【92】おしえて、聖女様。





「――ですので、そんなに気を張らずとも良いですよ」


 にこりと微笑んで、フローリアがリリィを諭した。


「は、はい……ありがとうございます」


 ぺこり、向かい合って椅子に座る聖女にお辞儀をするリリィ。


 少し離れた一室でナナがフレイに教えを請うていた時、

 リリィもまた同じような事をフローリアに訊ねていた。


 話を切り出す直前から、途中までのリリィはそれはもう

 端から見たら心配になるレベルで顔を真っ赤にしていたけれど、

 だんだんと羞恥は引いていき神妙な表情に変わっていった。


 面持ちが変わっていった理由は、フローリアの対応にあった。

 質問を掛けられた瞬間は目を見開いて驚きはしたけれど、

 すぐに微笑みを浮かべて、穏やかな口調で応えてくれた。



「技術や手順は、さほど重要なことではありません。

 特に同性同士のものはそうです。性的な快楽を求めることはもちろん

 悪い事ではありませんけれど、それ以上に精神的な充実が大切なのです」


「精神的な……」


「少なくとも、私はそうですよ。

 例えば、大好きな人と隣に並んで座っていたら、少しでも傍に

 身を寄せたいでしょう? 近づいたら、そのうち触れる事もある。

 触れたら、それをもう少し強く感じたいと思うかも知れませんね。

 その延長なのです。“そうするものだから”するのではありません」


「な、なるほど……たしかに、そうですよね」


 言われて、自分が当たり前にだと思い込んで

 いた事に気付いた。


「リリィ様は、ナナ様を愛してらっしゃるのですね?」


「はい」


 その問いには、恥じらいも躊躇いもなく答えられる。

 いつから、というのは、はっきりは分からないけれど……

 きっかけなんて、些末な事だ。


 間違いなく、いま、自分はナナを愛している。


「私……ナナが、大好き」


「ええ、それだけで十分です。その気持ちが、すべてを連れてきます。

 その気持ちが手を握らせて、抱きしめさせて、キスをさせるのです。

 そしてきっとどうしようもなく、求める時も来るでしょう」


「やり方、とかも……分からなくて、いい?」


「いいと思いますよ。戸惑っても、それでいいのです。

 最初は誰でもそうです。上手に出来なくてもいいんですよ。

 ただ、そうですね……清潔にして、爪は切っておくように。

 後は、歯磨きも大事ですよ」


「はみがき……キ、キスするから、ですか」


「それもありますけれど……」


 聖女は唇の下に指をあてて、ほんの少し舌をぺろりと出した。

 首を傾げて、はにかんで言う。


 ……それがリリィには、どこか少し妖艶に見えた。


「もっとデリケートな場所に、触れる事もありますから」


「デリケートな? ……ぁ、」


 何に思い当たったのか、再び顔が真っ赤になるリリィ。


「大事ですよ。雑菌で思わぬ病気になる恐れもありますから」


 母親が娘に包丁の使い方でも教えるような感じで、

 優しくフローリアは言う。


「はい……きを、つけます……ぅ」


「えぇ、楽しみですね?」


 身を縮込めるリリィに、少し悪戯っぽくフローリアが囁く。

 さらに小さくなるリリィ。


「ふふ……まぁ良い子風な事ばかり、それらしく言いましたけれど」


 フローリアが椅子から立ち上がり、リリィの傍にやって来て言う。


「でも、人それぞれですもの。貴女や、それともナナ様……どちらか、

 それかどちらも、とっても激しく求めなさるかも知れませんわ」


「あ、あぅ、その」


 慌ててリリィは俯いていた顔を上げて、フローリアを見る。

 そして、そこに浮かんでいた表情にびっくりする。


 なんというか、さっきまでと全然違う顔……


「くすっ……パートナーとちゃんと、話し合うのも大事ですよ?

 私はフレイを……たまに困らせてしまいますから」


 天井の方に目線を向けて、何かを思い出す仕草をする聖女。


「……こまらせる、ですか?」


「えぇ、私……だいぶ、欲しがりですから」


 ほんのり頬を赤く染めて、答える。


 でもその赤みは、リリィのそれとは多分種類が違う。

 どこか恍惚として、妖しげなものだった。


「フレイもいけないんですよ。あの子、ベッドの上だととっても可愛くて……

 つい、いっぱい応えてあげたくなっちゃうんです」


「え? あ、はい……」


 うっとりした顔で、なんかアレな事を言い始めたフローリアに

 リリィは何と言ったらいいか分からず、あわあわするしかない。


「ねぇ、リリィ様?」


「はっ、はい!?」


 見つめられて、さらに背筋が固まるリリィ。

 フローリアはそんな彼女の耳元に顔を近づけて、囁く。


「技術や知識ではなく、気持ちや流れが大事……。

 そう言いはしましたけれど、あって困るものではありませんよね。

 リリィ様がよろしければ、少しだけお教えしましょうか?」


「な、にゃにを……ですか?」


「女の子同士が、例えばどんな風に……したりするのか」


 リリィの頬に軽く指を触れて、フローリアが提案した。

 その指がなぜか、ものすごくくすぐったい。


「あぅ、その、でも……」


「大丈夫、貴女はナナ様のものですもの。

 ちゃんと気をつけて、けれど分かるように……お伝えしますわ」


 さらに慌てるリリィに、フローリアがどこか熱っぽく言う。


 リリィは、すっかり目をぐるぐるさせながら……

 それでも、好奇心とナナに応えたい気持ちが勝って、頷いた。


「お、お願いします……」


「えぇ、見たり触れたりは、決してしませんから安心して下さい」


 お母さんのような面持ちだと思っていたフローリアの顔はいまや、

 蠱惑的なお姉様といった雰囲気になっていた。


 リリィはきゅっと目を瞑って、


(……ナナ、わたし、がんばるぅ――!!)


 そう、謎の決意をした。



 …………


 ……



 聖女のレクチャーを受け、リリィのレベルが上がった。


 なんのレベルかと言えば、なにかのである。




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