【83】今度は、私の番。





「まー、あたかも今見つけました!! みたいに言っといて、」


 がちゃり。

 ログハウスの玄関を開けて、普通にそれは現れる。


「実は全然前から、お外で聞き耳立ててたんですけども!!

 つーわけで話は聞かせてもらいましたぞー」


 薄明かりの中、やたらでかい声が響く。


 当然、ただでさえ気を張っておった所なものだから、

 余やスラル、キューちゃんも父も、一斉に身構える。

 リリィは、すかさず子供達をかばう位置合いに立つ。


 キューちゃんに至っては、間髪入れずに何かしらの魔術を放ったようじゃ。

 見るにそれは、拘束魔術の類。

 しかし……


「まってまって、予測通りの反応だけども落ち着いて欲しいんですねぇ。

 心配ご無用、小生は通りすがりのか弱い女の子的にんげんです!!

 皆様に危害を加える不届きものにあらず!! はいピース☆」


 ……詠唱を省略したとは言え、上位魔族の術を、まるで意に介していない。


 両足をクロスさせて、顔を長い袖ではさむ闖入者。

 恐らくそのダボダボの袖の中でピースサインをしとるんじゃろう。


「……ナナ、この人間は」


 ラナンキュラスが余に振る。


「んむ……賢者、えぇと……クロムじゃったか」


「覚えててくれたんですな!? 嬉しみの極みっすわ!!

 そう我こそは超べりーごっつい大賢者、クロム様ちゃんです☆

 てかあれ、ちょっと背伸びた? スーパー成長期?」


「物理的に拘束します。よろしいですね?」


 スラルが目の前の自称賢者を無視気味に、余に確認する。

 いや、えぇと……


「ま、まぁ待て。とりあえず何じゃ、貴様何しに現れた」


 余はスラルを腕で制し、ひとまず尋ねる。


「新しい魔王様が現れたかもしんない、現れてないかもしんない。

 どっちなんだい!!ってトコでね、皆様に耳寄り情報でゅす!!」


「ほう」


「これは人族サイドのマル秘インフォなんだけどぉ、丁度つい最近

 我々側もキャッチしたんだよね、魔王の存在をさー」


「半……覚醒? 未覚醒ではなく?」


「いえす。半分だけ覚醒しちゃってる、なんとも異例な魔王様ですな。

 故にか魔王最大の特性のひとつ“魔王の権能”は十全に使えないみたい?

 でも新魔王自体は未完成でも現出してるもんだからぁ……」


「……前魔王の権能は、棄却されている」


「めいびー☆ そういう事じゃないかなって!!」


 余たちの話を盗み聞きしてたらしいが、こやつ……

 人族の要であるはずの賢者なんぞが、なぜ。


「なぜ、余らにそんな情報を?」


「んー、理由はひとつにあらずだけどもぉ。

 とりあえずその一つは、我々サイドとしてもシンプルに困った事態で

 あるからってこと。そりゃそうでしょ? 魔王の誕生なんてそりゃあ

 人類にとって最大級にセンシティブ案件ですからな!!」


「……そりゃ、そうじゃろうが」


「新魔王誕生ってのがミソ。じゃあ前魔王はどうなったのって話でしょ。

 静謐の魔王ことナナ=フォビア=ニーヒル様あらため、ええっと……

 リリィ=フォビア=セプテム様はどうなったんだ!!って。

 普通に考えたらお亡くなりになってるはずですわな」


 賢者は、余の顔をにやにやしながら見つめおる。


「ねぇ、ややっこしくするつもりは無いのでね。

 はっきり言っちゃいますけど、小生はおたくら様の事情は大体のところ

 把握しとるとですよ。

 魔王が死んだ。しかし死んだはずの魔王がなぜか生きていた。

 帰還した元魔王は魔王の因子を失っている。

 そしてそこへ、新たな魔王誕生の可能性が持ち上がった」


 ……


 ……まじで全部知っとるようじゃの。


「もちろん、そこで私に熱視線を送ってくれてる女の子が、

 人類が待望してた勇者サマだって事も、ね☆」


 リリィが、微かに驚いた顔をして……さらに、視線を強くする。

 それを受けた賢者は、「にょほ☆」と仰け反った。


 余は、真っ先に尋ねる。


「……それは、人族にとってすでに、周知の事なのか?」


「ううん? 小生と超一部の人間しか、知らないよん☆」


「え、そうなん」


「うんー。何で周知されてないのかってのは、言えないんだけどねぇ。

 まぁ色々あるのですよ、人の世にもさ? で、ええっと……

 肝心の、小生が貴方達の前に現れた理由ですけどもー」


「うむ」


「ねぇナナぴゃん」


「お、ぉう?」


 いきなり名呼びされて、ちょっと動揺する。

 ていうか、ぴゃん?


「ナナぴゃんは、人間にしばらーく手を出して来なかったでしょ?

 それは、おっかない勇者を警戒しての事って認識でオッケーかな?」


「……まぁ、そーじゃな」


 若干目を逸らして余は言う。

 今更はっきり言うことに癪でもないが。


「珍しいですな、とっても。今まで魔王って言ったら、身も蓋もなく

 人族に侵攻して片っ端からぶっ殺しちゃうぞ☆って感じだったのに。

 勇者っていう憂いがあろうと、魔王のそれはほとんど衝動的なもの。

 滅びと同様に、その衝動も宿命の内だと思ってましたぞ」


 ……まぁの。


 たしかに、自分で言うのもなんじゃが、余は変わり者の魔王じゃ。

 歴代の魔王は皆、斯くあるのが当たり前というように、誕生してすぐ

 魔族を率いて人族領への侵攻を開始したらしいからの。


 その辺も、余が何かしらの“例外”であった故なのだろうか。

 余は7年余りの間、一度も人間領への攻撃どころか、関わり合いすら

 そもそも避けてきたのじゃ。


「ふふ、ナナぴゃんは不思議な魔王様ですな。興味深い事この上なし☆

 でも、それは置いといて問題は、新たに現れたらしい魔王のこと……

 そやつは、まだ全貌のほとんどが『???』で隠されてるわけですよ」


「……余があくまで例外だとするなら、恐らく……新たな魔王は

 歴代のそれと在り方が同じものである可能性が高い、かもの」


「だよねー? 小生もそう思いまーす☆

 するとホラ、どうなっちゃうのー?」


 余に向けて、煽るように袖をパタパタさせる賢者。

 微妙にうざいのぅ……


「人間領への侵攻が、いずれ始まるかもしれない。それも遠からず。

 それがまだ採られていないのは、覚醒が完全では無いからなのかの」


「たぶんねぇ。でもそうなるとピンチなわけですよ、我々は。

 当然決死の覚悟で魔王を迎え撃たなきゃならんのですけど、

 でも、今回はけっこうなアドがあるやも知れなくてぇ……」


 言って、賢者はリリィを見やる。

 ……やはり、そこか。


 リリィも察しとるのだろう、複雑な面持ちで視線を受けておる。


「……私は、もう、勇者じゃないです」


 リリィは言う。


 余と違い、まだ彼女の因子に関しては確証を持てる材料が少ない。

 故に恐らくリリィのその言葉は、過分に本人の希望が含まれておる。

 彼女の気持ちを汲んで、余もそれに頷いてやった。


「そうじゃ。リリィはもう勇者ではない」


「ちっちっ、言ったでしょー? 小生は既に色々知っとるとー。

 勇者の因子に関しては、私も知ってるし概ね同意ですよん?

 でも、これも知ってる。

 貴女達は二人共、その力自体は今も健在だって」


「…………」


「新魔王撃退に、リリィちゃんのお力を貸してほしいのですよぅ。

 リリィちゃんの次の勇者はその兆候も見えないのが現状でしてな。

 いずれその次代の勇者サマは現れると思うけど、見通し超不透明。

 でも、恐らく戦いは始まるし、準備は喫緊のこと間違いなし?」


 賢者は最後に首を傾げて、余とリリィの顔を交互に見つめる。


 半覚醒の魔王か……

 権能に関してはいいが、その実力は一切不明じゃ。


 権能以外の部分は、すでに齎されているやも知れん。


「詳細も分からん相手に、今のリリィを宛てたくないんじゃが」


 余は素直に言う。


 たしかにリリィは今でも、紛れもなく強大な力を保持しておる。

 だがそれは、あくまで莫大な霊力に裏付けられたものでしかない。


 余に力を振るった時のリリィは言わば何と言うか、勇者モードじゃった。

 本来の彼女にはそもそも、戦いの知識も経験も無いのじゃ。

 あの時の彼女は、言ってしまえばリリィであってリリィで無い。

 勇者という別の何者かに成り代わっておった状態なのじゃ。

 まるで、自動操縦の魔導人形のように。


「勇者そのものと、勇者の力を纏っただけの者では天地の差がある。

 余の言っている事は、分かるであろう?」


「分かりますぞな。天地の差は言い過ぎだけど、まぁ簡単じゃないです。

 でもリリィちゃん。君はどうですかな? 私からあまり催促したくは

 ないのですけど、君には魔王を討つべき理由があるのではー?」


 ……


 ……ちっ。


 腹立たしい。

 余はリリィを見る。


 余にも、彼女の答えは予測できた。


「……はい。理由は……あります」


「リリィ……」


 キューちゃんも、複雑な表情をしておる。

 リリィが胸に手を添えて、静かに言った。


「最初から、自分でも思ってたの。私が何とかしなきゃって……

 このままじゃ、ナナが……皆が、魔王に逆らえなくなるでしょう?

 その前に、私が……やらなくちゃ」


「ノン。もちろん一人でやらせるつもりはありませんぞ?

 小生も微力ながらお力添えしますし、他のメンバーも心当たりが

 ありますしぃ。そりゃもう心強いヤツらがね☆」


 ……魔王撃退、それにあたれる人族。


 といえば、あの辺りしか。


「そう、あてくしと聖女ちゃん、そして剣聖の坊や。

 今こそここに、打倒魔王の勇者パーティを結成しちゃうよん☆」


「……ふぅん」


「あれ、なんかリアクション薄いっすな? 人族における最強PTよ?

 魔王の相手はさすがにリリィちゃんじゃないと厳しいですけどぉ……

 しゃしゃってくるその他魔族達への露払いなら、お任せちゃんよ?」


 しゅしゅ、と見た目頼りないシャドーボクシングを披露する賢者。

 たしかにそこに関しては頼れるじゃろうし疑っとらんが……


 問題はやはり、魔王とリリィの事じゃ。


 結局、決するのは勇者の圧倒的な力があってこそ。

 魔王を超克できるのは、勇者以外にいない。

 何を揃えようが、不安は拭えん。


 ……しかし。


 現状、それ以外に択が無い事も、分かってはおる。


 ……余が参画するわけには行かぬ、理由も。



「大丈夫、ナナ」


 リリィが、余の手を握ってきた。

 そして、優しく微笑んで言う。


「ナナは、帰ってきてくれた。私を許してくれたの。

 ねぇ、私はずっと救われて、何かを与えてもらってばっかり」


 穏やかだけど、強い決意の浮かんだ瞳。


「今度は、私の番。

 大丈夫、私だってナナを置いてったりしない」


 私が、魔王の相手をする。

 そう、リリィは告げた。




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