【107】賢者と剣聖来訪。





 エトラとベルが去った後、20分も経たんかったかの。


 クロウの部屋で寄り添って過ごす余たちの元へ現れたのは、

 賢者と……一人の男であった。

 二人は、転移霊術によって現れた。


「ひゃああーー☆ 大変申し訳無き事この上なしぃぃぃ!!!!」


 姿を見せるなり、ズサーーっと砂埃を上げながら土下座をかます賢者。


「登場時こいつタダもんじゃねぇぜ……みたいな雰囲気出しといてさ?

 この有様っすわ!! 平にお詫び申し上げます!!」


「……別に最初から一目置いたりとかしとらんけど」


「あれっ、そーすか?」


 頬に手を添えてウニョーンと伸びる賢者。

 ショックを表しとるらしい。


 まともに構っとると疲れるだけなので、

 さっさと余は訊ねるべき事を訊ねる。


「お主らがこうして転移してきたという事は……」


「そう、正にさっき私の……!! 特製霊術が帰ってきたのです!!

 あぁ失って初めて気づく当たり前の便利さ……」


「よかったね」


 よりやかましくなる前に、適当にあしらう。


 …………


 これでエトラが転移術を手放した事がすっかり証明されたわけではないが。

 それでも、恐らくこうしてクロムが我らの元にすぐ飛んでくる事を、

 奴は織り込んでおったのだろうな。


 事実、割と余はエトラの言う"誠意"とやらを信用しつつあった。


「お初にお目に掛かります、可憐なるお嬢様方……

 わたくし、ユリウス=ラウランと申します」


 賢者と共にやってきた少しだけ見覚えのある男が、

 名乗りと共に恭しく下げた頭を上げると、にっこりと笑った。


「あぁ、剣聖を冠した男であろう。以前名乗っておったな」


「そう……覚えていただけてたんですね!! いやぁ嬉しいなー。

 そちらのお嬢さんにはまだでしたね、是非お見知りおきを」


 膝を折ってリリィの手を取り笑顔を向ける剣聖。


 おぅコラ、なんじゃその手は馴れ馴れしいぶん殴るぞ――

 と余は拳を握るが、しかし。


「――触れないで。ごめんなさい」


 言って、人差し指を男のこめかみ辺りに突き立てるリリィ。

 顔は微笑みを浮かべとるが、目がなんか……冷えとる。


 その指から何を感じ取ったか、ユリウスとやらの顔面から

 一気に汗が吹き出る。


「アッ、ハイ、大変失礼致しました」


 手を離し、一歩、いや二歩下がって背を伸ばす剣聖。


 リリィは余へ、困ったような笑顔を向ける。


「……手袋をなさっててよかった。素手なら思わず、はたいちゃってたかも」


 言ってさり気なく触れられた手の甲を服で拭う。

 は、……ね。


「たおやかなる百合の花に汚ねぇ手で触っちゃダメだよん坊や。

 シツケなおされてーのかにゃ?」


 よく分からぬ事を言いながら、「めっ」とクロムがユリウスの鼻先を指で弾く。

 その言葉に、ユリウスが目を見開いた。


「ゆりっ――!? ま、まさか僕は今けっして間に挟まってはならぬ物に!?」


「そうだよ、七つの大罪のひとつを犯しかけたんだぜ。

 時代によっちゃ、その場で斬首よぉ☆」


 ……ななつの大罪とは。

 な、なんか剣聖が余らに向かって土下座しとるし。


「いや、あの……よぅ分からんがそれでお主らは何を?

 我らの安否の確認なら、ひとまずは無事じゃぞ」


 まぁ正直な所、無事ってことはないが……

 小康状態?というか一旦保留というか。


「うん、状況はともかく、とりあえずまだデッドライン手前みたいですな。

 しかし謎。なんでやっこさんは転移霊術を返却なすったのかしらん」


 むー? と首を傾げるクロム。

 余は彼女に、エトラが散々言うておったものを伝える。


 もちろんそれだけでなく、エル・フローラから今までの顛末、

 それらもなるべく仔細に説明した。


 …………



「誠意……ほーん? それはそれは、おもしろい言い草ですな。

 なるほど誠意ねぇ……ふぅん……」


 余がざっと話したそれに、賢者は興味深げに耳を傾けた。


「“蛇”の指示なんでしょうけど、いまいち意図が分かりにくいですね?

 今さらに誠意なんて言われても、としか」


 ユリウスが釈然としないといった顔をして言う。


「……へび?」


「ん、気にしないでええよん」


 言って、クロムは"じろり”とユリウスを軽く睨んだ。

 途端にしゅんとなる剣聖。力関係が分かりやすい二人じゃのぅ。


「ま、なんにせよお二人の目のハイライトが消えてないのが分かっただけで、

 小生としては一安心っすわ☆ ――ええと、ニ週間だっけ?」


「んぇ? ……あぁ、ニ週間手を出さんとは言っておったが」


「おっけ。じゃあウチらのシンキングタイムもニ週間あるってこった☆

 では持ち帰って我らなりに色々方針だとかをひり出そうと思います!!」


 ぱん、と手というか袖を叩き合わせ、クロムはシティの出口へ振り返る。


「去るのか? のぅ、それなら……よければテリアの様子を見てくれんか?

 お主も会った子供たちの事が気になるのじゃ。心配しておるだろうし……」


「ほい、任せんしゃいな☆」


「あの、心配はいらないって伝えてもらえると……」


 リリィが辛そうな顔でクロムに願う。


 余としてもとても気になっておるが、ただ……

 少なくとも、エトラ達は我らに対してあの子らを利用するつもりは

 無いと思っている。

 その気があるなら、とっくに子供達を人質に取るなりしておったはず。


「うーぃだいじょぶよ、そんな暗い顔なさるなリリィたん!!

 なんなら、ここに連れてきてあげよーか?」


 クロムが進言するが、しかし余とリリィは難色を示す。

 そもそも我ら自身が事の中心におるのだ。

 果たして、渦中の余たちの傍に置くのが良い事なのか……と。


「……それは、もう少し考えさせてくれ」


 余の応えに、リリィも頷く。


「そっか。まぁ何にせよ、ひとまず小生らはあそこにしばらく常駐するよん。

 聖女ちゃんのとこにも、もっかい顔出して連れ出そうかと思ってる。

 ねぇ、リリィたん?」


 不意に名指しされ、リリィは少し俯いていた顔を上げる。


「はい」


「魔王討伐の件、あれ自体は別に立ち消えにしたつもりはないのよ?」


「……はい」


「少なくとも魔王の権能を一時排除できるだけでも意味は大いにある」


「うん……そう、だけど」


 リリィが歯切れ悪く返す。

 余を一瞬見るが、すぐに逸らした。


「――そうじゃな。そこはちゃんと考えるべきよな」


「ナナ……」


 心配そうなリリィの声に、余はふっと苦笑する。


「だが、こちらから打って出てしまえば、向こうももう待たんじゃろう。

 正直に言えば、余としては相手の出方次第にして欲しい所ではあるよ」


「うん、小生としても、迂闊におっぱじめるつもりは無いのよん。

 ただ、何にせよいずれ"事”は起こる。どんな始まり方をするにせよ、

 準備出来る事はしておきたい……ってだけの話しっすわ」


 余らの事情を汲んでか、クロムはやけに優しげな声で言った。


「もし万が一、魔王がテリアに攻めて来ても、大丈夫。

 小生が速攻でリリィたんをお迎えにきて、その間はこの男が死ぬ気で

 肉の壁として子供達を死守するからね☆ まぁそこそこ強めだしぃ」


「うぇえ……?! いや、まぁ頑張りますけどもー。

 お師さんって、ほんと僕の扱いヒドイよねぇ……」


 うんざりした顔で肩を落とす剣聖の背中をポンポン叩いて、

 二人は出口へ歩いていった。


 最後に振り返って、クロムは言う。


「いっぱい、いちゃいちゃしておくんだよ☆」


 ぱちーん☆ とウィンクなぞしおる。


 ……おどけた感じで言うが、その言葉の前にはきっと。


 “今のうちに”、と付いておるのだろう。


 これから我らの立場がどうなっていくのか、分からぬのだ。

 公算で言えば、とうぜん道行きは明るいものではない。


「んじゃ、小生たちはちょっとクロウ氏とお話してきますぞ。

 お相手方の目論見に関しても、興味深い話が聞けましたし?」


「うむ、分かった」


「んじゃ、またねぇ~~☆」


 ぱたぱた手を振る賢者と、なんか気取った面で手を上げる剣聖。


 去ってゆく二人の背を、余とリリィは見送った。




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