《115》だけど、じゃありませんー。





「どうして……?」


 問うリリィの声に、少しばつが悪そうなナナ。


「ウサモフって何でも出来るんじゃな。飛んで来るつもりだったんじゃが、

 クロウがウサモフネットワークとやらで賢者と連絡を取ってくれての。

 こうして転移で連れてきてもらったっちゅーわけじゃ」


「い、いや、そこじゃなくて……なんで、来ちゃったの?

 魔王の権能の事とか、まだ残ってるのに……」


「大丈夫じゃよ、それは。ととさまは余に権能は使わん。

 それこそ魔族領に余が行って直接暴れでもせん限りはだがの」


「……なんで言い切れるの?」 


 リリィの問いに、んーー……と頬を掻くナナ。


「二週間の猶予だとか、記憶をどうするだとか。

 結局、全部その辺は父の計らいだと余は思っておるんじゃが」


「うん……」


「でろ甘なんじゃよな。ととさまは余に結局あまあまなんじゃ。

 あの人は余をひたすら想ってくれておる。そこに疑いなんぞ無い。

 なんてーか、要は親の優しさに付け込んだろうってだけじゃよ」


 ふふん、とナナは不敵に笑う。


 その無条件な信頼と、それを可能にする絆や愛の存在に、

 リリィは眩しいものを見たように目を細めた。

 表情に暗い陰を差しながら。


「む、そんな暗い顔をせんでくれ……。心配を掛けるのは謝る。

 でも余はその……やっぱりリリィとあんまり離れたくなくてぇ……

 余もお主が心配じゃし……むぅ……」


 リリィの表情を少し誤解したナナが、気まずそうに言い繕う。

 それに首を振って返す。


「違うの……ナナが決めた事ならそれは……いいの。

 ただ、私……あなたに……」


 言いあぐねるリリィ。

 それを見かねて、ラナンキュラスが説明を引き受けた。

 リリィは彼女を一瞬止めかけるが、結局俯いて黙った。


 …………


 ……


「――とまぁ、そんな感じで、大層気にしてらっしゃったみたいね。

 当人としては、そこんところどう思ってらっしゃいますの?

 この際だから、はっきり伝えて差し上げたら?」


 リリィの深刻なんぞ知らんと言わんばかりに、

 あっさりとしたラナンキュラスの説明と態度に、スラルが苦笑する。


 だが、彼もこの件に関しては、彼女と同じスタンスだった。

 些末とはもちろん言わないが、ナナに関しては何も心配いらないと。


「ほぅ……ふむ……へむ……」


「……ナナ、あの……」


「んー……まったく、優しい子なんじゃからリリィは」


「ぇ……」


 ナナのカラっとした言い方に、身を竦まていたリリィが顔を上げる。


「そんなん別に、なんも後ろめたく思うような事でもなかろうに。

 それくらい当たり前じゃろ、むしろ『お前に何が分かるこの偽善者が!!』とか

 言わないだけ、リリィもととさま並にあまあまじゃ」


「そんなこと……」


「いいや、あまちゃんじゃ。優しさなんて、時に受け取る方がよほど難しい。

 誰かが言ったぞ、情けは人のためならず、じゃったっけ?

 優しさも施しも、言うたら己のためよ。余は自分の心が痛いから我慢できんくて

 それを一方的にリリィに手渡したんじゃ。お主の疎みも分かった上での」


 てくてくとリリィに歩み寄って、ナナがその手を取る。


「複雑な想いがあっても、リリィは余を受け入れてくれた。

 余は親もある、大切にされてきた。そりゃ腹も立とうものよな。

 もちろん……リリィにすげぇむかつかれたら、余はしおしおになるが」


「…………」


「リリィが自分を責めるような事ではない。むしろ大いに余を責めよ。

 のぅリリィ? 『こいつここはイヤだなー』って思う所があってもじゃ。

 それでもその……余が好き……だもんの?」


 さすがに少し照れつつ、ナナは問う。


「……好きよ」


「余はお主が地獄にいた間、ずっと大切にされ平和に生きてきた。

 ずるいと思うか?」


「……うん、ずるい」


「でも、好き?」


「大好き」


 にっこり、ナナが笑う。


「余も大好きじゃ。ありがとの、余を許してくれて」


「はじめから、ナナは何も悪くないよ」


「関係ない。悪くなくても、許せぬものなんぞいくらでもある。

 リリィは余の傲慢も身勝手も無知も、知っている。

 その上で好きの気持ちを一番上に持ってきてくれた。

 それは本当は割り切れぬ、簡単な事ではぜんぜんないのじゃ」


「だけど……――んむゅ?!」


 なお己を責めようとするリリィの口を、ナナが二本指で塞ぐ。

 びっくりした顔で見るリリィに、ずい、と顔を近付ける。


「だけど、じゃありませんー。

 だけどぉ……でもぉ……とかうだうだ並べくさっとるのは、

 どこぞの元魔王様だけで十分じゃっちゅーねん」


「自分で言いますの、それ……」


 呆れ声のラナンキュラスのつっこみを流して、ナナは続ける。


「あんまりいじけ虫が過ぎると、あれじゃぞ。

 “ぺなるてぃ・きっす”……おみまいするぞ? ぶちゅーっとな」


「ぺ、ぺな……? キスは、その、嬉しいだけだけど……」


「え、あ、そうね? じゃああれじゃ、キューちゃんにちゅーするぞ」


「それはダメ……!!」


 一転して、思いっきり首を振るリリィ。


「なんなんですの、あなた達」


 なんか勝手にペナルティにされて、少し顔がヒクつくお嬢様。


「とにかくじゃ、当人が構わぬと言っておるんじゃ。

 妬ましいとか羨ましいとか、どうでもよくなるくらい……

 これからいっぱい幸せまみれにしてやるから覚悟しとけ」


「あ、ぅ……」


「返事はどうした、ほんとにキューちゃんとちゅーするぞ?」


「う、うん、分かったわナナ…………ありがとう」


 まだ納得はしていないながら、ナナの言葉に泣きそうな顔で、

 しかしなんとか笑顔を作ってリリィは返す。


「うむ。良かったのキューちゃん、余が初めてにならんくて」


「やかましいですわ。というか勝手に初めてとか決めつけないで」


「えっ、違うのかの」


「違いませんけどぉ!? そういう問題ではなくてねぇ!?」


「まぁ落ち着いて。あの方に悪気は無い」


 悪気がないから、なお腹立つんですけど? とスラルを睨むが、

 結局ぷいっと顔を背けるラナンキュラス。


「リリィ様、釈然としないでしょうがこの方はそういう子です。

 己の負い目には過敏だが、友や仲間のそれには頓着が薄い。

 まぁとりあえず、愛らしい阿呆とでも思ってあげて下さい」


「うん? 余いま割りかし酷い事言われてる?」


「気のせいです。しかしナナ様、今貴女様はこうして私やラナンキュラスと

 対峙しているわけですが、良いのですか? そんな呑気に構えていて」


「え、お主らはどうせ余に不都合な命令を与えられてないんじゃろ?」


「どうせって……ほんとにお父上への信頼だけでいらっしゃったのですね。

 はぁ……主のお花畑具合に懐かしさを覚えて、涙腺にくる日が来ようとは」


 目頭を抑えて、ゆるゆると首を振るスラル。

 余、怒られてるのかな……と少し不安そうな顔をするナナ。


「いいでしょう。まぁ確かに、我らはグラード様から差し当たって何も

 強制を受けていませんし、何の命も受けてはいません」


「ほらぁ」


「いえだから言うだけなら何とでも……いや、なんでもないです。

 分かりました、はっきり言いましょう。我々はナナ様の味方です」


 依然変わらず、と少し呆れを残したまま述べるスラルは、

 しかし2mmくらい口の端を上げて微笑んだ。


「賢者殿、考えなしに連れて来たとは言いませんね?

 ナナを伴ってここに戻ってきた意図をお聞かせ願えませんか」


 スラルの問いに、賢者が振り返る。

 彼女はなぜか、ユリウスを長い袖でぺしぺしと叩いていた。


「モチのロンちゃんよ。リリィたんがやる気で、ナナぴゃんも

 親父殿と対峙する覚悟がおアリってんなら、小生としても色々

 考え直す余地がありまくりますからな☆」


「…………」


 変わらずノールックで剣聖を叩き続けながら言う賢者を、

 リリィが複雑な表情で見つめ……いや睨む。


「あにょぅ、気持ちは分かりやすけど、そう睨まんでリリィたん……

 あの場で小生のママ上をボコられると、間違いなくラスボスさんがね、

 すっ飛んで来てたのよ。あの子いい年こいて超絶マザコンだから」


「……でも、どうせ戦うんでしょう?」


「準備は必要よぅ? はっきり言うけどぉ、“蛇”の力はリリィたんの

 比じゃなかとよ、文字通り桁が違うんだから。

 言うたらあの子は、世界中の魔素の所有者みたいなモンなんでね。

 魔王はあくまでその一部を分け与えられてるだけって言えば、

 まぁまぁヤバさが伝わるんじゃないかなー?」


「それは確かに、文字通り規格外ですわね……」


「だしょー? だから、真っ当に挑んだってどうもこうもなんねぇ☆

 なので小生たちは小賢しく立ち回る必要があるんですねー」


「その小賢しい立ち回り、具体的なプランはあるのですか?」

「ていうか、母上とかマザコンとか何のことじゃ。余置いてけぼり」


 スラルとナナが各々賢者に尋ねる。


「んむ、そんなわけで何度目かの情報&作戦共有ミーティングのお時間です。

 皆様各自、ご着席くださいましな☆」


「うむ」


 素直に座るナナ、それに倣って各人も椅子を引く。


「では、まずはナナぴゃんへの“蛇”についての説明からかな?」


「うむ、頼む……しかし、」


「うん?」


「いつまで叩いとんじゃ、それ」


「あ……ごめん坊、“余計なことしやがって”的な折檻を、つい片手間に」


「は、ぁはは、ぃえお気になさらず」


 袖でぶたれただけとは思えないボロボロになった剣聖が、

 片手をあげて話し合いを促した。




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