【89】賢者のけじめ、聖女との再会。





 で、余たちは結局、エルフ族の領内……エル・フローラに

 招かれ……というか連行されてしまった。

 100%この自称賢者に巻き込まれる形で。


「……おい、出足から要求すべき説明が多すぎるんじゃが」


 余は前を歩くエルフ……奴がルーちゃんと読んだ女を意識して、

 若干小声気味でクロムに言葉をぶつける。


「そういう時はね、一旦全部保留にしちゃうといいかも☆」


「はぁ……」


 深く溜息。

 そもそも、どこに連れて行かれとるんじゃ?


 足元からでは見上げきれんような巨大な樹木が囲む中、

 独特な体系を見せる里内を眺めながら、そぞろ歩く。

 石造りの建造物は一切見当たらず、そこに並ぶ家々は全て

 木や植物由来で成っておる。

 エルフのイメージに違わぬ、実にオーガニックな趣きじゃ。


 歩く最中、幾人ものエルフ族が余達を物珍し気に見ておった。

 中には、クロムの姿を見て露骨に睨んだり怯えたりする者も。


(火だるまとか火の海とか言っとったが……一体)


 ほんとにこやつの言の通りに動いていいものなんか……

 正直、どんどん疑わしく思えてきとる。

 とは言え、とりあえず今は大人しく従うしかあるまい。

 聖女らに再会する前から余計に事を荒立てたくない。


 しかし歩き向かう先に、特にこれと言った建造物は見えない。

 一際大きな大樹が聳えておるのが見えるばかりじゃ。


 あの樹の幹に樹洞うろでも空いてるとかかの?

 だったらちょっと楽しみじゃ。


 やがて、大樹の元へと辿り着く。

 根元まで近付くといよいよ持って途方も無い巨大さじゃのぅ。


 ……しかし見るに、そこには想像したような穴が空いておるでもなく、

 巨大さ以外は特に変哲も無く、ただの樹皮が見えるばかりじゃ。


 ……いや、待てよ。


(そうかこの樹が……例の)


「……ここで、何を? 彼女の処刑ですか?」


「さらっと怖い事言うね、スラピョン……この木はねぇ」


「おい、静かにしろ。女王の御前だ」


 余らを振り返りルーちゃんが言い放つ。


 ……女王。 やはりそうか。


「ご苦労様です、ルーラリアさん……あの、皆様もすみません。

 足元の悪い中、わざわざ歩いてきていただいて……はい」


 突然どこからともなく声が響いてきた。

 残響を伴い届くそれは、どこかおどおどした雰囲気を醸しておる。


「これは、女王様の声? お姿が見えないけど……」


 リリィが、きょろきょろと辺りを見回す。


「あ……すみません、私ここです、あの。皆様の前の、木です」


 その言葉に、リリィ達は目の前の大樹へと視線を戻す。


「え、木ってこの……? これが、女王様?」


「はい……わけわかんないですよね。あの、えっとですね……」


「ここら一帯を遥か昔から統治している歴史ある民族国家がここ、

 エル・フローラでの。そしてその成立当初からずっと、この

 大樹が里と民を見守り守護し続けておるらしいのじゃが……」


 まごまごしとる女王の声に代わって、余が説明する。


「伝統というのか、長きに渡って行われとるエルフ族の世襲の一つにの。

 エルフ族の女王を冠す者がおって、その女王というのは、ほれこのように

 戴冠と同時にこの御神樹“エル・フローラ”と同化するらしいのじゃ」


 言いながら、余は改めてその圧倒的な威容を見上げる。

 割と最近エルフの歴史についてお勉強してたのじゃ。丁度良かったの。


「あ、ありがとうございます……そんな感じです、はい」


「同化……じゃあ本当に、この木そのものが、女王様なのね」


 リリィが、ふわぁー……という顔をする。かわいい。


「それで、フロレンス様。この罪人の処遇についてですが」


 言って、キッとクロムを睨むルーラリア。


「罪人? なんと、いずこに?」


「……無論、貴様自身だ」


 ほっぺたに袖を添えて、わざとらしい驚きの表情を浮かべる賢者。


「ねぇルーちゃん、落ち着いてちょうだいな。

 先日ここに、割と困り目なフローリアたんを連れ帰ってきて

 あげたのはどなた? そう、小生クロムちゃんですね?」


「だからなんだ感謝されるつもりか!? 連れ帰ってきただと?

 そんなもの当たり前であろうが!! そもそもあの方をここから無理に

 連れ出したのは貴様ではないかッ!!」


「無理にってそんな人聞き悪ぅい、ちゃんと同意の元でしたぞ?」


「下手に断ったら里に何をされるか分からんと、身を呈されたのだ……!!

 くっ、あの日の幼きフローリア様の悲愴な決意のお顔は忘れられん……」


 悔いの表情を浮かべて、わなわな震えるルーラリア。

 余達は、もう何と言ったらいいか分からず黙って聞いとるしかない。


「でも、お陰で相思相愛のお相手と巡り会えたんだもん。

 フローリアたん感謝してたよ、小生に☆ ひでぇ茨の道だったとて、

 そこに愛をひとつ拾えたら報われるんよ、いやー素敵やん?」


「ぐっぎぎ……こんの……お嬢様が自分で見つけ育んだものを、

 あたかも己の功績のように言いおって……というか相手別種族だし……

 うぐ……ぐぐぅ……」


 今にも血涙でも流すんじゃないか、と思える程怒りを醸すルーラリア。

 まいった、今はこちらサイドであるはずのクロムを、全く擁護できん。


「お、落ち着いてルーラリア……あの子は無事に帰ってきたし、

 今はとても幸せそうだもん……。ね、おさえて……」


 女王が、あわあわした声で窘める。

 だいぶ気弱いみたいじゃのぅ、エルフの女王。


「うぅ……くそっ……」


 ルーちゃん、まじで涙滲んどる。可哀想。


「クロム。余は事情をよく知らんからあまり横から言いたくないが、

 素直に謝罪すべき事もあるんじゃないかの」


「耳に痛し。もちろん、事情があったとは言え彼女らの気持ちが汲めぬほど

 クロムちゃん様は冷血じゃありませんぞ。元々ケジメは付けるつもりどすえ」


「ケジメ、だと……?」


「うい☆ まぁちょっと火急のお仕事が詰まっておりますゆえに、

 執行猶予はいただくんだけどね? 全部片付いたら改めてお伺いして、

 煮るなり焼くなり好きにしてくれてええですぞぅ☆」


「……ふん、信用できるか」


「だろうねー!! しゃーない、じゃあ書状代わりにコレあげる☆」


 言って、賢者はおもむろに自分の左脇に手を添える。

 そして、


「えい☆」


 と軽い掛け声と共に、


 自分の左腕を霊術で切断した。


 ……


「お、おい」


 さすがに、ちょっと余もびっくり。


「お"っぅ……!! ぁぐぎぎぎ、効くわぁぁ……!!

 あ"い、ルーちゃんこれあげる☆」


 血を吹き散らす断面に止血を施しつつ、クロムは切り離した己の左腕を

 ルーラリアに差し出した。


「…………は、いや、お前」


 しかし差し出された当人は、普通に引いとる。

 そりゃそうじゃろ。


「エルフにはさぁ、アレがあるでしょー? 痛たただだだ……

 ほら、呪術の……【呪覚幻痛ファントム・ペイン】。それくらいのがあれば、

 その気になればいつでもお仕置きできるじゃん? ぃでででで……」


「たしかに、ある……が」


 一気に怒りが冷めてきたのか、打って変わって困惑の表情。


「小生ちゃんは治療霊術も得意だけど、ホラこうやってその腕に……

 よいしょ、封印をしちゃえば再生も復元も無理ですからなー?

 あ、痛みだけは消させてねぇ、仕事に差し支えるから☆ ふぅ~ぃ」


 汗を拭う素振りをしながら、血を垂れる腕に封印霊術を施す賢者。

 言動そのままに、ぶっとんでるのぅこやつ。


「お仕事が終わったら、改めて右腕でも足でもいっちゃっていいから☆

 もちろん火だるまもオッケーよ? 大丈夫、ちゃんとバッチリ苦しむから☆」


「…………」


 受け取ってしまった左腕を見て、絶句するルーラリア。

 余も言葉を探すが、しかしそこに。


「――やっぱり、クロム様と……」


「お嬢……って、あれなんかでかくねぇか? 誰?」


 聞き覚えのある声が、後方から届いた。

 余達はそちらを振り返る。


「お、おぉ……フローリア。フレイも」


「はい、えぇと……もしかして、ミミ様ですか?」


「え!? あ、姉貴とかじゃなくてか?」


 二人が現在の余の姿に驚いておる。


「え、ミミ……?」


 リリィが、困惑した声で余を見る。

 う、そういえば……


「い、いやリリィ。気にせんでくれ、色々事情があっての?」


「あ……うん。わかった」


 ちょっと焦って返した余だったが、リリィは素直に頷いてくれた。

 ……あ、ありがてぇのじゃ。


「で、クロム様も一緒か」


 めちゃくちゃうんざり、と言った顔でフレイが言う。

 聖女と付き人の二人は、クロムの左肩とルーラリアが持つ左腕を

 交互に見て、何とも言えん顔をした。


「……一応お訊きします、どうされたのですか、先生」


 フローリアが賢者に尋ねる。

 何だか、少し呆れたような顔に見える……


 たぶん、クロムの、慣れとるんじゃろうな……。 


「まぁ待てよ。こんな立ち話もなんだろ? 良けりゃ場所変えないか?

 なんかややこしい話聞くことになりそうだし……」


 フレイが提案する。


「えぇ……そうですね。では皆様、よろしければこちらへどうぞ」


 フローリアが余達を促すので、それに従う事にする。


「わ、私も同席して良いか?」


 ルーラリアが慌てて言った。


 ふむ……


 ちら、と余はスラルに目配せをする。

 スラルが頷いたので、余も倣う。


「うむ、構わぬ。

 では女王、悪いが話が纏まったら改めて伺うぞ。よいかの?」


 余は女王である大樹を見上げ、声を掛ける。


「…………」


「……フロレンス女王?」


「――あっ、はい……お願い、します……」


 ……?


 なんか、歯切れ悪いの。

 首を傾げつつ、余はフローリアへ向き直る。


 彼女はなんだか、少し寂しげな顔をして大樹を見ていた。

 やがて背を向けると、「ではこちらへ」と言って歩き出す。


 余は少し気になりつつ、とりあえずその案内に付いてった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る