【99】お迎えに上がりました。





「うふふ……なんだか、緊張しますねぇこういうの……」


 エトラは薄笑みを浮かべながら言うが。

 まるで、緊張などしておるようには見えない。


「お迎えに上がりましたよぅ、皆様」


 言葉を探そうとする余を隠すように、スラルが進み出る。

 そして眼前の彼女に問う。


「飛翔魔術が使える君なら、普通に現れればどうとでも言い繕えた。

 しかし君はこうして、わざわざこれ見よがしな登場をしたね。

 さて……君がこれから何を言うのか非常に興味がある」


 スラルの言う通りじゃ。

 明らかに今のは、転移魔術ではなく……であった。


 魔力による転移では、人間領から魔族領への移動は出来るが、

 人間領内への移動は出来ないはずなのだ。


 それを、余らに……わざわざ見せつけた。

 別にあえて我らの前に転移せずとも、適当な近場に転移すれば良い。

 それからここへ訪ねて来れば、何かしら言い分は用意出来よう。


「それに、転移するには当然その場所に一度は赴いている必要がある。

 エトラは、以前ここエル・フローラに来た事があるという事か?」


「えぇ、もうず~~っと昔ですけどぉ」


「なぜ、貴様が霊術を扱える?」


「それは乙女の秘密ですよぅ、ナナ様~……ってのは冗談でぇ。

 ふふ、ちょっとだけお借りしたんです、皆様のお知り合いの方に」


 ……やはり、あれはクロムの行使していた霊術か。


「ふむ……まぁそれは良い。

 ではずばり聞くが、貴様が現れたのは新たな魔王の命によってか?

 それとも……お主自身の意志か?」


「うーん、ずばりで尋ねるのでしたらぁ……そんな事よりですねぇ。

 エトラのご要望を聞いて頂くのが、一番手っ取り早いかと~」


「……聞いてやろう。なんだというのかの」


と一緒に、魔族領に帰ってきて下さいませんか?」


 ……我々、か。


 こうしてあえて何の繕いもなく現れたのだ。

 やはり来ておるのじゃろうな。


 ――新たなる魔王が。


「……理由を、聞いてもいいかの」


「ねぇ、さっきのお話、良い線いってましたよぅ。ほとんど正解です。

 あいにく景品はご用意してないんですけど、拍手させて下さいねぇ」


 余の質問を無視してエトラは、ぱちぱちぱち……と丁寧な拍手をする。

 余は顔を顰める。


「余と、リリィの“固有能力”を併せ持った者……

 貴様が求めておるのは、それか?」


「ひどいですよねぇ」


 眉尻を下げて、困ったような顔をするエトラ。


「結果的にそう悪くもない話になったとはいえ、ねぇ?

 事によったら、無理やりにでも……って正直思ってましたからぁ。

 でもどうしても、御降誕して頂かないといけないんです、御子みこ様に」


「君は、勇者の因子を偶然に近い形で発見したと言っていた。

 しかし、それは本当だったのか?」


 エトラを半ば遮ったスラルの言葉に、余……そしてリリィが彼を見る。


「ええ、偶然ではありませんよぅ。さっき言ってらっしゃいましたよね?

 魔王も勇者も何者かの意図によって選定されてるのでは、って。

 はい、お見事その通りですよ~。ぱちぱち」


「リリィ様の“固有能力”が先に見出され、勇者の因子が後付けされた……

 しかしどちらにせよ、どこで、リリィ様の事を知った?

 その因子を押し付けた者が、リリィ様を見出したのか?」


 スラルが詰問する。

 リリィを見出し、勇者として定めた者。

 それはエトラ……なのか?


 いや、待て。

 不意に余の脳裏に、突飛な発想が浮かぶ。


 ……を余に紹介したのは、エトラじゃ。


 彼女は、以前から街の奴隷達に向けて無償で問診をしておったという。

 余は、思わず口に出してしまった。



「……ベル?」


 リリィが余を見た。


 その表情は……。

 リリィも、余と同じ事を想像したのやも知れぬ。


「まぁ……冴えてらっしゃいますねぇ、ナナ様。

 すごいすごい。ぱちぱち~」


 ……


 ……本当に、ベルが?


 だがそれなら納得がいく。いってしまう。

 何となくだか勘だか覚えていないが、エトラが言っていたふわっとした

 理由よりは余程自然に思える。

 

 あの屑人間の屋敷に問診で赴いたベルが、リリィを見出した。

 “固有能力”を簡単に見出だせるものとも思えないが、

 実際に彼女はリリィのそれを看過したのだ。


 どう繋がったのか元々繋がっていたのかは不明だが、その情報を

 エトラに共有し、そしてそれはエトラからスラルへ。


 やがて、余とリリィは出会う。


「確かにぃ、リリィ様を見つけたのはその通り、ベルちゃんですよぅ」


「……君には聞くべき事が、たくさんありそうだな」


 スラルがエトラを睨む。


「ふふ。もう詰めが終わった気になって、喋り過ぎてますねエトラ。

 ごめんなさい、答え合わせするのは魔族領でいいですか~?」


 口元に指を立てて、ぺろりと舌を出すエトラ。


 ……


 ……ち。 詰めが終わった、か。


 余は閉まったままのドアの向こうを見やる。

 そこに居るのかは分からんが、近くには居るのじゃろう。


 今や、余やスラルの王たるものが。


 かつて魔王であった身として、この現状下で魔王の権能を発動する

 ための条件を、余は具体的に理解している。


 距離としては5メートルばかしまで近付く必要があるか。

 しかし条件なんぞその程度じゃ。接近し、直接命を下せばよい。


 そして当然、この場から我らが転移できるのは魔族領に限られる。

 魔族領において権能の発動に制限は無い。転移した余達を追うだけで、

 簡単に絶対命令を行使する事が出来る。


 ……確かに、手塞がりか。


「そんな困った顔なさらないで下さいまし、大丈夫ですよナナ様?

 もうお分かりでしょう、我々が望むのはお二人が深く睦み合う事……

 ナナ様に、リリィちゃんとの赤ちゃんを産んで頂く事なのですからぁ」


 赤ちゃ……

 はっきり口に出されて、さすがに余は怯む。


「そ、そんなのお主らの都合でどうこう言われる筋合いでは――」


「待てエトラ。ちょっといいかな?」


 どもる余の言葉を遮って、スラルがエトラに言った。


「……スラル様、なんでしょうか?」


 エトラが、少し目を細めてスラルに尋ねる。

 スラルはいつもの無表情ではなく、少し険しい顔を浮かべていた。


「今君の言った部分だけなら、私もそこまで問題とは思わない。

 お二人は通じ合っているようだし、お子を設けるのもお二人次第だが

 それ自体はなんら間違った事はないさ。

 だが、それだけの話ならもう彼女らは魔族領へ赴く必要はないね?

 ここで、お二人が静かに睦み合っていてもいい。違うかな」


「……でも、お二人がもしもになって下さらなかったら、

 やはり多少強引な手段に出ざるを得ませんのでぇ……」


「まぁそうだね。でも、猶予を与えるくらいは構わないだろう?

 一年でもニ年でもいい。君も言ったじゃないか、今更数年待つくらい

 なんという事はないと。お二人はまだ若いんだ、焦る必要は無い」


「でも――いえ、ごめんなさい。

 訂正します、一日も早く……というのが我々の本音です。

 一日も早く大きくなって頂いて、その……」


「そうか。ではナナ様、リリィ様。

 今日から子作りに励んで頂いてもよろしいですか?」


 スラルが、急に余に話を振っ……って何言うのこの男いきなり!?


「お、おま、真顔でなにを」


 リリィも、目をかっぴらいて口をぱくぱくさせる。

 しかしスラルは相変わらず淡々と言う。


「どのみち、我々はエトラの言うように逃げ場が無いようです。

 このまま、魔王の不埒な権能を横槍に入れられて事を行いたいですか?」


「そ、それは嫌じゃけど……そんな、急に……

 余は、その、いいけど……リリィの気持ちもあるし……」


 しどろもどろに余は返す。


「わ、私も……だ、大丈夫、ですけど……ぁぅ」


 真っ赤になったリリィも小さい声で言う。


 ……ぅ、いやでも、


 急にそんな大っぴらに「はいどうぞ」みたいに……


「さて、お二人はやぶさかでないようだ。

 どうだろう、それでも何か問題があるかね、エトラ?」


「……お、お二人が本当に子作りされたか、分かりませんし……」


「母となるのは人間ではなく、魔族であるナナ様だ。

 魔族の懐妊兆候は数日で分かる。君も知らない事はないだろう」


「で、でも……」


 エトラは、明らかに動揺した様子で言葉に詰まる。

 リリィも同じく動揺しまくっておるが……


 だが二人に比べれば、余は幾分かまだ冷静かも知らん。

 確かにアレな事言っとるが、言うとるのはスラルじゃ。


 ……余は、スラルの言動に少なからぬ信頼を置いておる。


 そのスラルが、言った。


「でも、困るかい? 君は何に困っているんだろう。

 私はね、こう考えている。君は一つ、重要な事を我々に隠していると」


「……隠している? 私がですかぁ……?」


「“固有能力”を無事継承した子が産まれたとして。

 君は……君らはその子を用いて、結局一体何をしようとしているんだい?」


「それは――」


「いや、それはいい。本題はこっちだ。

 ?」


「…………」


 スラルの問いに、エトラは黙る。

 そして徐々に、その表情が苦みばしっていく。


「……君は急いでいる。あるいは焦っている。

 魔族領に我々が戻ったら、君は有無を言わさず魔王に権能を行使させる。

 お二人の間に憂いは無い、それは君も分かっている。それでもだ。

 権能によって強制したいもの、縛りたいものが、別にあるんだな?」


「ほんとぉに、おしゃべりな執事さんですねぇスラル様は」


 苦笑して、溜息を吐くエトラ。


 余とリリィは、表情を締め直して彼女を見る。

 なんじゃ……? 何を隠しているというのか。


 しかし、不穏にすぎる。

 余とリリィの子は、どうなるというんじゃ?


「なんにせよ正直、解せないがね。

 どのみち、君はこうして我々の前に姿を見せるべきではなかったはず。

 不意打ってさっさとナナ様を御してしまえば良かったはずだ」


「誠意、ですよぅ。信じられないと思いますけどぉ……

 少しでも誠意が伝わるようにって、思っての事だったんですけど……

 仰る通り、不意打ちでササッとやっちゃうべきでしたねぇ。

 裏目に出ちゃいました。変なトコで詰めが甘いんだぁ、私って。

 ほんと、エトラ男の人って苦手ですよぅ」


 エトラがごちる。それは微かに自嘲を感じさせた。


「……もう。スラルさん、後悔しますよぅ? 余計な事を言ったなーって……

 世の中には見えてない方が良いものが、いっぱいあるんですから」


 エトラが、ドアから身を横にどける。


「お二人は、ちゃんと幸せに愛し合っていただかないと。

 お子さんの事は、心配しないで下さい、としか言えないです」


 言いながら、つい、とドアを見やる。


 何かしらの合図を送ったのか、ドアがゆっくりと開いてゆく。


 リリィが、余を隠すように前に立った。

 余は固唾を飲んで身構える。



 やがて――新たなる魔王が、姿を見せた。


 その姿に。

 余は呼吸が止まった。




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