【110】想像、夢想、保留。





「クロウの“固有能力”って、何なんじゃろうな……」


 横になったまま天井を見上げて、余はぽつりと呟いた。

 隣で余の肩に鼻先をつけておったリリィが、余を見る。


「うん……3つ目の鍵になる能力、なんだよねきっと」


 ふむ……


 余の異能を【A】、リリィのを【B】。

 それを掛け合わせたものに魔王の因子を与えるだけなら、

 【AB】を持った余の子供をそのまま利用すれば良い。


 しかしエトラは、その子が命を落とすと断言しておった。


 クロウが言うように、そこにさらに付け加えるべきもの……

 【C】が存在していたとして、クロウはそれにあたるのは

 自分であろうと予測……あるいは確信に近い物を持っておるようだ。


 もちろん、その【ABC】を作るだけなら、アプローチは他にもある。

 言うまでもないが、何も子供から【AB】を取り出して【C】へ移植するに

 限らず、逆に【C】を【AB】に移植するのでも良いはずなのじゃ。


 つまり、クロウから"固有能力”を奪って、余らの子に移すという方法。

 そしてこちらなら、誰も命を落とさないのではなかろうか?

 クロウがある種の不死であるなら、“固有能力”を魂から剥がされても

 あるいはながらえる事が出来るのでは、とも考えられる。


 でもそんなのは、分かりきっておる事のはず。

 その上でエトラは言っているはずなのだ。


 命を落とすのは、なのだ、と。


 現にその一語さえなければ、事はもっとスムーズに進んだじゃろう。

 子を利用される事の精神的な忌避感を除けば、余は恐らく相手方の

 成そうとしておる事に拒否する事は無かったと思う。


 悪しき業を背負った者を選り分け、断罪と共に終わらせる。

 この世に再現される地獄。その半官となる者を作り出す。


(余は、それを……きっと支持するじゃろう)


 そもそも余は己ですでに同じような事をしておったのだ。

 規模と、いかに徹底するかの違いしかそこには無い。


 だがあえて、エトラはそれを余たちに明かした。

 子の事を黙っておれば、きっともう少し円滑に進んでおったはずなのに……


(誠意……。誰による、誰のためのものか)


 エトラの明言と、クロウが自覚している己の“固有能力”。

 それを前提として、彼はリリィとの会話で持ち出しすらしなかったのだ。

 【C】を【AB】に移すという矢印を。



 もちろん、これはあくまで仮定の話でしかない。

 【C】が必要であるという事も、一つのあり得そうな仮定でしかない。

 そもそもエトラの言葉が嘘である可能性だって、当然無くはない。

 話を拗れさせてまで付く嘘かは置いておいて。


「しかし、クロウは……確信しておるように、思える」


「そうだね……」


 結局、今も明かされていない、その3つ目の異能。最後の鍵。


 クロウは何かを知っておるのだ。

 子の方ではなく、自分が【ABC】でなければならぬ理由を。

 だからこそ、自分は不死にされ数百年も保留されてきたのだと。



 スラル……

 あやつなら、何か知恵をくれるだろうか。


 父があやつをどう処置したか不明である以上、簡単に会う事も出来ん。


「……はぁ」


 余は小さく、溜息をつく。



 選び、裁き、間引く。

 そこにあと、余だったら何を付け加えたい?


 似ている、と感じるのだ。

 この正体の未だ知れぬ何某の思考は、どこか余に似ていると。


 ――酷い事をした奴を許さない。痛めつけて消してやる。

 ――酷い目に遭う人がいなくなってほしい。安心させてあげたい。


 実に単純で明快な、勧善懲悪を求めている。

 単純で、あるいは子供じみた余の求めに、その何某のは似ている。

 どこか行き当たりばったりで、深い思慮が見えぬところも。


 そんな似た者の余だったら、足りぬ頭で一体何を求めるだろうか……


 余と同じように考えてくれているのであろう、リリィの吐息を

 肩に感じながら、余はとりとめない想像を続ける。


 余が求めるとしたら……


 …………


「――あ……」


 やがて余は、それに行き当たった。


 それは、もしかしたら……という程度の想像でしかない。

 しかし、尋ねてみるくらい良かろう。


「リリィ、ちょっとクロウの所へ行こう」


「え? う、うん。わかった」


 もふもふのベッドから出て、余らは上着を羽織る。

 そしてドアを開け、日の沈もうとしている中シティへ向かった。





 クロウの姿を求め彼の部屋の石扉を開ける。

 そこで、余たちは思いもよらぬものを見た。


 そこにクロウの姿は無く、代わりにプニャーペと……

 もう一匹の見知らぬウサモフが仲睦まじくモフモフと戯れておった。


 こっ、これは……?!


『キャッ――ち、違うのこれは……!!』


 毛を立てて取り乱すプニャーペ。

 余は慌てて取り繕う。


「い、いや、なんじゃ、余は何も見とらんょ!?

 安心せい、クロウにはその、黙っておるからその」


『えっ? ――あ、違う、こいつは』


『おいおい、失礼な勘ぐりはやめたまえよ子供たち……

 僕とプニャの愛は、不変なのだぜ』


「いやでも……って、あれ? その声……」


『フフ。――とう!!』


 気合を入れたそのウサモフがムニュ!!と身体を縮めた直後、

 その身体が眩しく発光する。


 手をかざして目を細めた余とリリィが、一寸あとに手をどけると……

 そこには、プニャの隣に立つクロウの姿があった。


「……ぇ、うぇ??」


「フフフ。そう、僕さ。今のは僕とプニャが愛を語らうためのフォーム。

 プニャの不貞の現場とでも思ったかい? そんなのありえない。ね、ハニー」


『ふ、ふん。しらない』


 ぷい、とそっぽを向くプニャ。


 えーっと。


 ……


 ……割と真面目な話をしに来たのに、気が削がれた。


「あー……ちょっと話をしたかったんじゃが、お邪魔だったかの」


『き、気にしないで? ほらどうぞ』


 言って、プニャがぐいぐいとクロウを余に向けて押し出す。

 のぉ~、と名残惜しそうなクロウだが、悪いがちょっと借りるぞ。


「もう、やってくれたねナナ。まぁいいだろう、それで話というのは?」


「うむ、お主の“固有能力”について、考えておったのじゃが」


 余の言葉に、クロウは少しだけ表情を真面目にする。


「……ふむ? なにかな」


「念のため聞くが、クロウの異能を取り出して余の子に移植する、

 という方法はお主は前提から考えに無いのよな?」


「まぁ、君の子が死んでしまう、という前提の下の仮説だからね。

 それがなければ、もちろんその方向もあると思っているけど」


「ほんとうか?」


「うん?」


「それ以外にも、子の側からお主へ異能を移すという方向でなければ

 成立しないはず、と考える理由が他にあるのではないか?」


「……んー……」


 クロウは明後日の方向を向いて、頬を掻く。

 やはり、こやつの“固有能力”には、何かややこしい事情があるのか。


「これは単なる、余の想像じゃ。

 この何某が行おうとしておる事に、もし似たような思想で動いておった

 余が何かを付け加えたいとしたら何を求めるだろうか、と」


「……うん」


「一つ思いついたのは、なんというか……言うならじゃ」


「――。……なるほど」


 余はクロウの反応を見る。

 微かに動揺した、ように見えなくもない。


「すでに当事者が死んだ過去の事例は、救えぬし裁けぬ。

 余は本当ならそれも……許せぬ。ミミのような者がもう救われぬのも、

 過去の悪徒が天寿を全うしたのも、余は本当は目を背けたくない」


「…………」


 リリィが、余を見つめて袖を軽く掴む。


「だがそれらはもうどうしようもない事。過去は覆らぬのじゃ。

 でもその道理を何とか出来るなら……との余は夢想したものよ。

 そしてお主の“固有能力”こそ、その夢想を現実にし得るものなのでは、と」


「……なかなか興味深い想像だね」


「想像。たしかにただの想像じゃ」


「うん、そうだね。ただの想像だ」


 …………


 クロウのそれはつまり、否定じゃ。


 しかし、薄く微笑んだこやつの顔を見て、思う。

 余のこの想像は、的を外しておらんではないかと。


「のぅクロウ。少なくともお主は、己の異能を隠そうとしている」


「……そうだね」


「隠す理由があるわけじゃ。それは果たしてなんであろう?

 余は思う、お主は優しい男じゃ。きっとお主は、余やリリィを

 慮ってそれを隠しておるのではないか?」


「さぁ……どうかな?」


「それを暴く事は、余たちのためにならぬと思っておるのだな?」


「どう……かな」


 クロウが向ける瞳から、余は明確に意思を感じ取る。


 “これ以上、聞くんじゃない”。


 余は確信する。

 子のこと、父のこと、クロウのこと。

 きっとそれだけでは、無いのだ。


 きっと、余やリリィの新たな苦悩の種が、他にもある。

 知らぬからこそ、救われておる何かが。


「……ナナ」


 不安げに余を見つめる、リリィ。


 ……よかろう。


 今は、これ以上問わぬ。

 新たな苦悩や選択が増えた時、それは余だけではなく

 リリィのものにもなるのだ。


 余が望むのは、答えではない。

 この子を守り、共にあること。

 全ての選択の先に残すべきは、余にとってリリィである事に変わりはない。


 余はひとつ息をつき、クロウに言った。


「分かった。この話はここでやめよう。邪魔をしてすまんかったの」


「いいんだよ。気にしないで」


 にこり、とやはり優しい笑顔で返すクロウ。

 余はリリィに頷き、そこを後にする。


 …………


 部屋に戻り、余はまたリリィとじゃれあい、愛おしむじゃろう。

 そこにある温もりはきっと、この胸に広がる闇霧を払ってくれる。


 けれど……

 そうして思考を保留にし続ける事が、果たして正しいのか。

 本当にそうしているしか、ないのか……。



 スラルやキューちゃんの言葉を、余は求めた。

 お主らなら今の余とリリィに、何を言ってくれるであろうかの。


 余は北東の辺り……その空を見上げた。




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