第2話 木ノ下光生

 もうすぐお昼ではあるが、この喫茶店は穴場なのか混む予感はしない。

 俺たちは軽食をとることにした。俺は、プフラウメンクーヘンとレンズのサラダを、監督はキャロットケーキに生クリームをのせて食べながら話すことにした。

 そんな中、目の前に居る監督、吉池大河と俺は、たわいもない世間話をしつつ、ケーキを口に運びながら本題に入った。

「君のお祖父さんのお話で作りたい。木ノ下光生きのしたこうせいの話だ。日本の教科書にも載る、有名な男。日本で光生の考察をしたような本が出版されていたりするんだよ。それから……」

熱く語り始める彼にストップをかけたく、遮って聞いた。

「で、でも。彼は立派な戦死を遂げたはずです。結婚もしていない。子供もいない。表向きでは、ですけど」

監督は少し神妙な顔をしてニヤリと笑い

「そうだねえ、スバルくんの言う通り。日本でもそうだし、世界でその事実を知っている家系は、恐らく、俺と君とそれともう一人、だけ。まあ、一人勘づいているものもいたがな」

と言って、監督は右手人差し指をまっすぐに立たせる。

「ただ、その人も誰にも伝えず、僕にだけ伝えてこの世から旅立っていったよ」

俺はそれを聞いて相槌しか打てなかった。

監督は、俺に改まって姿勢を正し、丁寧に言ってきた。

「どうかお願いします! 君のお祖父さんの映画を作らせてください。その代わり、リアルに作りますがフィクションということでメディアには出します」

俺が神妙な顔で悩んでいる間も、監督からは熱意のようなものを感じた。

 それに彼の目は真剣そのものだったので断りにくい。それに断る理由はないし、むしろ俺は是非ともやりたいと思ったのだ。

 ただ一つ不安があった。それは、彼もわかっているようである。

「大丈夫だよ。この映画でドイツと日本を対立するようなまねはさせない。絶対にだ。それから架空の未来人の男も登場させようと考えている。その、君をモデルに」

やっぱりそう来たか、と思ったものの、やはり自分の祖先である彼をそのまま出すということには違和感があり、抵抗もあった。

 そして彼は続けてこう言ったのだ。

「だから安心してほしい。どうか」

監督はテーブルに額を押し付け、日本で言う土下座をして見せた。

「この通りだ」

その姿に俺は慌ててしまった。俺はこの人にそんな事をさせたいわけじゃない。

「ちょっ、頭を上げてくださ……!」

必死に引き起こそうとした時、監督の手から何か小さなものが落ちたことに気付く。それは彼が持っている箱の中から落ちたものだった。

「あの、何か落ちましたよ」

そう言って僕が拾うと、それはロケットペンダントだった。かなり古い作りだ。写真が中に入っているのだろう。

 監督は頭を上げていた。

「構わず開けて」

と言われたので、俺は蓋を開けた。キィっと小さい音を鳴らしながら、ゆっくりと。

 するとそこには、三人の人が写っていた。一番目に着くのは美しい女性の姿。ドイツ人の女性だと思われる女性が写っていたのだ。それからその横にいるのは日本人の教養学や歴史の教科書に載っているであろう男、木ノ下光生が女性の側で立っていて、女性の膝の上には子供が座っている。

「あの、これ」

そう言いかけたところで、監督はまた頭を下げて謝った。そして彼はポツリポツリと話し始めた。

「渡すのが……すっかり遅れてしまった。でも、どうか、スバルくんのお祖母さんとお父さんに見せてほしい。きっと同じ写真をお祖母さんのルーシーさんも持っているはずだし、お父さんの……セイさんも見ていると思う」

 俺はなんと言ったらいいか分からずに口を軽く開いていると

「ずっと持っていた物だ。戦地にも持って行ってね……」

 監督は顔を上げて芯を持った声で言った。

「最後まで、君のお祖父さんは、ルーシーさんとセイさんを愛していたんだよ」

 その言葉は、ジャジーな音楽とともに胸に響き、俺の心の奥まで響いた気がした。

 

 俺の祖父は祖母をおいて母国に帰り、日本では有名な歴史的人物となる。祖母はそんな旦那であった祖父の話をあまりしていない。きっと、複雑な心情なのだろう。

「祖母に、説得してみます」

俺が苦笑しながら言うと、監督は罰が悪い顔をしてもう一度小さく頭を下げた。

「脚本を読み聞かせたらどうだろう。小説のようにまとめたものはデータで送っただろう。でも、脚本は手渡ししたくてね」

そう言って分厚い紙の束を俺の目の前に差し出してきた。

 俺が思わず、おお……という声が漏れてしまうと、監督は返事を待っている、と言って映画の話は一旦終わった。

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