【91】おしえて、フレイ先生。





「んで……えっと……どうするよ?」


 フレイがとりあえず口火を切ってくれた。

 んむ……言うたら、揃って我ら急にいとまを出された形じゃからな。


 ていうか、余もだしスラルも思っとろうが、

 それなら最初っからこちらのフローリアの件だって我らがこうして

 出張ってくる必要無かったんでないかの……まぁいいけど。


「あのイカレ賢者様の言う通りに領内を観光でもするか?

 まぁ昨日来たばっかのオレにゃもちろん案内なんぞ出来ねぇけども」


「……うむ……では、フレイよ」


「おう?」


「ちょっと、面を貸してくれるかのぅ」


「あいよ……って、オレ? なに、何かあんのか?」


「んー、ちょっと二三お話がのぅ? 何大した事ではないぞなー?」


「はぁ……オレとサシで? フローリア抜き? まぁいいけどさ……」


 首を傾げるも応じてくれるフレイを伴って、出口へ。

 振り返り、スラルとリリィを向いて声を掛ける。


「まぁ余はそんなわけでちょいと時間をもらうが……お主らは?」


「私は……じゃあその、フローリア、さん?」


「は、はい。なんでしょうリリィ様」


「私も少しお訊きしたい事があるんですけど……い、いいですか?」


「はい、もちろん。場所は、こちら二階の一室でよろしいですか?」


「……お願いします」


 なにやら、恐縮気味にリリィもフローリアに何かお願いしとる。

 しかし目は真剣そのものじゃ……


 リリィ、まさか……お主もか?


 彼女は余をちらりと見て、すぐに目を逸らす。

 ほんのり、頬に赤みが指しておる……


「……ス、スラルはどうするかの?」


「良い機会です。私は領内を見学させていただきましょう。

 差し支えなければ、フロレンス女王に今一度改めてご挨拶をしたい」


 如何でしょう?と執事はルーラリアを窺った。


「……貴様、上級魔族だろう?」


 僅かに険しい顔をして、彼女はスラルを睨む。


「はい、一応は。ですが然程ご心配には及びません。こと荒事に関して、

 元々私は非常に不向き。実力は上級魔族としては末尾に位置します。

 もちろん、貴女方の懸念をおしてまで無理にとは言いませんが」


「……魔族の言葉なぞ簡単に信用出来んが……まぁ良かろう。

 むしろ目付けのある方が都合が良い。私が監視を兼ねて付き添おう。

 元々遅れを取るつもりはないが、ここエル・フローラにあって貴様らの力は

 半減では済まぬのだ、下手な動きを見せるなよ」


「ええ、仰るとおり、私一人など容易に御せましょう」


 己をしれっと取るに足らぬ者だと涼しい顔で言ってのける執事に、

 ルーラリアは「ふん」と鼻を鳴らす。


 ある種の聖域とされるだけあって、たしかに事前の予想に違わず

 このエルフ領、霊素濃度がかなーり濃い。魔力では我ら魔族が圧倒的に不利。

 むしろ相手次第ではスラルの方がよっぽどリスキーな状況じゃ。


「余とリリィの用件は、まぁ……そんな、時間も掛からんじゃろ?

 各々の用件が済んだらこの談話室で待ち合わせて、余達も軽く領内を

 見て回ろうかの。……のぅ、リリィ」


「う、うん。そうだね」


 どこか微妙な空気ではにかみ合う我らに、フレイ達が不思議そうな顔をする。

 スラルだけが、どういう意味合いか分からん溜息を吐いておった。


 そうして、我らは各々部屋を出てゆく。

 余は、フレイを連れて上階にある客室の一つに向かった。





「……で? 改まってフローリアじゃなくオレなんかに何の話だい?」


 窓際の壁に寄りかかり、赤毛を払いながらフレイが聞いた。

 余はふかふかのベッドに腰を下ろし、彼女を見て……

 しかし、なかなか切り出せぬ。


「……んむ。まぁそのー。なんじゃ」


「いやなんじゃ、ってオレのセリフだけど」


「にょほほ、そーじゃよね? ええと……」


 まごまご、もじもじ。

 いやそもそも、どう訊ねたらいいんじゃ。

 ていうか、なにを訊ねるっていうんじゃ?


 ……ええい、ままよ――!!


「フレイ先生……!!」


「せ、せんせぇ??」


「お、おっ……女の子同士ってその、どうやってやるのじゃ……!?」


「へっ……? どうやる、って何を」


 困惑するフレイ。

 余は思い切って……しかし小っちゃくなった声で言う。



「え、えぇえ――――えっちなこと、じゃ……!!」


 …………


 ……


「……へ、え?」


「――――」


 余、血がのぼりすぎて頭破裂しそう。


「はっ……はぁぁあああぁ――!?」


 フレイが絶叫する。


「ちょッ、しーーっ……!!」


 慌てて余が口元で指を立てる。


 でかい声出さないでぇ……


「なっ、ななな何を言ってンだお前さんはよぉ!?」


「だ、だってこんな事聞ける相手、滅多にいないし……」


「だからってアンタ……そんな、そんな事オレに聞かれてもよ」


 フレイが赤面しながらあたふた言う。

 余はその3倍はヤバい顔色しとるじゃろう。


「た、たのむぅ……余、ぜんぜんそういうの知らないのぉ……」


 指を組んで、お願いのポーズで懇願する余。


「うぅ……うぅう、オレだってそういう話、あんま得意じゃねーのに……」


 言いながら、窓の外を見たり天井を見たり忙しなくするフレイ。


 しかし、やがて観念したように溜息を吐いて余を見た。


「分かったよ……でも、あんま期待すんなよ」


「き、基礎的なことでも、とてもたすかる」


「基礎ったって……まぁいいや。ちなみによ――」


 フレイは咳払いをひとつ、余に尋ねた。


「……アンタら、とりあえず付き合ってはいるんだよな?」


「う、そうじゃの……想いは確認し合っておるし……たぶん」


「で、どこまでその……やってんだ?」


「どこまで、とは?」


「だから……一応をしたにはしたのか、

 まだなんにもしてないのか……ってさ」


「いっ、いやいやいや、まだなんにも!! なんにもしとらんよ!?」


「じゃあ、ほんとにまだプレーンな関係なんだな」


「えぇと、ちゅーはしたんじゃけど……」


 ……ほっぺたにだけども。


「それだけか……」


 そ、それだけ?

 余にとっちゃ十分フェスティバルなんじゃけど!?


「え、えぇと……つったって、多少の知識はあるんだよな?」


「すまん、ちゅーくらいしか分からぬ……。

 あいや、お互い裸になるらしいのは知ってるぞな、それで何するのかは

 ほとんど分からんけど……触ったりとか、するのよな……?」


 どきどき。


「マジか……女同士以前の問題じゃねェか……マジかぁ。」


 まじかを二回言うて、頭を抑えるフレイ先生。

 やっぱり余、論外なんじゃろか。


 でもだって……そんなんお勉強する機会無かったんじゃもの……

 魔王として必要な知識や魔術の研鑽に偏ってたし。

 ましてや女の子を好きになるとは思ってなかったしぃ……

 スラルもその辺の知識は教えてくれなかったもの……まぁそれは仕方ないか。


 リリィは、余よりも知ってるんじゃろか……

 きっと知ってるんじゃろうなぁ……


 余、年上なのに……情けなし。


「くっ……なんでオレがこんな羞恥プレイみたいな事を……!!

 でもお嬢には恩があるしなァ…………くそっ」


 呟いて、フレイは余をキッと睨む。

 それを受けて、びくっと姿勢を正す余。


「あぁもうヤケだ!! やってやろうじゃねぇか、トコトンなぁ!?

 いっ、いいか引くんじゃねぇぞ、お前が聞いたんだからな!!

 あと、絶対にこのやり取りは他言すんじゃねぇぞ……!!」


「も、もちろんじゃ、せんせぇ」


「くぅ……ナリだけデカくなりやがって、まんま子供じゃねぇか……」


 ふかーく溜息をついた後、フレイは余のために講義を開始した。

 彼女の経験に則ったものであろう、それは……


 それは……


 余を、人生最大の“かるちゃーしょっく”の渦に叩き込んだ。


「……で……お互い……して……」


「ふむ……ふむ……」


 …………


「――とか――なんかも――でも日によったり――」


「ふ、ふぇぁぁ……?!」


 …………


「×××は特に人によって絶対NGだけど……好きな奴は×××……」


「×××じゃて……!? ――なんでそんなコト……」


 知らない言葉、知らない行為、知らないルール……

 余の耳から脳みそに、次々流れ込んでくる……


「そんで、まぁなんてーか、お互い盛り上がってきたら……」


「き、きたら……?」


「×××××したり、あとは△△△ったり……とか、する」


「――ほ、ほにょ、にゃにゃにょ????」


 ――――


 …………


 ……余、おーばーひーと。


 しらない。

 そんな世界……余、しらにゃひ…………


 大人って、なにぃ……??



「――お、おい? 大丈夫か?」


 フレイの声が聴こえる。


 余の頭の中は、夜空のように星々がクルクル回っておる。


 そ……


(そんなコト、リリィとしたら……余、おかしくなっちゃう……)


 ぷしゅー。


 あ、なんか頭が急に軽く


「おいぃ!? なんか頭から湯気出てねェか、しっかりしろー!!」


 フレイが余の肩を揺する。

 がくがくがく。

 あぅあぅあぅ。


「り、りりぃ……余……がんばる……」


「……ダメだ、なんかどっか行っちまってら」


 フレイが首を振る。


 余はなんかもう、ヘニョヘニョになってしもた……。



 そんな具合に、フレイ先生の授業は無事(?)終了したのだった。




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