【116】ネコだかシマウマだか。





「なるほどの。まぁ大方は理解した……と思う」


 魔族の起源だの魔王誕生の意図だの、とんでも話ばかりで

 途中から「ほぁー……」って感じじゃったけど。


「クロウに教えてあげれば良かったのに」


「小生の肉親に絡んだ……まぁ業だからね。

 単純に言いにくかったのよぅ、クロウちゃんお気にのダチだしぃ」


 ふぅん……別にシエラ(クロムの真名らしいの)に責は無さそうじゃが

 そういう問題でもないのかの。



「ところでお主言ってたの。余が転移を頼みたいと伝えた時、

 どの道連行したかったから丁度良かったーとかなんとか。

 ありゃどういう意味なのかの?」


「そこなんよねー。まぁぶっちゃけ私も今回を機になんていうか、

 “蛇”にも母様にもいい加減止めさせたいというか、700年も

 勝手やってきたんだからお休みして欲しいなーと思ってて」


「お休み……それは?」


「もういい加減、死んだらどうかなって☆」


 ぺろ、と舌を出しておどけた調子で言いよるシエラ。


「死んだらって……」


「実際さぁ」


 椅子の背もたれを後ろ手に掴んで、天井を仰ぎながら……

 シエラはどこか遠い目をして言った。


「生き過ぎだよ。小生もだけどさ。もういいじゃんってずっと思ってる。

 なまじデカすぎる力を持っちゃったせいで色々拗らせちゃってさ。

 終わりたくても終われないから、延々バカみたいに幼稚な事やって」


 幼稚なこと……

 余も似たような事をやってきた手前、ちょっと恐縮してしまう。


「結局、姉上はいつも半端なんだ。求めるものの性質上、どうしたって

 そこには身も蓋もない非情な選択の一つや二つあって当然なのに。

 今回の事なんて特にそうさ。不快な事言ってもいいかな?」


「うん? どうぞ」


「いたいけな少女二人の想いはもちろん尊いものだよ。

 でもそれを踏みにじり犠牲にすれば、代わりに多くの救済があるだろうね。

 ここでそれを躊躇ってしまうという事は、つまり救済されるはずの

 悲劇を見過ごすという事でもあるんだ。

 ナナぴゃんなら、言いたいこと分かるんじゃないかな?」


 …………


 “蛇”の求める地獄が実現したなら、たしかに余がかつて制裁を与えたような

 者たちはもう台頭する事はなくなる……のだろうか。


 それはつまり、避け得ず生まれていたはずの悲劇を、

 未然に回避するという事。


 逆に言えば、もしそれが実現できたのにあえてしなかったら、

 未来に渡り無数に産まれるリリィやミミのような者たち全てを

 見放したという事になるだろうか。


 今はどうにもならないから悲劇と呼ばれるそれらも。

 どうにか出来るのにしなかったら、それは悲劇ではなく悪意か。



 ……余とリリィ、そして子供が犠牲になれば。


 数え切れない、生まれるはずだった悲劇を消し去れるのだろうか。


 …………


 くそ。

 またじゃ。


 また揺らぎよる。

 余は思い切りかぶりを振った。


 そんな余を見て、シエラが言う。


「よしなよナナ。君の“固有能力”が具体的にどんなものかは知らない。

 けれど業なんて一口に言ってもね、果たしてそんな単純なものかな?

 人の業ってのは生命の摂理や本能に紐つけられたものなんだ。

 個体それぞれの事情で、善悪の定義が如何様にも変わってしまう」


 んむ……

 余には、少し難しい話じゃ。

 だが何となく言っている事は分かる。


「自己保存と競争、進化と適応、社会的行動と集団の規模の差。

 本能から強要された様々な事情から、罪悪は発生するんだ。

 例えば自分の家族を守るために他の家族を攻撃するのは悪業か否か?

 それは程度が決めるのか、単なる内容の耳障りの良し悪しか?」


「…………」


「それぞれの心が定義する形無いものが、業というものさ。

 君の持つ神の見えざる手が、どんな視点を持っているか分からない。

 親が優秀な兄を生かすために弟を殺すのはエゴだが、繁殖と適応の観点で

 言えば正しいと言えるかも知れなかったりね。それを測れるんだろうか?」


「……分からぬ」


「良き世の中を作れそうな予感は確かにあるんだ、その地獄創出にはね。

 けれど同時に、危うさも看過できない位あるのは間違いない。

 つまり何が言いたいかって言うとね、半端な覚悟や精神で執行して

 いいようなものでは無いってことだよ。そして“蛇”は半端に過ぎる」


 長々垂れてごめんねぇ、とシエラが話を締めた。


 …………


(半端な気持ちで、やるべきではない事……)


 いつかスラルが言っていた。

 特区に保護した人間達が、彼らの内で諍いや差別を生みつつあった事。

 虐げられていたものが善とは限らないのは、当たり前の事じゃ。


 ただの愉悦のために攻撃したのなら、もちろん悪じゃろう。

 だが、虐げられていた境遇から、弱者でいる事を恐れた者であったら。

 ただただ自衛のために劣性を作ろうとした悪は、なんとしたら良い?


 余には当時、答えを出せなかった。

 そして今も。


 しかしシエラの言葉は、ある種の励ましとなった。



「すまんの。少し気が楽になった」


「それは良かった☆」


 結局、余も業のもとで生きる一粒の命に過ぎぬ。


 愛する者のため、そして生まれくる子供のため、

 父を殺さねばならぬのなら殺す。同胞も手に掛ける。


 望まぬ選択であろうと、選んだ時点でそれは望んだ選択と成るのだ。

 そんな余自身を、余の“固有能力”はどう判断するのか自分で分からぬ。


 半端ではない、透徹した覚悟。

 ……ままならぬものじゃ。


「で、改めて聞くが。余をここに連れてきたかった理由とは?」


 とりあえず、今ここですべき思索ではないと切り上げ、

 余はシエラにもう一度尋ねる。


「簡単に言うと、ナナぴゃんならバカクソ強ぇ“蛇”とも割と

 張り合えたりするんじゃないかなー? って期待してるから」


「え……なんでじゃ」


 確かに余はとっても強いけども。あくまでそれは魔族としてはじゃ。

 でもその“蛇”とやらは魔王自体を作り出したというバケモンなんじゃろ。


「単純に力ならリリィの方がずっと上じゃぞ。この子まじ天才。

 余とリリィ、そして他の者と力を合わせて対峙するんじゃろ?」


「小生らの力なんて姉君……“蛇”の前じゃ十把一絡げ、はっきり言って

 ほとんど役には立たないと思うよ。正直なところを言うとね……

 リリィたんの力でも、圧倒的に分が悪いというか勝算はほぼ無い」


「じゃあ余でもダメじゃん」


 頭に?を浮かべながら見る余を、じーっと見つめ返すシエラ。

 何かを推し量るような目で見据えられて、ちょっと居心地悪い。


「キミらは今でも強大な力を残しているから勘違いしてると思うんだけどさ。

 ひとつ訂正しとくよ。因子を失った人間あるいは魔族ってのはね、

 因子由来の力を全て失うんだよ。もちろんキミらだってそうさ」


「……え、でも余もリリィも当時の力をほとんど失っておらんぞ」


「それは、まぁ信じ難いことではあるんだけど、本来のキミらの才能なんだよ。

 魔王と勇者の因子ってのはね、100の力を与えるものではないんだ。

 なんだよ。分かるかい?」


 ちら、とシエラはリリィに視線を移す。


「ええと……つまり、元々20の力を持っている人には80の力を与えて

 100にする。50なら50を与える。……そういうことですか?」


「そそ。だから元が下級魔族でも上級魔族でも、魔王になった際に有する力に

 ほとんど差異はないんだ。本来はね。でもキミらはどちらも歴代の彼らより

 明らかに強大な力を持っていた。100を超える力をだよ」


「いやさすがにそれはおかしいじゃろ……。

 素で魔王や勇者を超える力じゃと? そんなもん聞いた事ないぞ」


 まぁ、過去に魔王に迫るかという程の力を持った魔族が居た例は

 あったにはあったようじゃけど……魔王を凌ぐのは、さすがに。


「出来過ぎではあるよ。どちらか片方だけならともかく。

 魔王も勇者もそんな超特例みたいのが揃って現れたなんてのはさ。

 でも、事実なんだよ。少なくともリリィたんは確実にね」


「…………」


 うーん……

 確実と言われても、やはり眉唾に過ぎる。


 しかし魔王や勇者の創造に携わった張本人の断言じゃし……むぅ。


「でも余、そんな力があるとは今の己にも全く感じられんのじゃけど?

 ましてやリリィに並んだり超えたりだなんて」


「自覚は無いと。でもこの賢者ちゃんアイはずっと見抜いていたよ。

 リリィたんの力は膨大だけど天井はギリギリ見えはしてる。

 でも、ナナぴゃんのは全く見えない。それこそ“蛇”を見てるみたいだ」


 余も言うたら、所詮“蛇”とやらに創られた魔族の子孫に過ぎん。

 少なくとも上回る事はなかろうと思うんじゃが……


 腕を組んで己の内の力に意識を集中なんぞしてみる余。

 そうして、んー……と唸っておると。


 不意に頭の中に、声が届いた。


『――それは、まだ魔王様が未覚醒であらせられるからですわ』


「ほぅぁ!?」


 いきなりのそれに、椅子から尻が浮くくらいびっくりする余。


「な、なにやつ!?」


 余は立ち上がり辺りを素早く見渡す。

 その声は他の者らの頭にも響いたようで、皆も各々の反応を見せている。


 しかしこの声、どっかで聞いた事があるような……


『失礼いたしますわー』


 再びの声と同時、ダイニングのドアが開く。

 全員そこに目を向け、身構えると――


 そこから、サイズの合わない入口からニューーっと無理くり身体を

 通して中に入ってくる、一匹のウサモフの姿が。


「……ぇ、お主?」


『話は聞かせていただいておりました。時は来たのです……!!』


 もふもふと身を揺すりながら、なんぞ宣言するウサモフ。


 ……こやつ、ブルームハウスでリリィ達と住んでおった母モフよな?


「な、なんじゃお主特区におったのか? そして何を言うとる?」


『“蛇”だかネコだかシマウマだかそんなもの……ナナ様であれば。

 貴方様は至上の魔王様なのですから』


「いや、その魔王を遥かに凌ぐんだってば。

 そもそも余はもう魔王じゃないし……」


『のんのん。そんなのなんちゃって魔王の話ではありません』


「なんちゃってって……じゃあなんのこっちゃ」


 困惑する余らを他所に、どこか誇らしげな面をしよる母モフ。


 そして、満を持したようにカッと目を見開いて言った。



『――今こそ、モフ魔王さま御来臨のときーーー!!』


 …………


 ……母モフの高らかな声が、我らの脳内で響いた。


 ……あ?


 モフまおう?



 え、なに、


 余たち、いま真面目な話しとるんじゃけど?




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