【82】新たな魔王が事実であれば。





「――即刻、魔族領から離れるべきでしょう」


 人間領での霧人ミスティ引き取りを終え帰還したスラルと、

 途中から彼に手を貸していたらしいキューちゃんの二人を交えて

 改めて先程の話をしたのじゃが……


 黙って余と父の話を聞いていたスラルが、まず最初に

 口にした言葉がこれであった。


「……急じゃな、なんでまた」


「実際、火急の事態です。リリィ様はどちらに?」


「ブルームハウスにおるはずじゃが」


「では、私が子供達も含め特区へ移動させましょう。

 皆様もすぐに魔族領の外へ移動を。説明はそこで至します」


 余が応える前に、スラルは転移していった。

 キューちゃんが余と父を含めて転送陣を展開する。


「……彼がああして焦りを隠さないのはよっぽどですわ。

 ひとまず仰る通りにしましょう。よろしい?」


「うむ、そうじゃな」


 余と父が頷くのを見て、彼女は魔術を起動した。



 魔族領の境界に到着した我らは、すぐに人間領側へと移動する。

 その際、特区の方向を見やるが、余はすぐに違和感を覚えた。


 ここからでも、かのベースキャンプ跡地が視界に収まっているが……

 妙じゃな、人の気配がやけに少ない。


「人間たちの居住地は、貴女が不在だった間に場所を移してますわ」


 キューちゃんが余の顔を見て考えを読んだのか、そう言った。


 一寸なぜ、と尋ねかけるが、考えてみればそう不自然な話ではない。

 元々この場所は、単純に魔族領との距離が近すぎた。


 少なからぬ魔族が、特区の存在を快く思っておらんかったはず。

 にもかかわらず、魔王であった余が権能をもって半ば無理やりそれらを

 封じ込めてこれを定め推し進めたのじゃ。 


 ところが、余……魔王は不在となり、権能によって保証されていたものは

 いつまで維持されるか、より不透明となってしまった。


「移転を決めたのは、やはり……」


「お察しの通り、貴女の執事さんですわよ」


 ふむ……


 余の事、リリィの事。心中決して穏やかでなかったろうに、

 こういった面までしっかり気を回してくれておったのだな。

 本当に、余には過ぎたスーパーバトラーよ。


 ちなみに、先程あだるてぃに変貌(?)した余の姿を見た時はさすがに、

 表情が固まっておったが……それでも6mmくらいの変化じゃった。

 父と母といい、こやつといい物分りというか察し良すぎん?


 あ、キューちゃんはハンパじゃねぇ勢いでビビリ散らかしおったぞ。

 その圧倒的な狼狽えっぷりに、なんか知らんけどとても満足した。


 まぁそんな事より。



「移転先は、どの辺りになるのかの?」


「かつて魔族領に侵攻してきた愚劣極まりないかの小国。

 私はあまり詳しくありませんが、7年前にナナが粛清して以降、

 中央王都とやらに接収されていたそうですけれど……」


「余も軽くは聞いておる。残った人民は2か3割程度じゃが、

 元々パスラ以上に魔族領に近接しているのが懸念されておった国故、

 実際に滅ぼされた事実もあって手を入れにくいようだと」


「要職を中央から派遣し、据えてはいたみたいですけれど。

 先住者は魔王の脅威を地肌に感じた人間達ですもの、人口は減る一方。

 さらに貴女が綺麗に人命だけを摘まれましたからね。

 接収しきれず残った財を狙って、無法者が続々流れてくる始末」


 そして、今では平穏を望む民達は国を捨てざるを得ず離れていき、

 残るのは寄る辺なき孤児や老人、そして荒くれ者たちばかり、か。


 そんな所に移して、大丈夫なんかのぅ。


「荒くれ者にも後ろめたき者にも、普遍のルールが存在しますわ。

 とっても単純、結局彼らが従うのはより強き力、暴力です。

 スラルさん仰ってましたわよ、極めてスムーズに事が進んだって。

 意に沿わなければ殺す。それを示すだけで良かったからと」


 ……暴力の徒や賊に対し、さらに強大で苛烈な暴力を誇示した。


 そもそも自分らは魔王の暴力、そのご相伴に預かっていたような存在。

 そこへ元凶の魔族たちが7年越しに突然現れたわけじゃな。


「元の住民は彼らに奴隷以上に酷く虐げられていたそうですから。

 それを貴女の意向に沿って開放するついでに、下衆を用いて徹底的な

 パフォーマンスをしたみたいです。それはもう血風雨さんざめく様相

 だったみたい。彼、貴女程ぬるくありませんものね」


 う……。

 スラル主導の元で行われる粛清劇、想像できぬ……。


「八つ当たりの側面が過分にあったのは、自省する所です」


「うぉぅ――!?」


 いつの間にか後ろに立っておったスラルの声に余、びびり散らかす。


「お、おったんか、わざわざ気配を殺すでないよ」


「本当に気付いていないとは、気が抜けていますね。しっかりして下さい。

 今ラナンキュラスが言った通り、現在かの亡国は我らの手中です。

 家屋や施設はほぼそのままですから、非常に都合が良い。

 雑多な問題はもちろん山積していますが、まぁ些事と言えます」


「そうか……確かに、かの地を手に入れるのは良い案であったの。

 でも、貴様ならあのベースキャンプを見繕った時にはすでに

 思い当たっていたのでは? なぜ当時提言せんかったの?」


「……かの地の先住者達は、ラーナが言っていたように惨憺たる状況に

 あり、それを私は認識しておりましたので……。

 言うなれば、パスラで貴女が粛清すべきとしたような人間が、

 百や二百では済まぬだけ存在していたのです」


 あぁ……。


 それを知った余が、どう出るかなど火を見るより何とやら。

 勇者の萌芽を意識したスラルは、故に迷い、伝えんかったのだろう。

 こやつは余のある意味死に急ぐような行動を黙認はしておったが、

 それを奨励しておったわけではない。


「相談してくれたら、当時でも貴様に任せたと思うが……」


「いえ、ご自身が向かわれたでしょう」


 きっぱり断言された。


「規模が規模ですから、さすがに暗に動いて事を進められる保証も無く。

 あえて魔王様の意に反し非道を黙認しておりました事は、

 お詫び申し上げます」


 スラルが深々と頭を下げる。

 いや、そんなんされると、余も何も言えんし……


「……まぁ、過ぎた事じゃ。まして今は解決を見たのであろ?

 余が責める筋ではない。さて、それよりじゃ」


「はい。本来は新たに特区とした地で話の続きをしたい所ですが、

 子供達を伴う以上、飛行で移動するわけにもいきません。

 後で馬車を手配しますので、ひとまず話はあそこでしましょう」


 言って、スラルはベースキャンプ跡を示す。

 余は頷き、我らは3km程先のそこへ移動した。





「こうして慌てて魔族領を出てきた理由とはなんじゃ?」


 さて、と前置き余は、さっそくスラルに尋ねた。


 再び打ち捨てられる形になった、キャンプ内のログハウスの中。

 すでにすっかり陽は落ちておるし辺りは真っ暗じゃが、スラルの指示で

 灯すのは薄明かりのみ。潜むような自分らの振る舞いに、子供達が

 少し不安そうにしておる。


「貴女はもう、魔王ではない。それはほぼ、確定したのですね?」


「……そうじゃな。そう思っておる」


 隣の父も、頷いた。

 リリィが胸の前で手を組み、余を見つめる。


「そして、新たな魔王誕生の可能性が示唆されている。

 ルシオラ殿とそれに参画する者たち……グラード様、彼らが実際的な

 計画を企てているというのは、ほぼ疑い無い事なのですね?」


「確証は……いや。言い切ろう、間違い無いはずだ」


「後ほど、私の方でも裏を取るつもりです。

 しかしもしそれが本当であったなら……つまり彼らがナナ様の権能から

 外れた行動を取っているのが事実なら、これは非常に危険です」


「そうか? さくっとそやつらを叩きのめせば良いのでは」


「はい。すみませんが一旦お口を閉じていて下さい」


 スラルが無表情を余に向けて言う。


 ……久しぶりじゃー、この執事から無下にされる感じ。


「貴女の権能が棄却されているとしたら、可能性は一つだけです。

 新たな魔王が誕生している。そして、貴女はすでに魔王ではない」


「今のナナは、いち魔族に過ぎない事になる……はずですわね。

 前例が無いので確かな事は言えませんが、その可能性が高い」


 ラナンキュラスが険しい顔で言った。


「そう。新たな魔王となったのが誰なのかは分からない。

 しかしそれが反“元”魔王の勢力の内にある者であった場合……

 ナナ様も含め、我々は新魔王の権能に逆らう事は出来ない」


「……なるほど」


 ようやく、あんぽんたんの余でも理解できた。


 そうか、魔王でなくなったのなら、それが道理よな。

 余もスラル達と同様、魔王の意に反する事は出来ないはずじゃ。


「ルシオラ殿一派がすぐに事を起こさない理由は言うまでもなく、

 リリィ様の存在があるからでしょう。

 そして新たな魔王が未だ表に出ていらっしゃらないのも、同様かと」


「しかしその気になれば一斉念話送信を用いて、私達も含めた魔族総員へ

 権能による絶対命令を下す事が出来る、と」


「あぁ……それを避ける手段は、我々には一つしか無い。

 一括の念話送信は魔族領内においてのみ可能だ。

 人間領に出ている者へは届かない。直接、魔王様がこちらへ

 出向いてこられない限りはね」


 だから、何はともあれ魔族領を出払ってきたわけじゃな。


 むぅ……たしかに、事は中々に厄介じゃ。


「あまり、彼女を巻き込みたくはないのですが……」


 スラルは、リリィに目を向ける。


「元勇者であった彼女の存在が……ある意味、我々にとって

 大きな寄る辺となるでしょう」


 ルシオラにしろ、新魔王にしろ。

 事実であったなら、全てはリリィの存在が波除けになっておる……か。


 リリィは、唇を結んで皆を……そして、余を見る。


 ……


 ……くそ。


 何であれ、もう彼女に背負わせたくないというに。


(……しかし、魔王の権能によっては、余もまた彼女の敵となり得る)


 考えたくもない。

 だが、逃げてはならん問題じゃ。


 余達は…………余は、何をどうすべきだ?


 下を向き歯噛みする。

 皆、沈黙しておる。



 しかしそこへ、



「――みーつけた☆」



 突然。

 聞き覚えのある声が、届いた。




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