【90】ちょっとした説明会。





 フローリアに付いて行き、余達はひとつの建物の中に案内された。


 小さな平屋やテラス型の家屋が並ぶここエルフ領としては珍しい、

 二階建ての比較的大きなものだった。

 もちろん木造で、なんつーか非常にアロマな香りが漂っておる。


「ここはなんじゃろな?」


「外からの客人に宛てがわれる、まぁ要はお宿さ。

 二階に10部屋くらい客室ってか寝室があるんだったかな?

 で、一階のこっちの方に、オハナシ合い向けの談話室みたいのがある」


 フレイが言いながら、両開きの扉を開く。

 中は大きな角テーブルをいくつも椅子が囲む部屋であった。

 余達は各々適当に腰掛ける。


 もちろん、余はリリィの隣じゃ。

 なんか知らんがスラルはその反対側、余のやや斜め後ろに立っておる。


「……座らんの?」


「お構いなく」


 後ろ手に組んで、いかにも執事然として澄ましておるわ。

 まぁ好きにせぇ。


「で、事情だとか用件だとか、お聞かせくれよ」


 フレイが余達を一度見渡した後、促した。

 しかし、フローリアが一度待ったをかける。


「……お待ち下さい、その前に――ルーラリアさん」


「は、はいフローリア様」


「その……を、私にいいですか」


 フローリアが手でルーラリアが今も持っておるそれ……

 賢者が自分で切り落としおった腕を示して言った。


「あ、はいよろしいですが……いかがなさるのです」


 どこかホっとしたような顔をして、ルーラリアは腕を手渡す。

 まぁ、普通にどうしたもんか困ってたんじゃろな、あんなもん。


「……先生、失礼します」


「おっと、聖女ちゃんやそれは――」


 クロムは遮るように残った手を突き出すが、それに取り合わずに

 フローリアは切り離された腕に向けて霊術を行使する。

 するとそれは青白く発光し、手品のようにふっと消滅した。


 そして次の瞬間、欠損した賢者の腕が、瞬きの内に復元してしまう。

 おー、お見事……さすが聖女、破魔だけでなく治癒能力も超常レベルじゃ。

 結構強力な封印術式が施されておったはずなのに、お構いなしとは。


「あーあ……あかんよぅフローリアたーん」


 すりすりと復元した腕をさすりながら、賢者が口を尖らせる。

 そして、またその腕を掴んで……


「お待ち下さい、何をなさるつもりですか」


「そりゃ、もっぺん――」


「い、いい!! いらん、やらんでいい!!

 一方的にそんなモノ寄越さんでいいわ、やめろ……!!」


 ルーラリアが慌てて賢者を止める。


「えぇー、でもケジメを」


「それは、改めてこちらで審議を設けて要求するから。

 とりあえず、いいからやめてくれ……」


 ルーラリアがちょっぴり情けない顔で言う。

 可哀想に、こんなネジ飛んどるイカレ女に振り回されて……


「そーぉ? りょうかーい☆

 別に、腕が無くても賢者ぱわーを振りかざすには不自由無いんだけどねー」


 手首をぷらぷら揺らしながら、へらへらとのたまう賢者。

 それに溜息を吐きながら「んじゃ、もういいか?」とフレイが片手を上げる。


「ええと、何から聞いたもんかな?」


 フレイの言葉に、クロムが余の隣を見る。


「スラピョン、説明してあげて☆」


「なぜ私が……構いませんが」


 割と理不尽に振られ、しかし執事は相変わらず無表情じゃ。

 スラルはひとつ息をついてから、フローリアらに事情を説明した。

 まずはやはり、余とリリィの正体について。


 …………



「――と、いった次第です」


「……マジ、かよ。お嬢がホンモノ?の魔王で……」


「魔王リリィは実際は魔王を騙っていただけの……ゆ、勇者様」


「……はい」


 リリィが、とても気まずそうに小さくなって俯きながら応える。

 余は、もちろん涼しい顔をしたもんじゃ。


「ただモンじゃねぇとは思ってたけど……魔王ってアンタ」


「ミミ、いえナナ様。記憶を取り戻されたとの事ですが……

 その、ナナ様はやはり……人間領に対して……」


 胸に手を添え、緊張した面持ちでフローリアが余に尋ねる。

 フレイとルーラリアは、さらに強張った表情で余を見ておる。


「いや。そこは安心せよ。余はなんちゅーかイレギュラーな魔王での。

 覚醒したばかりの当時から、人族に対して敵対心やわけのない憎悪等は

 持っておらんのじゃ。実際、魔王なんてのは元来、皆覚醒して間もなく

 人間領に攻撃を仕掛けておったじゃろ?」


「静謐の魔王とか呼ばれちゃってね!! かっこよー☆」


 茶化すな狂人。


「はい……私も、お話を聞いて尚ナナ様が恐れるべき魔王であるとは、

 思っておりません。……思いたくない、という気持ちもありましょうけど」


「オレも、お嬢がそんなおっかねぇバケモンとは思えねぇけども……

 ただ、問題はその……魔王を騙ってたっていう――」


 フレイが改めて、リリィを見る。フローリア、ルーラリアも。

 それを、リリィは何とか背筋を伸ばして受け止める。


「それについても説明したいのですが……ナナ様?」


 スラルが、余に何事か確認したいようじゃ。

 とは言えまぁ、何を言いたいのかは余も分かっておる。

 そこを説明しようとなると、どうしても……

 余と、リリィのちょいとナイーブなポイントに触れざるを得んわの。


「……構わん、続けるがよい」


 余はスラルにそう返した。

 それを受け、スラルは「では……」と言葉を続ける。


 そして紡がれる説明は実に無駄なく、整然としておった。

 さすがスーパーバトラーよ。



「ま、魔王と、勇者がぁ……?」


「想い合って……」


「そんなバカな……!?」


 説明を受けた彼女らは、三者三様の反応を見せる。

 まぁ、これが普通の反応よな……分かっとるよぅ。


 こんな形で己の恋路をつまびらかにされると、さすがの余も若干恥ずかしい。

 隣のリリィは、それ以上に恥ずかしそう……というか真っ赤っかじゃな。


「しゃーないじゃろが、フォーリンラブっちゅーてな。

 恋に落ちると言うじゃろが、意図も計りもありゃせんわ」


 余は開き直って言い放つ。

 そんな余に、ルーラリアは相変わらず眉を顰めておるようだが……

 聖女とフレイの二人は、また別の反応を示しておった。


「……く、くっくく……いいんじゃねぇの? なるほどねぇ~」


「魔王と勇者、しかも女性同士で……なんて、素敵なんでしょうか」


 非常に、好意的に受け入れてくれたな……

 まぁ、こやつらは何と言うか、わりかし事情が被るし……

 しかし。


「で、ですが、魔王ですよ!? しかも勇者がすでに覚醒をしていて、

 その上で魔王の存在をある意味容認していたなど……そんな。

 そして何より、魔王不在の間勇者自身が魔王を騙り人間の街を……」


 まぁやはりと言うか、ルーラリアとしてはそうもいかんらしい。

 なんというか必死な形相で早口に訴えておる。

 それに対し、賢者はまた軽い口調で応えた。


「まぁまぁ、たしかにボッコボコのガッタガタにしちゃったけどね?

 ぶっ壊したのは余裕ある上流民の私邸や娯楽施設や奴隷商館とか、軍砦や

 城壁とかに限ってはいるけど、そりゃ許されざる事だよん。モチロンねー。

 ただその辺に関しては残念ながらー、エルフ族の皆様は強く糾弾出来ない

 トコではあるよねぇ?」


「…………!!」


 ルーラリアは賢者の言葉、その最後の辺りを聞いて息を飲む。

 そして、視線を思わずフローリアに向けかけて、慌てて逸らした。


「……ま、エルフ族ってか、オレらは何も言えんわな」


 フレイは明後日の方向に視線を向けながら、苦笑いで言った。

 フローリアは、これ以上ない程居た堪れない顔で下を向く。


「まぁ、それに関してはね、非常に繊細な問題となっておりますのでぇ。

 ここでは一旦保留って事で、ごっくん飲み込んで欲しいにゃー☆

 それにねぇ……ハイ、スラピョン」


「そのまま貴女が説明すれば良いでしょう……はぁ」


 めんどくさいのか何なのか知らんが、再びスラルに説明を投げる賢者。

 スラルは軽く肩を竦め、それでも律儀に説明してくれた。


 余はすでに魔王ではない事、リリィは勇者ではない事。

 そして、新たな魔王が早くも誕生したやも知れぬ事……。


 …………



「……それが一番、ぶっとんだ話だぜ。

 魔王と勇者が、両方なんつーか……その役を降りるなんざ」


「ええ、でも言われてみれば……彼女らからは、私やクロム様のような

 特殊な因子を宿す者が放つある種の、波長のようなものを感じません。

 勇者や魔王のそれが、我らと同質とは限りませんけれど……」


 彼女らは、余とリリィを交互に驚愕の表情で見おる。まぁ無理も無い。

 むしろこれまでの、こんなややこしい話をすぐに、よく飲み込んだのぅ。

 余なら「ほぁー?」とか言ってるかも知らん。


「そして、早くも新たな魔王が……ですか」


「確定ではないがの。……ただ、可能性は極めて高い」


「そんで、聖女であるフローリアに出陣要請ってわけか。

 ……ちっ、平穏は一日として持たなかったってわけかよ」


 ここへ彼女らがやって来たのは、恐らく昨日の正午まえ。

 さぁようやく落ち着けるだろうか、という所でこの話じゃからな。

 なんか、可哀想に思えてきた……


「む、無理にとは言わんぞ。文字通り昨日の今日じゃしな。

 余としても、ほんとはお主らにはしばらく平和にゆっくり

 二人で過ごして欲しいと思う所ではあるし……」


「……お心遣い、ありがとうございますナナ様。

 ですが私も聖女の端くれ。そういうわけには参りませんわ」


「……はぁ。方々に色々迷惑も掛けちまってるしな」


「あぅ……」


 フレイの言葉に、フローリアが身を縮こませる。

 お前があんまり言うてやるでないよフレイ……ちょっと可哀想。


「じゃあなんだ、早速その……ユリウス様んトコに向かうわけか?」


 ユリウス……剣聖の事じゃっけ。

 フレイの問いに賢者が答える。


「んー、まぁそのつもりなんだけど、どうしよっかなーともね?

 彼と話付けるだけなら、正直小生だけでもいーんだよねぇ。

 彼ってばガチめに小生の事ニガテにしてるからアレなんだけどぉ。

 まぁそれはいーとして、今彼ってパスラにまだ居るっぽいよねぇ」


「あそこにいると、なんかまずいのかの?」


「人間側のさー、要人達がまだあそこに大勢残ってるかも知れんじゃん?

 そん中にナナリリコンビを連れてって説明すんの、ダルいんだよねぇ。

 出来れば剣聖坊やとサシで、ちゃっちゃと進めたいっていうかー」


 むぅ……そういや、リネイとかの姿もあったのぅ。


 ……めんどくさ。たしかにかったるいぞ。


「とりあえず、小生だけでパスラにヒョッコリ顔出しとこうかな?って。

 そこで粗方事情を坊やに叩き込んでおいてから、むしろ彼をここに

 拉致って皆と顔合わせさせりゃいーじゃんね。よしそうしよ☆」


 一人で喋って一人で決めおる。

 まぁ異論は別に無いがの。


「らしいぞ。それでいいかの?」


 余は皆を見やって、最後に執事殿を窺う。


「了解しました。ではそのように。

 一時、我々はこちらで待機という事ですね」


「そういうコト☆ まぁせっかくだしエルフ領観光するなり、

 このお宿でゆっくりしっぽり致すといいと思うよ!!」


 ……話自体に異論は無いが、こやつ一人で行って本当に大丈夫なんじゃろか。

 余としちゃ賢者っていうかただの軽薄な厄介娘って感じなんじゃけど……。


「ホラ、ナナぴゃんリリィたんも、色々この二人に聞きたい事あんでないの?

 女の子同士のアレやコレのレクチャー、受けとくチャンスよん☆」


 余とリリィに向けてそんな事を小声でのたまい、ぱちーんとウィンクなんぞして

「んでは!!」と敬礼すると、賢者はさっさと転移魔術を起動し消えていった。


 やかましいのが消え、室内は一気に静かになる。


 皆、一様に呆気に取られとる中……

 余は賢者の言葉に心動かされておった。


(女の子同士の、アレやコレの……)


 そ、そうじゃ……たしかにこれはチャンスかも知らん。

 余、言うてその辺ぜんぜん疎い初心うぶな生娘ちゃんじゃし……


 ちらりと伺ったリリィも、何事か考え込んでおった。


 ふ、ふむ……


 まぁ、か、考えておくか……。




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