《79》クロウと賢者。





 転送魔術で魔族領へと帰っていったナナとリリィを見送り、

 クロウは自室に戻る。


 しばらく玉座の上で思案に耽っていたが、不意にこの近く……

 ここウサモフシティの入口辺りに現れた何某かの気配を察知する。


 気配だった。


(……驚いた。本当に来客が続くな)


 クロウは視線を石扉に向け、近づいてくるその人物を待った。

 やがて、扉が開き現れたのは――



「アポ取ってないけど来ちゃった☆」


 ピンク色の派手な髪色が目を引く、魔女だった。

 少女であるその人物は、人の世において賢者と呼ばれている。


 予想外の珍客に、しかしクロウは特に取り乱す事なく応対した。


「久しぶりだねぇ……何十年振りだい、


「まことにねー!! そっちの名前で呼ばれたのも超おひさですぞ☆」


 相変わらずテンション高いなぁ、と苦笑するクロウ。


「普段通ってる名前って、なんだっけ?」


「クロムちゃん様です。ここしばらくですっかりそっちのが馴染んじゃった」


「そっか。副業の賢者様も板についたわけだ」


「こう見えて意外と優秀ですからな!! あ、プニャッペちゃんもおひさ☆」


『はぁい。ほんと元気ねぇ貴女』


 プニャーペが身体を揺すって返す。

 クロウはそんな元気いっぱいなお客人に尋ねた。


「それで、お久な君のご用件は何かな?」


「ほほ、それはですねぇ……次の5つから正解をお選び下さい」


『は?』


「1.まじで遊びに来ただけ

 2.お金貸してほしい

 3.ギャフベロハギャベバブジョハバ

 4.それは先日のとある肌寒い小雨の降る夜のことでした、ジョンは――」


「8.さっき訪ねてきた二人の少女の件について」


「正解ー!!」


 設問の途中で割り込んだクロウに、「すごーい」と拍手する賢者。


 それに、プニャーペが黙って反対を向いて目を閉じる。

 久々に会ったので、まともに構うと疲れるだけなのを忘れていたのだった。


「さすがクロウちゃん……話早きことアレの如しってね!!」


「ふむ……君も気になるんだ、あの子たちの事」


 クロウは意外だという表情で言った。

 実際、本当に思わぬ来訪であったのだ。


「まぁね!! 君としても小生って謎多き謎子ちゃんだと思うけど、

 ちょっとね、つい先日片方の子と会った時にキュン☆ときちゃって」


「それはそれは……でも残念、ついさっき恋人が出来ちゃったっぽいよ」


「あの二人、今までとは随分事情が違うな」


 急に、声音をがらりと変えて賢者が呟く。

 けれど表情だけは笑顔のまま。


 クロウはこういった彼女の異質さに覚えがあるから、特に驚かない。

 彼は少しだけ間を置いて、問う。


「……と、いうと?」


「あの子らは魔王と勇者――だった。今は違う。ただの魔族と人間だ。

 魔王ならクロウという例がある、だが勇者は恐らく史上初の事例だ」


 温度感の無い声で、淡々と述べる。


「クロウが何を求めているかは知っている。私も同じく興味がある。

 察知するのが遅れてな、ここに飛んできた時には君らの話はすでに

 ほとんど終わっていた。その内容を共有してくれ」


「ふむ……構わないよ、君なら」


「恐らく、彼女らの“固有能力ユニーク・スキル”について訊いたんじゃないか?」


 賢者の言葉に、クロウは少しだけ驚く。

 しかし、意外では無い。


 この底の知れない人間は、きっと自分よりも答えに近い所にいる。

 そう、昔から感じていた。


「ご明察だね。いいだろう、お裾分けしようじゃないか」


 クロウは居住まいを少し正して、改めて賢者をみて話す。

 説明自体は、数分で済んだ。


 クロウから訊き終えて、ほんの数秒ばかり彼女は黙考する。

 そして目を開けると、ぱっと顔を上げてにっこりと笑った。


「――にゃるほど☆ じーつーにー興味深いですな!!」


 ばっ!! とやたら長い袖を振り上げて、謎のポーズを取る賢者。


「了解でーす、貴重なお話カンシャに絶えないってばよん☆

 そんじゃ我が社に持ち帰って精査させて頂きたく存ずる!!」


 びし、と敬礼して踵を返す。


 それにクロウが待ったを掛けた。


「おいおい。聞くだけ聞いてそりゃないよシエラ。

 僕にも何かお返しは無いのかい?」


 苦笑しながら言うが、目は笑っていない。

 賢者は身体をひねって振り返り、とぼけた顔をして見せる。


「なぁにぃ? そちも訊きたい事ありけりー?

 しょうがないにゃあ……いいよ。でも、いっこだけだよ☆」


「今回の件で、僕はより確信したよ。

 僕が求めてきた問の先には、やはり何者かの意思が存在してると」


「ほう」


「魔王だ勇者だと、この傍迷惑なシステムは意図して創られた。

 僕は、それが何者によるもので、どんな意図かを知りたい」


「ふむ」


「君は、その答えを知っているかい?」


「イエス」


 あるいは、

 と思ってはいたが。


 それでもやはり、賢者の返答に素直に驚いた。

 ただそこに、彼女は付け加える。


「……イエス、は違うかな? 実のトコ、確信はナッシングでしてなー?」


「確信は無い。けれど自信は?」


「ありま――すん」


「あるんだね」


 賢者は両の袖を頬にあてて、謎の表情とポーズ。

 クロウはしばし、彼女の目を見つめて粘ってみるが……

 やがて諦めて、ひとつ溜息を吐いた。


「いっこだけ、と言ってたからね」


 クロウは肩を竦めて言った。


 そんな彼に向けて、賢者は長い袖をよいしょよいしょと捲り、

 手のひらを出してみせる。


「じゃんけんする?」


「うん」


「じゃーんけーん」


 ぽん。

 クロウが“パー”で賢者は“チョキ”。


「ざんねーん!! 残念賞に、もういっこだけ質問できる権を贈呈☆」


 はぁぁ……と長い溜息が聞こえた。

 ベッドの上で丸まったプニャーペのものだった。


 クロウは「わーい」とノってあげてから、最後に訊ねた。

 本当は他にも訊きたい事はあったが、彼が選んだのは……



「ナナとリリィの間には、子供を設ける事が出来る。

 それは、今回の例外と関係があるかな?」


「“固有能力”が継承される際のルールは、当然知っているね」


「あぁ。それが僕が生きている理由だと思っている」


「固有能力は、その生物の内にある見えざる種だ。

 その種は、その元の所有者が死ねば消える」


「そして、生きていれば消えない」


「そうだ。固有能力の保有者が子供を設けたら?」


「子供もそれを使えるが、元の保有者が死ねば使えなくなる」


「クロウ、君の質問への答えは、“私もそう思う”だ」


「ありがとう」


「いいってことよ☆」


 頭の上で◯を作って、賢者が微笑んだ。

 そしてそのポーズのまま、彼女の足元に転送陣が浮かぶ。


 転送を行う直前、彼女は言った。


「君の最後の質問は、魔王が生まれた理由と多分“直接は関係無い”」


「……えっ?」


「全く無いわけじゃない。どちらかと言うと予定外、棚ぼた。

 まぁ全部、私のテキトーな予測だけどね☆」


 バーイ☆ と言って賢者の姿は消えた。


 辺りに静寂が戻る。


「……ハニー。もふってしていいかい?」


『ふん。お好きに』


 ベッドに腰掛け、もふ、とプニャーペに寄り掛かる。


 取り留めなく考え事をするには、これに限るのだ。

 だが実は考える必要など無いのかもしれない、とクロウは思う。


 きっと、求めようが求めまいが、

 答えが出るのはそう遠くないだろう、と。




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