【88】エル・フローラへ。





 朝食を終え、ではそろそろ出立するかとなった時、

 ミナに呼び止められた。


「まお……ナナ様、これあげる」


 言われ手渡されたのは、小石くらいの小さな霊晶石だった。

 手にすると、微量ながら霊力が込められておるのが分かる。


「ほう、これは?」


「うん……別に特別なものじゃないけど、お守り。

 私が初めて法力を使えた時に、それを込めた石なの。

 何の霊術でもない、ほんとに法力を入れただけのものだけど……」


「なるほど、それは大変縁起が良いのぅ。お守りにぴったりじゃ。

 ありがたく頂戴するぞな」


 余は外套にそれを大事に忍ばせた。


「……いつか、ちゃんと恩返しするからね」


「ふ、そんなの気にせんで…………いや。期待しとるぞ」


 余はミナの頭にぽんと手を乗せ、撫でてやった。

 背が伸びたから撫でやすいのぅ。


「なんか、変な感じ。私よりちっちゃかったのに」


「ふふ、紛うこと無きお姉さんじゃろ」


 まぁ正直、16歳としては、少々……納得いかん所はあるが。

 特に顔立ち……もうちょっと、妖艶な女になると思ったんじゃが。

 まぁええけども……。


「……気をつけてね」


「まかせろ。余とリリィはめちゃつよじゃぞ」


 新魔王だろうが、それどころか新勇者が現れようが。

 余はもう、リリィを失うつもりも己が死ぬつもりもないからの。



 ミナと別れ、玄関に向かうと今度はラナンキュラスがおった。


「む? キューちゃんも一緒に行くんじゃったか?」


「いえ、私は魔族領に一度戻り色々と都合を付けて来ようかと。

 父と母に何も言っていませんし、それに貴女のお父様も心配ですし」


「そうか」


 ととさまは、彼女の言うように昨夜一度魔族領へ戻っていった。

 かかさまに事の次第を説明するのと、改めてルシオラ周りの情報が

 得られないかと思っての事らしい。


 まぁ長居しないし深追いも控える、だからそう危険な事も無いよ。

 父はそう言っておったが、余としてもやはり少し心配なところじゃ。


「出来れば、城に残したハルニレや他の世話人らも気にかけて欲しい。

 新魔王がいよいよ台頭するとなれば魔王城はそやつの物となろうが、

 城はともかくあの子らは……正直、譲りたくない」


「えぇ、分かりましたわ。彼女らは飛行魔術が使えないでしょうけど、

 こちらに移れるよう手を回しておきましょう」


 言ってキューちゃんはにこりと微笑んだ。

 んむ、頼りになるお嬢様じゃからの、キューちゃんは。


「あ、ついでになんじゃが」


「はい? なんです」


「……キューちゃん、下着ちょうだい」


「は?」


 唐突な余のお願いに、目を点にする。


「下着? そ、それはわたくしの? なんでまた……

 まさか、あなたそういう趣味が?」


 どういう趣味?


「あほもの。変な勘違いするでないよ。

 なんじゃその……ほら、余ってこの通り急成長しさらしたじゃろ」


「えぇ……。……え、もしかして貴女いま」


「……つけとらん」


 はぁ……?! と声を上げ、余の胸元を見るキューちゃん。


「え、だってその外套は? 一緒に調達したんじゃありませんの?

 貴女、衣服を魔力で編む芸当を持ってらっしゃいましたよね?」


「いや、この外套も肌着も、下着も下だけなら作れたんじゃが……あと寝巻き。

 でものぅ、余ってその……ずっとちびっこだったじゃん?

 上って付けた事もなければ持ってた事もないんじゃよねぇ。

 勝手が分からんくてイメージがのぅ。上手く作れんくて……」


 顔立ちは残念なことに童顔だし、背丈も14歳のリリィと同じくらいだが、

 胸は……まぁ、割と出たというか。けっこうある。


「……失礼」


 言うなりキューちゃんはいきなり外套を開き、ブラウス越しに

 もにゅっと余の胸を掴む。


「――ほぁ!?」


「……なかなかありますわね。でも……私と比べると、いささかサイズが」


「む……た、たしかにおっきいしの、キューちゃんは」


 それはいいんじゃが、あんまり手……動かさんでくれ。


「まぁそれでも、作成するにあたって参考にはなるでしょう。

 どのみち魔族領から着替えもいくらか運んでくるつもりでしたし。

 ただ、他に調達するアテもありそうなもの。出立前に街で探してみては?」


「そじゃのぅ……まぁ、無ければ無いで適当になんか巻いとく。

 何も付けんとコレ、意外と気になって仕方ないもんじゃのぅ……揺れるし」


 余はぽんぽんとその場で軽く跳ねる。


「っ、うひゃぅ……!!」


「おやめなさい、はしたない!!」


 怒られた。





「おまたせぇ、待った? ううん、今来たとこよん☆」


 玄関を開けると、リリィとスラル、賢者が待っておった。

 賢者がなんか一人で二役やっとるがとりあえずスルーしとく。


 スラルはすでに“擬態”を施しておった。

 余も倣ってちゃっちゃと擬装を済ませる。

 あ、今身にまとっておる物は魔力で編んだものじゃから、

 これにも細工をせんと……、よし。


「で、エルフの里ってのはもちろん、お主の転移で行くんじゃよな?」


「もちろんぬ☆ びゅーんと飛んでってもいいけど、遠いからね!!

 大陸の三分の二は人間領だけど、エルフやドワーフや亜人さんとかの

 領分の多くは王国西都よりさらに西側に寄ってるからねー」


 ふむ。余はともかく、スラルは大分へばってしまうかのぅ。


「てなわけで、安心安全、快速快適な賢者ポータルにお任せですぞ☆

 ほな早速行きまひょかー!!」


 ばばっ、と相変わらず謎のポージングと共に、賢者は転移術式を展開する。

 それを、じっとリリィが見つめておった。

 恐らく、術式をコピー出来まいかと思っておるのじゃろう。


「いざ、エルフの里“エル・フローラ”へ~☆」


 賢者の明るい一声と共に術式が起動し、我らは転移する。


 ……あっ


 下着の事、忘れとった。

 まぁいっか。



 …………


 ……



 転移なのだから当たり前じゃが、一瞬で到着する。

 包む光の柱が収まると、眼前には――


「お、おぉ……これは、聞きしに勝るのぅ」


 広がる鮮やかな色彩に、目を見張って感嘆する。


 とりどりに咲き乱れた花々が風に踊るそこは、さながら絵画に描かれた

 天界のような趣きじゃ。紅や青、紫に黄色と舞う花弁が実に鮮麗。


「……きれい」


 リリィが、うっとりと呟く。


 たしかにこれは綺麗じゃ。

 そしてそれに縁取られたリリィの姿はもはや天使。


(良い…………もふふ……)


 この子が、余の恋人……


 ……ほぁぁ


「ナナ様、間抜けの権化のような顔をなさっている所すみません」


「あっ、はい」


 スラルの言葉に呆けかけた心が戻ってくる。

 ……まぬけのごんげ?


「……早速、敵意を向けられているのはお察しと思いますが」


「あー、うん。そうじゃの」


 もちろん感じておるけど、リリィに見惚れてそれ処じゃなかったわ。

 しかしまぁなんじゃろな、これ。


「クロム? このやたら明確な敵意は織り込み済みの事かの」


「うーん、えーと到着十秒でこれは、小生もさすがにびっくり」


 おい……大丈夫なんか。

 口を開こうとしたが、そこに何処からか声が届いた。


「……よもやこんなに早く再訪するとはな、賢者殿」


 凛とした、女の声。

 まぁ恐らくエルフのものじゃろう。


「いぇい☆ その声はルーちゃんだね、おひさー?」


 賢者が手を広げて声の主に応える。


「あぁ、お久し振り」


 声の後、突然花吹雪を伴って風が巻いた。

 そして数秒後に、密集した花弁の逆巻きが爆ぜるように収まる。


 花吹雪の跡には、一人の女エルフが立っていた。


 フローリアがそうであるように、透くような白い肌に尖った耳の、

 美しい若い女性じゃ。


「絢爛な登場じゃのー」


 余は素直に感心する。

 しかし、女は鋭く賢者を睨んどる。

 そして一寸後に、余やリリィ、スラルへ順に目を配る。


「……この方々は?」


「小生のオトモダチですぞ☆ でねでねあのね、ルーちゃん?

 貴女の気持ちはお察しするんだけど、ちょっとお話聞いてくれりゅ?」


「残念だが、お断りする」


「えーー、うそじゃーん」


 きっぱりと突っぱねるエルフの女に賢者が口を尖らせる。


「そんな突き放さなくてもー。お話くらい聞いてくだしゃんせ」


「よくしゃあしゃあと……この、災害女めが」


 災害女とな。

 賢者クロムさんや。


「……お主、彼女らにも嫌われとんの?」


「えへへ……悲しき誤解っていうか、すれ違いっていうかぁ」


「何が誤解だ!! 貴様の戯れのせいで……我らの里は、

 一歩間違えば火の海に包まれておったというのに!!」


 えぇえーー……


 余とスラル、そしてリリィも同じような目で賢者を見やる。


「いやホント、誤解なんすよ!! まじでばっちり計算ずくだったの!!

 ホラ、可愛い愛弟子フローリアたんにね、純粋な親心でさぁ?

 ちょっと試練を与えるために涙を飲んでやった事でしてぇ」


「やかましい、火だるまになって死にかけた同胞も大勢いたのだぞ!?

 無茶な治癒霊術でフローリアは暫く昏倒するし……この悪魔め、許さん!!」


「うえーんナナえもーん、怒ってるよーどうしよー」


「知らんがな……」


 いやまじで。てかナナえもんってなんじゃ。


 はぁ、初っ端から先行き不安すぎる……




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