光介を助けたのだから、気にすることはないと諭すと彼は語り始めたのである。


 彼が語ったのはこうだ。

「光介くんは、チニ国にとって大事な偉業を成す人間です。救わなくては、チニ国の今の経済バランスが崩れ、彼が救う命までもが無くなってしまう。そんな未来は嫌なのです」

春を予感させる風が吹く。

「僕は、後ひと月すれば母国に帰りますから……光介くんに伝えておいてください。大きくなったらでいいので、『辛いことがあっても君なら大丈夫。たくさんの人の手と笑顔に救われるんだ』そう伝えてください」


 明道は彼を信用し、その願いを聞き入れた。

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