【81】不穏な動向について。





 父を伴って余の寝所にやって来た時、ちょうど扉が開き

 中からリリィが出てきた。


「あ、ナナ……ちょうど良かった」


「む、どしたのじゃ」


「あのね……ブルームハウスの方に顔を出しておきたいなって。

 その、私ずっと……なんていうか、色々変だったから……

 あの子達に、たくさん心配や嫌な思い、させてて……」


 沈んだ表情でリリィが言う。


「心配はしたじゃろうが、嫌な思いというのはニュアンスが……

 まぁ良い、今のお主が早く会ってやるべきなのは間違いない。

 行ってくると良い」


「うん、ありがとう」


 リリィは余の隣に立つ父に、少し気まず気に会釈をしてから、

 廊下を歩いていった。


「……ととさまは、余のいない間リリィとどう接していたのじゃ?」


 気になって聞いてみる。


「んー……パパもママも、正直に言うとあの子は避け気味だった、かな。

 あの子自身は何も悪くないし、彼女が魔王を称してナナちゃんの

 意志を引き継ごうとした事も、悪く思う所は無かったけれどね……

 ただ心が枯れていても、彼女は割り切れない僕らの心根を慮ってくれてたよ」


「……そうか」


 余があの日消えてからおよそ一ヶ月と少しばかり。

 当時のリリィの様子や行動、それに対する周囲の者の対応。

 簡単にだがキューちゃんとスラルから聞いてはおる。


 魔族領の方々ほうぼうにおいても、様々に拗れた事情が発生しておるようじゃ。

 ……余がこうして戻ってきた事で、それらが解決に向かう事は――


 ……恐らく、簡単にはいかんのじゃろうな。


「あ、ナナちゃん」


 扉を開けて部屋に入ろうとした余に、父がなぜか慌て気味に声を掛ける。


「なんじゃ?」


「その、ナナちゃんのお部屋にパパが入っても大丈夫かな?

 ホラ、ナナちゃんお年頃の女の子だし、父親に寝室に入られるのってさ、

 やっぱり良い気しないんじゃないかなって……」


「あー……言われてみれば」


 言われなければ気にせんかったものを。

 余はなんとなく意地悪したくなる。


「たしかに、なんか気持ち悪いかもしらん」


「やっ、やややっぱりぃ……!?」


 ととさまはこの世の終わりみたいな絶望的な顔をする。

 そんなにか。


「……冗談じゃ、余は別にそんなの気にせん」


「!! ほんと、ナナチャン!? パパうれしっ」


 やたら高い声を出して表情を一変させる。

 うーん、やっぱりちょっと気持ち悪いかもしれん……


 まぁ良いわ、さっさと入ろう。





「お、おぉお……ここが、ナナちゃんのお部屋かぁ……!!」


 なんぞ目を輝かせながら、じろじろ部屋をねめ回す父。

 真正面からキモいと言ったろうか。


「あんまり眺め回すな、帰らすぞ」


「アッ、ごめんよナナちゃん……違うんだ、これは曇りや疚しさの一切ない、

 父親としての感慨というか、微笑ましい、」


「うるさい。いいから話とやらをするぞ」


 溜息を吐いて余は父を椅子に座らせ、自分はベッドの縁に腰掛ける。


「で、真面目な話なんじゃろ?」


「んんっ……うん、そうだね」


 咳払いをひとつ。後にととさまは切り出した。


「先ほどの出来事で断定するべきではないのかも知れないけど、

 恐らくナナちゃんはもう魔王ではなくなったと思うんだ」


「……そうじゃな。その前提で良いと思う」


「ナナちゃんは、魔王に対する魔族の特性は知っているね」


「当たり前じゃろ」


 魔王と、それに連なる魔族達の関係、在り方。


 魔族は魔王に対し、絶対の服従を課されたものである。

 ただそれはあくまで服従であり、忠誠とはまた別じゃ。


 言い方を変えれば、腹の中で魔王に対しどう思っていようと、

 遍く魔族たちは魔王の意志と異となる行動は出来ないということ。


 かつて余の為す事に対し、不満を持つ者自体は普通におった。


 人族に対し一切何事も示さない事。

 特定の人族を魔族領に擁し、保護しようとした事。

 そして何より、勇者と知っていながら領内に抱き込みあまつさえ……

 権能まで用いて命令を下した事。


 不満や懐疑、持つ者がおらんはずがない。


「魔王の権能によって発された命令は、魔王が死しても

 次代の魔王が誕生するまでは残る。

 新たな発令は出来んでも、そこは問題無いとは思うが……」


「そうだね。でも、ひとつ気になる情報があるんだ」


 父が、余の半ば独り言のそれに対し返した。


「魔貴族ルシオラ。彼の事は覚えているね?」


「む……」


 ルシオラ……あの慇懃無礼の手本みたいなやつか。


 あやつが魔王であった余に、明確に異を唱えた事は無いが。

 それでも、キューちゃんや他の魔族から伝え聞いてはおった。


 彼奴が魔王……ナナ=フォビア=ニーヒルの在り様に疑心を抱いておると。

 まぁはっきり言えば、奴は余が魔王に相応しくないと思っていたわけじゃ。


「ふむ……でもまぁ、元々余は自分が多くから慕われる魔王であるとは

 思っておらんかったしの。不満を持つ者は多かったであろうよ」


 もちろん本当に余が魔王でなくなったというのなら、その気になれば

 余に対し反旗を翻す事も出来るようになったわけじゃが……しかし。


「ととさま、余は魔王では無くなったかもしれんが……しかし意外にもの。

 かつて有していた力自体は、恐らく何一つ失ってはおらんのじゃ」


 言って、余は手を眼前にかざし、適当に魔力を練り顕現させる。

 球形を取らせたその黒色の塊にさらに魔力を送り込んでいく。

 やがて出来上がったそれを、父は目を細めて見つめた。


「――こんな感じでの。こいつ一つで魔貴族レベルであっても大抵の者は

 一撃で消し飛ばせる」


 余はパチっと指を鳴らし、魔力塊を無に還す。


「文句があるなら受けて立つまでじゃ。

 まぁフェアではないからな、何らかの形で力の保持はアナウンスせんとの。

 魔王で無くなったと喜び勇んで向かっていったらコレでは可哀想じゃろ?」


「……違うよナナちゃん。そうじゃない」


 父は首を振った。


「確かに、君の解釈の通りルシオラや他の魔族達の一派が、君に関して

 不穏な動きをしているという噂がある。それについての話でもあるよ。

 でもね、問題はそこじゃない。いいかいナナちゃん」


 父は余に向けては珍しく、とても真面目な顔をして言う。


「魔王に敵対的な行動を取ることは出来ない。魔族のその楔は、

 魔王の権能の一つによって打たれているものだ。

 もちろんナナちゃんは知っているね。

 その上で、今魔族領では少なからぬ反“元”魔王派の魔族たちが実際に

 集結し動きを見せているようなんだ」


「……ほう、それは」


 確かに、おかしいのぅ。


 述べたように、腹の中で不満や疑念ならいくらでも抱えられるが、

 それに対し実際的な……具体的な行動を取る事は出来ないはずじゃ。

 父の言う通り、魔王の権能によりそれは封ぜられておる故に。


 その権能の元である魔王が不在でも、効力は継続する……はず。

 次代の魔王が、現れるまでは。


 であるならば……



「――余の次の魔王が、もう現れた?」


 つまり、そういう事になるのか?


 予測でしかないが、余が魔王でなくなったタイミングは二つの内いずれか。

 勇者に敗れたあの日か、先刻余がを開いた時。


 どちらだとしても、過去に例のない早さじゃ。

 魔王の死去から新たな魔王覚醒の間隔で、史伝に残るもので最も

 早かったものがたしか13年。これでも異例と言えるペースだったはず。


「余が魔王でなくなってから、ひと月後に……

 あるいはヘタをすれば、即日に次代の魔王が生まれたと?」


 ……ん?


 いや待て。

 それ以前に何かおかしいぞ。


 少なくとも余は今を以ても魔族領では死んだものと認識されておるはず。

 謀反の兆候も何も、そやつらは何に対して反故を示したというのじゃ?


 余はその疑問を父に問うてみた。


「彼らはもちろん、今も君をすでに存在しない元魔王と思っているはずだ。

 しかし彼らが君の権能に反して動いているのは、君自身への事じゃない。

 君がひと月前のあの日発令した、あの命令に対してだよ」


 ……あの命令。


 リリィと子供達に手を出すな。

 そして、


「……特区の人間に、危害を加えるな」


「それさ。ルシオラ達は、魔族領そばに居を与えられた彼らを、

 排斥しようと目論んでいる。パパが耳にした噂はそれだよ」


 ……重ねるが余の権能、その名残が生きておるならそれは不可能じゃ。

 実行する事が、ではない。目論んで実効的な行動を取ることが、じゃ。


「……その噂の信憑性は?」


「ほぼ、間違い無い情報だね」


 魔族における父の人脈人望は確かなものじゃ。

 特に余が魔王となってから、余のためと父は様々に苦心をし、

 元より太かったそれはより広く強固な物となったとスラルが言っていた。


 だがそれでも、やはり腑に落ちない……

 理由は言うまでも無い。リリィの存在じゃ。

 特区の人間を害するとはつまり、彼女を間違いなく敵にするという事。

 それが分からんはずはない。


 彼女が勇者の因子を失った事が知れている?

 いやそれでも、余と同様リリィもまた力自体は失われておらんのだ。


 次代の魔王が本当に現れていて、彼らがそれを擁するのなら。

 リリィさえをも超克出来ると思っていると言う事か?


 ……馬鹿な。


「余の次の魔王に関して、何か聞こえたものは?」


「残念ながら、それはまだだね」


「そうか……」


 しかし今聞いた噂が真なら、内実はどうであれ放っておけぬ。

 特区の人間達は、余とリリィの名のもとに保護した者たちじゃ。


(次代の、魔王……か)


 あの勇者の力を超える者など正直到底信じられぬし、

 まだ余の中ではルシオラ達がリリィの本領を見誤っているだけだという

 可能性が優勢ではある。


 だが、しかし……


 信じられぬ事が、すでに余とリリィに起こっておるのだ。

 “思わぬ何か”がある、その前提は持っていた方がよかろう。


「スラルと、話をしたのであろ? 奴はなんと?」


「いや、彼とはまだ話せてないんだ。人間領での用件の途中らしくてね」


「あぁ……」


 だが、それもじきに終わるはず。

 スラルを交えて、早急に対応を考えんといかんな。


 …………


 ……ちっ。


 ようやくに、じゃぞ。

 決して実らぬと思っていた想いが実ったのじゃ。


 これから。

 これからという所なのじゃ。


 それに……味噌をつける気か?


 これでさらにまた色々お預けになったとしたら、

 絶対に許さんぞ痴れ者共が。

 本当にいるのなら覚悟しておけ。


 余が何者であるのか、思い出させてやろう。




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