【106】割と、好きですよぅ。





 全てのものは移ろう。


 時間も営みも物体も、

 感情も。


 全て、不変ではないのじゃ。


 だから、今の余の有様も、必然なのだ。


 ひつぜん……


 ……


 ……ほ、


「ほあぁ……ぁぁ……!!」


 ごろごろごろ。


 クロウのベッドと気にせず、余はその上に倒れて転がる。

 単に転がっておるのではない。悶えておる。



『――余を、抱いておくれ』


 キリッ。


 …………


「……ほぇぇぇぇ」


 ごろごろごろ。


 いや、

 もちろんあの時は、ただただ真剣そのもの、心もとても静かであった。


 しかし今、少し時が経って、リリィがお花摘みに出てこうして……

 部屋に一人になった途端。


 急激に、自分が真顔でカマしおった言葉と……

 その後の、あの……


「し、した……舌ぁ……」


 あわあわわ。

 あうあぅあぅ。


 改めてあの空気と、感触がよみがえって、

 は、はず、


(――はずかしすぎりゅぅぅぅぅ!!?)


 頭ぼかーんってしそう。


 余のシリアスは、半刻も持たんのか?

 自分が情けないが、こればかりは……どうもならん。


(フレイに教わったようなコトしたら……余、心臓止まるんでないか?)


 しっかりしろ、魔王様。

 そうじゃ余は、魔王様なのじゃ。


 え、え、え、


 えっ、えっちな事くらい、で、できらぁ――!!


 でき……


(……できるかなぁ……ちゃんと)


 あぁあかん。

 まじでなんか頭ポニョポニョしてきた。


 いったんこの、ぴんくな脳みそを押し込めねば。


 あとでね?

 あとでちゃんとその、精査いたしますのでね?

 はい(?)。



「こ、こほん……。しかしリリィ、ちょっと遅いのぅ」


 独り言ちて、余は少し開いたままの石扉に視線を向ける。

 クロウもおるんじゃし、手洗いの類はここにもあると思うが。

 体調の事もあるし、まぁ多少遅くなるのは気にせんのだが……


(でもちょっと気になっちゃう)


 ということで、余はベッドから立ち上がり部屋を出る。

 通路を歩き広場へ出ると、はたしてリリィはそこにおった。

 プニャーペと、何かを話しておるようじゃ。


 プニャーペを見ると、少し余の胸は痛んだ。

 しかし、数度かぶりを振って彼女らに近づいていった。

 二人はまだ、余に気づいておらんようだ。


「……ほんとうですか?」


「ウサモフネットワークに用意出来ない物はそうそう無いわ。

 安心なさい、夕刻……遅くとも夜すぐ位には届けてもらうわ」


「あ、ありがとう……ございます」


 ほむ?

 リリィが、プニャーぺに何か頼んでおる?


「どうしたのじゃ?」


「ひゃ!? ナ、ナナ……?」


 リリィがやたらびっくりする。


「大した事じゃないわ、ただ――」


 プニャーペが余に説明してくれた。

 聞いて、余は納得……と同時にちょっとどぎまぎしてしまう。


「あ、あぁ……そうか。着の身着のままといった感じにここへ来たからの。

 必要な生活用品やら、何も持ってきてないからのぅ……うむ」


「お手洗いで思い出したみたいね。お着替えとかもしたいでしょうけど、

 少し我慢なさい」


 プニャーペの言葉に、リリィが顔を赤くして小さくなる。

 余もちょっと、気まずい。


「あのノンデリカシーボケ男が席を外しててよかったわ。

 ほら、お部屋に戻って大人しくしてなさいな。後で呼ぶから――」


 プニャーペが余らに言う。

 その時。



「リリィ様、安心してくださいましぃ」


 間延びした声が、突然割り込んだ。


 余は――リリィも、咄嗟に身構える。

 心が一気に冴えた。


 余は姿の見えぬまま、そやつに声を返す。


「……やはり、余らの居場所は筒抜けであったか」


 余の言葉に応えるように、空間に細く亀裂が入る。

 割り開かれ、そこから現れたのは――二人。


「そうですねぇ。なんだか申し訳ないです~……」


 毛ほども申し訳なくなさそうな面で、不敵に微笑むエトラと。


「……そうか、お主も来たか」


 その隣に立つのは……ベルであった。


「お久しぶりです、ナナ様」


 そう言って頭を下げるベルの表情は……

 エトラのそれと違い、なんとも……居たたまれなそうなものだった。


「エトラもじゃが、お主との出会いの事を考えると……まぁ演技が達者よな。

 むしろ感心するぞ、大したものじゃ」


「…………」


 ベルは、薄く苦笑するが、何も返さない。


「まぁ、ベルちゃんの事はぁ……あながち嘘ばっかりって事もなくてぇ」


「エトラ、やめて。……いいのよ、何も変わらないわ」


 エトラが何やら代弁しようとしたようだが、それをベルが制す。


 一瞬首を傾げるが、余は変わらず二人を予断なく見据える。

 リリィも……むしろ余以上に張り詰めた顔で彼女らを睨んでおった。


「ふふ。“元”が付くとは言え、魔王様と勇者の両方から敵意を……

 こりゃ肝が冷えるなんてものじゃないですよぉ~」


「だから、全然冷えとるように見えんと言うんじゃ」


 確かに言うまでもなく明確に、余はこやつらに敵意を向けておる。

 だがなんじゃ……エトラのこの独特な緊張感の無さが、気を削ぎおる。

 余は改めて気を張らねばならなかった。


「そんな事よりぃ、リリィさん大人の階段を登られてたのですねぇ……

 いやおめでとうございます~。あのぅ、ちょうど先ほどのお話を意図せず

 盗み聞きしてしまう形になってしまったんですけどぉ」


 微かに、リリィが顔を顰める。


「そんな顔しないでぇ……。ほら、こちらに人間のお医者様がおりますねぇ?

 どうぞ頼ってくださいましな~」


「……けっこうです」


 リリィが言い捨てる。

 それにエトラは「まぁまぁ」と変わらず微笑のまま。


「すぐぅ、戻りますからねぇ。ベルちゃん、い~い?」


「えぇ、お待ちになってて下さいね」


 言うと、二人は再び転移によって姿を消した。


 クロウを呼ぶべきか、と考えたが、呼んでどうするとも思う。

 リリィもプニャーペも、特にそこに何も言わなかった。


 周囲におるウサモフ達は、我らのただならぬ雰囲気を感じてか、

 皆一様に大人しくもふもふと余たちを見守っている。


 リリィが余の傍に寄り、そして手を取って握る。

 そして余を見て、ひとつ頷いた。


「うむ……大丈夫じゃ」


 それだけ言って、我らはどうせまたすぐ現れるだろう二人組を待つ。


 10分と空けず、彼女らはやはり戻ってきた。

 その手に、何やら大仰な衣装ケースのような物を提げて。


「はぁい、どうぞリリィ様。女の子の必需品あれこれ詰めてきました~」


「――そんなの、」


「気が利くの。褒めてつかわすぞ」


「な、ナナ……!?」


 差し出されたそれを、素直に受け取った余を驚いた顔で見るリリィ。


「ふん、余が受け取ってやるというのじゃ。こうべの一つ垂れんか」


 顎を上げ、不敵に言ってやる。

 そんな不遜な余の態度に、しかしエトラは笑顔で、


「ははぁ……。我ら卑小の思いを汲んで頂き、有難き事この上なしぃ」


 膝を折って、頭を垂れてみせる。

 ベルまでそれに倣いおった。


「……はん、本当に気を削ぐのが上手いの貴様は。

 で? 要件が済んだか? ならもう用済みじゃ、出て失せい」


「そんなわけないでしょぉ? これはたまたま耳に入った事へのお節介ですぅ。

 もう、ナナ様はほんといけずですねぇ……でもエトラ、ナナ様のそういうトコ

 好きですよぅ。とってもぉ」


「そうか。苦しゅうないと言えば、まぁ苦しゅうない」


「ええ~? ふふ、ほんとナナ様ったら、甘々なんですからぁ……

 まぁ長居しても、特にリリィ様はご不快でしょうからねぇ。

 要件だけ、簡潔にお伝えしますねぇ」


「そうしろ」


「やっぱり、気になってしまうでしょう? 私たちがいつ現れたものか……

 気を揉んで過ごすのは、落ち着いていちゃいちゃ出来ませんものねぇ?」


 にこにこと、エトラは言いよる。


「まったくじゃな」


「はいぃ、だから少しでもお気が晴れたら良いなぁと思いましてぇ。

 まぁ"お上"からの指示なんですけど……あの、私のこの転移霊術を、

 ぱぱっと手放して差し上げようかと思うんですよぅ」


「……なんじゃと?」


 訝しむ余。

 当然じゃな。


 しかしエトラは余のそんな視線を介さず続ける。


「居場所が知れてる時点で、まぁ落ち着かないのはそうでしょうけどぉ……

 少なくとも、ねやにいつでもデバガメ出来ちゃわないだけでも、

 結構気は楽になりませんか~?」


「そ、そりゃまぁ…………ふ、ふん」


 ちょっと動揺してしまう余。

 くそ、ちょっと純に過ぎるぞ、ナナよ……


「うふふ。ねぇお二人様?

 エトラたちは、ここにはしばらく絶対に現れない事を誓いますよぅ」


「……それは良かった、わぁい♪ ……とでも余が言うと?」


「確かに言葉だけなら、どうとでも言えますからねぇ。

 でも、本当なんですよぅ。これも“お上”が決めた事なんですけどねぇ」


「……お上、ね」


「二週間です」


 エトラから、不意に笑みが消える。

 いや笑顔自体はそのままだが、その質が明らかに変わった。


「二週間、


「……それは、余らに陸み合わせるため、か?」


「誠意です」


 誠意。


 また、エトラはそれを持ち出した。


「それをさせたいだけなら、どうとでもなりますよぅ?

 ここに魔王様をお連れするだけです。

 どうですか? 今あの方はここにいませんよねぇ?」


 …………


 ふん。


 言われんでも分かっておるわ。

 余たちの居場所が分かっておって、その上で父を連れていない。


 余たちに望む事に対し、こやつらの行動は矛盾が甚だしい。

 だからこそ……


 余は、こやつらを邪険にしきれんのだ。

 エトラが言うように、もちろんそれはただただ余の甘さだろうが。


「もう一度。二週間はお二人をあえて我々はします。

 その間、どのようにお過ごしになるかはご自由にお決めくださいましぃ」


 エトラが言い終えると、その足元に転送陣が展開する。

 光の柱が立ち昇る中、最後に余は彼女に訊ねた。


「のぅ、エトラ」


「はぁい?」


「……お主、余は嫌いか?」


 余の問いに、エトラは一瞬きょとんとした顔をする。


 そして、くす……と笑った。


「割とぉ、大好きですよぅ?」


 隣のベルが、暗い顔をするのが見えた。


「……ふん、そうか」


 余が言った直後。

 閃光がはしり瞬きのあとエトラとベルの姿は消えた。



「……あの子たちが、つまるところ貴女たちの敵なのかしら?」


 プニャーペが言った。


「……そうらしいがな」


 余は曖昧に返す。


 横を見れば、リリィが俯きがちに、余を見ている。


 我々の敵。


 敵……か。


 余は手に提げた、彼奴らのをリリィに差し出した。

 リリィは躊躇うが、余の目を見てそれをおもむろに受け取った。



 …………


 余は最後の己の問いに。


 "嫌い"と切り捨てられるのを、どこかで望んでいた。


 ……それは、叶わなかったがの。




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