第4話 躊躇い

 家に帰る前に、祖母の屋敷に寄った。

 屋敷の外観を例えるとすれば、日本庭園に中世の城が建っている、という感じだ。庭が広く、畑があり、木々や花が植わっている。祖母が手入れしている庭園である。

 祖母は一人暮らしをしているが、その敷地に離れがあり、そこに住んでいる。

 俺も子供の頃に使っていた場所なので馴染み深い建物だ。それに、たまに訪れている場所でもあるので親近感を勝手に覚えている。


 そんな離れの玄関の前に俺は立ち、戸をノックした。

「はーい」

と声が中から聞こえ、ガチャとドアが開いた。

「あら? スバルじゃない! 連絡がないから何も用意できていないわ」

 祖母は、もうすぐ百歳になる。生涯、重い病気にかかったことは無く、今でも元気でお茶目な祖母である。

 俺は祖母が驚いた理由がすぐに分かり、笑いながら言った。

 そして、祖母は俺を中へと入れてくれたので、俺は玄関で靴を脱ぎ、中へと入る。


 居間に通されると、すぐにアプフェルショレーと焼き菓子を用意してくれた。他国から来た翻訳家の人にアプフェルジョレーはどんな飲み物かと問われた時、リンゴジュースを炭酸水で割ったものであると説明することが多い。俺はソファーの上に座り、出されたアプフェルジョレーを飲む。そして本題を切り出したのだ。


 吉池監督が書いた脚本を渡しながら話すと、祖母は目を丸くしながら驚いていた。

「なんだか恥ずかしいわね」

祖母は、何かを失ってしまったような声でそっと笑い、脚本をペラペラとめくった。

そして祖母は、ビオ飲料を一口飲んでからゆっくりと話し始めた。

「許可取りなんてしなくても、勝手にやってもらっていいわ」

投げやりしているのが丸わかりだ。そう言って笑っている。

「脚本、ちゃんと読んでこの内容で日本の役者さんたちに本気で映画を作ってもらう。俺がよく言ってる吉池監督が作るんだ。やるなら全力プレー。そういう監督が座長なんだ」

祖母は俺が真剣なことに驚いたらしく、そっと脚本をテーブルに置いた。

祖母は、少し神妙な声で喋る。

「私、もう小さい文字が読めないのよ。だから、自由にやって構わないわ」

「俺が読み聞かせるよ。辛かった出来事はあったとは思う。でも、お祖母ちゃんには向き合ってほしい。本当の光生の映画を作るんだ」

「でも、フィクションでしょ?」

それは、俺が初めて聞くような強い口調だった。

「いや、違う。フィクションの要素は取り入れていても、全部ノンフィクションだ。お祖母ちゃんが知らない事実も出てくる。史実を混ぜるんだ」

俺はそう強く説得した。

祖母は、ちょっと困った顔をして笑いながら言う。

「あらら、なんか頑固になっちゃってるわね」

「頑固にもなるよ」

俺も少し笑って言った。そして、祖母はまたビオ飲料を飲み始めた。そしてこう言ってきたのだ。

「光生が生きていた時代を映画にするなら……私も見たいわねえ」

俺はその言葉が嬉しくてすぐに返事をした。

「スバル、読み聞かせてくれる?」

「もちろん」

 時計は十五時あたり。俺は、脚本とは別に、映画の内容を小説にしたデータの方を祖母の目の前で読み始めた。

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