【85】なんかする事ないかの?





「たのもう!!」


 ばーん、と扉を開けざま余が声を張り上げる。

 その部屋におった二人が何事かとこちらを向いた。


「な、なんですの夜分にそんな大声出して」


 怪訝な顔で言うキューちゃん。

 それに「うむ」と頷き、部屋に上がり込んで余は言う。


「――さぁどうしようかのって話じゃ!!」


「……主語をどうぞ」


 執事が溜息を吐きおる。


「決まっとろうが、新魔王にあてて勇者ぱーてーが組まれるのであろ。

 であれば、余を筆頭として我ら魔族は如何いたすっての」


「はぁ……なんで急にそんな気合入れ直してますの。なんかキレ気味ですし……

 如何にと申されましても。魔王の権能がちらつく現状では、我々魔族に

 採れる行動はせいぜい上手に隠れる位ではありませんの?」


「うそじゃんキューちゃん、そんなんある?

 隠れて“勇者様がんばれー”とか旗でも振って応援しとれっちゅーのか。

 何かあるでしょ、余たちにも出来るバックアップ的な、ほら。

 のぅ、スラル先生!!」


 期待を込めて執事の顔を見た。

 相変わらず温度感の無い目を向けてスラルが応える。


「もちろん、出来る事はありましょうが。しかしラーナの言う通り、

 まず前提として我らは魔族領に近付くわけに参りませんし、

 分かっておいででしょうが特にナナ様が相手方の手に落ちない事……

 それが何に於いても優先して我らが考えるべき事です」


「分かっておるよ、その前提の上で、どうしようねって話じゃ」


「元魔王であったナナ様にお尋ねしますが、人間領で絶対命令を行使する場合

 その詳細な条件はお分かりでしたか?」


「もちろんじゃ、えーとね……結構対象と接近しておる必要はあるの。

 念話では無理じゃ、直接己の声を届けんといかん。だが……

 転送陣等と違って、一度戦闘用の魔力運用を始めてしまったとしても

 そのさなかに権能を行使することは問題なく出来る」


「念話は魔力によって行われますが、権能に魔力は関係ありませんからね。

 ナナ様は人間領でもかなり広範へ念話を繋げる事が出来ましたが、

 それでも念話では無理なのですね?」


「無理じゃな。権能に魔素は関係ないが、霊素の影響は受けまくるからの」


「ではやはり、ナナ様は大人しくしていて頂くのが最良ですね」


「うむ!! って、えぇぇ……?」


 余はめっちゃ不満げな顔をしてやる。

 それを何の事なしと受け流すスラル。


「えぇ、ではありません。言うまでもなく、今我々にとって最も懸念すべき

 ウィークポイントはナナ様なのです。そのお力自体もそうですし、貴女が

 相手方に落ちればリリィ様が十全に力を振るえなくなってしまいますから」


「分かっとるけど、その上でお主の小知恵で何か……」


「やる気のやり場にお困りのようですな?」


 スラルに食い下がろうとした所に、いきなり割って入る声。

 皆そちらを見やる。思った通りの人物がそこにおった。


「……いっつも、同じような現れ方するのぅお主」


「フフ、登場の仕方にはこだわりがありましてな……。

 悩める少女の前に颯爽と、または意味ありげに姿を見せるの好き☆」


「……あっそぅ」


 相変わらず丈の合わん袖をぶらぶらさせながら、賢者が現れた。

 スラルとキューちゃんは、警戒の色を隠しもせず睨んでおる。


「何か、私達魔族に御用がありまして? 賢者さん」


 キューちゃんが腕を組んで顎を突き出し、不遜な面持ちで尋ねる。

 それに、おほ……と気持ち悪い吐息を漏らしよる賢者。


「強気系ご令嬢の冷ややかな眼差し……いいっすねぇ……

 しばらく浴びてたいトコですけど、ここは小生自制しちゃう。

 で、なんだっけ? あぁそう、一つご提案差し上げたいと思いましてな」


「ご提案? 余にかの」


「そそ。理由は存ぜぬけど、何やらナナぴゃんモチベ持ち上がっとるじゃん?

 でもそこのバカイケメン執事さんの言う通り、本来はおとなしーくお姿を

 お隠しになってもらった方がイイんだけどもぉ……」


「だけどもぉ、なんじゃ」


「実は一つばかしね、小生からナナぴゃんにリクエストがあって」


「ほう……?」


 余は素直に興味を示す。

 が、ご令嬢は一層怪訝な顔をする。


「興味深い。是非お聞かせ下さい」


 スラルが促す。

 しかし余には分かる、こやつもキューちゃんと心中は変わらん。

 賢者が語る内容の是非は、余ではなくこの執事次第じゃろうな……。


「なぁに、そんな訝しみなさるな☆

 あのねぇ、小生これから勇者パーティの招集を考えてるんだけどね?

 それにナナぴゃんが付き添ってくれないかにゃーってお話なのねん」


「意味が分かりませんわ。なぜナナがそんな事を……」


「ぶっちゃけ、小生って聖女ちゃんからも剣聖坊やからも、

 割と面倒くせぇヤツ扱いというか、厄介者扱いされてましてな?

 まじ心外もええとこなんだけど、ふぁっきん」


 余たちとしては、全然腑に落ちる話じゃけど。

 しかしフローリアからもそんな目で見られてるの、相当じゃぞ……


「まぁさすがにね、事がコトだから彼らも承諾しないわけないんだけどぉ……

 いっつもその、ちょびっとだけウザ絡みっていうか、愛ある嫌がらせ的な

 事をしてたってのがあってぇ……☆」


 ……はい?


「嫌がらせじゃと?」


、ね!! ホラ、あの子達って人類の要じゃん?

 でもまだ若くって、当時は色々頼りないトコもあったわけ、そりゃね?

 したら来たるべき時に備えて、この経験豊富な大先輩的あたしちゃんが、

 多少スパルタンにシゴイてあげなきゃならんでしょーよ!!」


 ならんでしょーよ、と言われてもの。

 でもこやつさっき、自分でウザ絡みってワード出しおったからな。

 話してるだけで十分ウザさが伝わってくるような奴が、改めて。


 予想じゃが、本当に心底嫌がられたんであろうな、と思う。

 聖女や剣聖の育成なんてもん、想像付かんが。


「要は、嫌われ者の自分だけでは切り出しにくいから、

 緩衝材的な役割としてナナ様を連れていきたい、と?」


 スラルがはっきり言う。

 それを受けて、なんかクネクネ気持ち悪い動きをする賢者。


「んー、まぁ、ソダネ? ……はっきり言うじゃん、冷ややっこ君」


 ひややっこくん?


「分かりませんね、なぜナナ様なのですか?」


「……スラルさん、ナナは聖女とすでに面識があるのです。

 それなりに良い関係を築いていると言えなくもありません」


「……ほう、それは」


「少なくとも、小生よりは好感度たかし君なんだよね☆ うらやま!!」


「剣聖とやらは、面識があるだけで知らんぞ」


「大丈夫、彼アタマも倫理感も軽いからー。基本レディに、げろ甘だしね☆

 ナナちゃんみたいな可愛ゆい女の子なら、ちょっと上目遣いで切なげに

 『おねがぁい♡』ってしたらイッパツよ、めっちゃアホだし」


「……ナナにそんな事させたら抉り殺しますわよ」


 キューちゃんから殺気が迸っとる……

 ちなみに、スラルからも。


「いや、せんて。落ち着け」


「もほ、そうそう冗談ですよん☆ でもまぁ、どのみちお互いに面識を

 持っておいて良いと思うんだよね、リリィちゃんが間に挟まるとは言え、

 やっぱり人間と魔族のある種の共闘になるわけだし、いらん疑心とかは

 事前に取っ払ってしまった方が良いと思うんだぁ」


 袖をすりすりしながら、スラルとキューちゃんを交互に窺う賢者。


 キューちゃんは、いぜん釈然としない顔をしておるが……

 スラルはどうじゃろな。表情からは窺えん。


「……良いでしょう。ただ、付き添いを伴うならばですが」


「引率付きとな」


「はい。御身単独の行動に関して、私は不安でいっぱいですので」


「……たしか余、40点だもんな」


「いえ、25点です」


 なんで下がっとんの?


「小生としては、全然オッケーちゃんよ☆

 ていうか、言うまでもなくリリィちゃんは連れていくよー?

 その他に誰か、ってコトかにゃ?」


「はい、私が付き添いましょう」


 スラルがちらり、と余を見た。

 あ、全部おまかせしますので……。


「オッケィ、じゃあそういう運びで!!

 明日朝ご飯もぐもぐしたら出立いたしましょうぞ☆

 ちな、いまリリィちゃんは?」


「子供達といっしょに、もうおやすみじゃ」


 …………


 正直、面倒と言えば面倒くさい。


 だがそうじゃ、リリィも一緒なのじゃ。

 何気に一緒にお出かけなんて、初めてじゃないかの?


 余計なもんが付いてくるが、まぁそれなら……悪くないか。




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