【108】ふわふわの、もふもふ。





 賢者と剣聖が去った後、余らは再びクロウの部屋に戻っておった。


 ウサモフがどうやってかハーブティーなんぞ用意してくれたので、

 温かく優しい甘みのあるそれを啜り、ひとまず心が安らぐ。


 その後、余は怠さに横になったリリィの傍らで、その髪を梳いたり撫でたり。

 彼女がその手を取って、はむ……と唇で軽く食んだり。

 

 そんな愛しく穏やかな時を過ごしておったが、

 やがてそこへクロウとプニャがやってきた。


「シエラ……いやクロムは一方的に僕を質問責めにしてくれたあと、

 バーイ☆ とテリアとやらに移動していったよ」


「そうか。あやつの相手は疲れるじゃろ」


『疲れるなんてもんじゃないわよ』


 プニャが目を線にしてため息をついた。


「でね、僕らからとっても素敵なサプライズプレゼントがあるんだけど」


「さぷらいずぷれぜんと? とな」


「あぁ。荷物を持って、ちょっと付いておいで」


 クロウに言われ、余とリリィは彼の案内に付いてゆく。


 広場に出て、さらにシティから外へ。

 出てすぐ、石壁づたいに右へ。


 シティの入り口からさほど離れていないその岩肌に、

 ぽつんと小さな片開きの木製ドアがはめ込まれていた。


「以前こんなんあったかの?」


「無かったよ。ウサモフ達が2時間で作ってくれました」


 ほぁー?


「ささ、開けて中に入ってごらんよ」


 にこにこ促すクロウ。

 言われるまま余はその真新しいドアを引いて開ける。


 すると。


「……え、なんぞこれ」


 余の第一声。


 ドアを開けた先には、3平米程の空間……いや“部屋”があった。

 ベッドからテーブル、椅子に衣装棚など、木製の家具類が備え付けられ、

 壁掛けの霊晶石を光源として照らす普通に立派な部屋。

 ……いや、“住まい”と言える。


「……キッチンもある」


 リリィが言うように、簡単な調理場まで備わっておった。

 ベッドの上に、まるまるしたウサモフが鎮座しておる……と思ったら

 ウサモフを模したクッションだった。


「これを、この部屋そのものを2時間で用意したわけではないよな?」


「いや? この空間もドアも家具も全部、今さっき完成した」


「……うそじゃろ」


 これを、2時間で?

 ウサモフってなんなん?


『フフ。ウサモフへの認識が改まったでしょ?

 ほらこのお布団なんて、ウサモフの冬毛100%なのよ』


 プニャが得意げに言う。

 余はその真っ白の布団に手を乗せてみた。


 ――もふぁ……


「うぉぉ……なんじゃこの、ふあふあモフモフなオフトンわぁぁ……」


 思わずその上に倒れこむ余。

 ひぇぇ、もっふもふじゃぁ……!!


「ナナ?」


「――はっ!? ぃいかん、秒で寝落ちするとこじゃった」


 我の意識を簡単に消し飛ばしかけるとは、なんという魔性のおふとん。

 魔王の寝所のそれをも遥かに凌駕する一品じゃ。

 ウサモフの冬毛、おそるべし。


『あんな男の部屋そのまま使わせたんじゃ、愛の巣には程遠いものね。

 ここなら騒がしいモフ達の声もほとんど届かないし、ゆっくり営めるでしょ』


「い、いとなめる……って」


「……あ、ぅ」


 プニャが何でもない事のようにさらっと言いよる。

 余とリリィは茹で上がるしかない。


『連絡係の子たちが、毎朝食べ物とか持ってきてくれるわ。

 ドアの前に置いていくから、見られたくないような事してても

 大丈夫よ。思う存分なさいな』


「プ、プニャ……」


 言葉が出ん余を、フフ……とちょっと意地悪げに笑うプニャーペ。

 隣でクロウは微笑ましいものを見るように、うんうん頷いておる。

 やめろ、そんな生暖かい顔で見ないで……


 きゅ、と袖をつままれてそちらを見ると。


「…………」


 茹で上がったリリィが、なんか……

 なんか潤みを帯びた目で、余を上目遣いで見ておった。


 え、ぅ?


 ……どきどき。


「ちなみにシティの中に、お風呂もあるからね。天然公衆温泉だけど。

 夕方頃までは大体ウサモフ達がプカプカ浮いてるけど、夜ならゆっくり

 静かに浸かれるよ。ウサモフと入るのも乙なものだけどね」


『あなた、自分が入る時は分かるようにしときなさいよ。

 万が一この子たちとはち合わせたら、お腹に穴空けるからね』


「そりゃもちろん……風呂への通路に札掛けを設置しとくからさ。

 お互い事前に分かるようにするさ」


「……すまんの、色々手間を掛けさせて」


「気にしないんだよ。大人は子供に世話焼くのが好きなんだから」


 大人の皆が皆、そうではないと思うが……ありがたい。

 自分への後ろ暗さを隠しもしない余たちにさえ、この男は優しい。


 俯きそうになる顔を上げて、余とリリィは改めて礼を言った。


「それじゃ、今度こそゆっくり休むといい。

 そりゃもうしんどいはずさ、色々あったんだからね」


 言いながら、クロウはプニャを連れて部屋を出ていった。

 ドアが閉まると、途端に部屋に静寂が降りる。



「ふむ……まこと頭が上がらんのぅ、あやつらには」


「そうね……」


 言って、ふぅと息をつくリリィ。


「横になったらどうじゃ。

 クロウの言うように確かに……一気に余も、疲れがきたわ」


「うん、そうさせてもらうね」


 言うとリリィは上着を脱いで、肌着になる。

 なんか目を逸らしちゃう余。


「……ふぁ……ほんとに、ふかふか」


 ベッドに入ると、リリィは気持ち良さそうに言った。


「じゃろ? もこもこのふあふあじゃ」


「……ナナは?」


 小さく訊ねる声に、そちらを見る。

 鼻まで布団を上げたリリィが、じっ……と余を窺っておる。


「よ、余は、というと?」


「…………」


 じーーっ……


「…………」


 ……リリィの無言の訴えに、余は黙って外套を解く。

 同じように肌着になって、おずおずとベッドに潜りこんだ。


 ふかふかに包まれた中で、リリィはすぐに身を寄せてきた。

 顔に触れた余の髪がくすぐったかったのか、身を震わせる。


 そして少し大胆に、余の背中に手を回して抱きしめた。


 ふぇぁ……


「……少しでも」


 リリィがささやく。


「ぅ、うん……?」


「少しでも、こうしてたい」


 余のすぐそばで、静かに言う。


「他の誰に甘えても。ずるくても、無責任でも……」


「うん……」


 ちゅ、と一度口づけて。


「少しでも……、……うぅん。

 ずっと、こうしていたい。大好き」


「余もじゃ。だいすき……リリィ」



 日がとうに落ちて、

 すっかり遅くに風呂の事を思い出すまで。


 余たちはずっと触れ合い、囁きあった。


 そうするほど、自分たちの想いが……

 強く、負けないものになると信じるように。


 ずっと。




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