【78】幸せと、不穏と。





 しばし、二人で見つめ合っておった。


 しかし少しずつ、リリィの微笑みがモニョモニョしはじめ、

 だんだんとその顔が赤くなっていく。


 たぶん、余も同じじゃ。


 ……な、


 なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。


「お、お主、顔真っ赤じゃぞ」


「あ、ぅ、ナナも……」


「ぁ、なんぞ、その……照れるの?」


「う、うん……」


 なんじゃ、

 なんじゃこの……なんじゃいな。


 頭の中がくすぐったい。

 こんなところ、他の誰かに見られておったら羞恥で破裂しかねん。

 ぱーんって。


 ……


 ……ん?


 誰かに、見られておったら?


 …………


「――あ」


 ……おるじゃん。


 見てるやつ、

 おるじゃん!!


「ほぁぁーー!!?」


 ばっっ!! と首を回してクロウの方を見る。

 は、破裂する!!


 ……


 だが、そこには……


「……あれ、おらぬ?」


「ウサモフさんも、いない」


 リリィの言葉に扉の方を見るが、確かにプニャーペもおらぬ。


 ……いつの間に?


 しかしなんにせよ……た、助かった。

 気を利かせてくれたのか、さすが大人達。


(公開告白はさすがの余も……悶え死ぬ)



「……あの、ナナ」


 ほっと息を吐く余に、リリィが声を掛ける。


「な、なんじゃ?」


「もし……変な事聞いてたら、その、ごめんなさい」


 突然そんな事を言って、リリィは少し俯く。

 顔は相変わらず赤く、お腹辺りで編んだ指をもじもじさせている。


「変な事?」


「……私が……だ、大好きって」


「ほぁ、ぁ、うん? 言ったのぅ?」


 思わぬ確認に声が上擦ってしもうた。


「それで、あと、その…………わ、私が、欲しいって」


 どんどん小さくなっていく声で、言う。


「それは……私は、女だけど……その……」


「――あにょ」


 噛んだわ。


 落ち着け。


「あの、それはじゃな……」


 リリィが、上目で余を見る。


 少しだけ不安そうな顔。

 それを見て、余が煮え切らん事ではダメじゃと腹を決めた。


 深呼吸する。

 そうじゃ、余の“好き”は――



「――友達じゃ、足り……ない」


 リリィの手を取る。

 うぅくそ、震えるでない。


「私の……恋人に、なって、リリィ」


 ……


 ……言ったぞ。


 言っちゃった。


「…………」


 リリィは、ゆっくり目を瞑る。


 その口が開くまで、例え数秒でも、

 どうかなりそうに、長い……


 やがて、リリィが目を開いて、

 微笑んだ。


 今までで一番、素敵な笑顔で。



「はい」


 リリィは、応えてくれた。


「私を……あなたの恋人にして、ナナ」



 その言葉だけで、

 余の七年あまりの色んな事が、


 これで良かったんだと、思えた。





 …………


 ……


 余とリリィは、クロウの部屋を後にする。


 ウサモフ達が大勢集まった広場に戻ると、そこにはクロウと

 プニャーペの姿もあった。


 余とリリィが連れ添って通路から出てくるのを、

 なんとも微笑ましいものを見るような顔で迎えおった。


「やあやあ、ご両名……お話は済んだのかい?」


 屈み込んで子モフを構っていたクロウが立ち上がって訊ねる。


「……う、うむ。なんじゃ、気を遣わせたみたいじゃの……?」


「君がなんか黒い影に囲われ出した辺りで、ハニーが言ったのさ。

 無粋者になりたくなかったら退出しなさいってね」


『フフ。私のウサ乙女センサーがキュキュキューと反応したのよ。

 そこのトボけたアホアホデリカシー欠落男とは違うわ』


 ぼろくそ言われとるぞ、クロウ。

 しかしなぜか当人はエヘヘと照れ笑いをしとる。

 たしかにアホアホかもしらん。


「まぁ、そんな大人たちの気回しの甲斐はあったみたいじゃない」


 クロウが余とリリィを交互に見て、うんうんと頷く。


 ……うぐ、顔が熱い。


『そんな貴女達は、これからどうするの?

 すぐにおうちに帰っちゃうのかしら』


 プニャーペが聞いた。


「ん……そうじゃな。余の用件は済んだ。お主らには感謝しとるよ。

 二度も世話になった、ありがとの」


「私も……ありがとう、ございました」


 リリィが二人に、ぺこりと頭を下げる。


「悩める若人の役に立てて、こちらこそ嬉しいよ。

 ところで、ええと……」


 クロウが、上目になって何かを考えている。


「君に訊きたい事があるんだ」


「む……? なにかの」


「その前に、改めて君はなんて呼んだらいいかな?」


「……余は、ナナじゃ」


「うん、ナナ。君の“固有能力ユニーク・スキル”について、聞いてもいいかな?」


 余の、固有能力……?

 意外な質問じゃの。


「尋ねられて、簡単に「あぁそれはね」って答えるものではないってのは、

 百も承知の上でね……良かったら、教えてもらえないかな?」


 相変わらず穏やかで、どこか軽い口調だが……目は真剣じゃ。


 ふむ。

 まぁ話して問題のある能力でもない。


「余の“固有能力”はの……

 生物の”カルマ”を推し量り、その大きさを視るというものじゃ」


 そう言った、神の見えざる手。

 本来量れぬものを知り、断定するそれが、余の固有能力じゃ。


 魔王になった事によって与えられた力や権能とは違う、

 余が生まれつき備えた、個性。


 そう使う機会の無い力じゃが、かつて人間領に赴いた際には、

 何度か使用したっけの。ああいう場面では便利な能力じゃ。



「……なるほど」


 クロウが顎に指を添えて、なにやら考えておる。

 なんじゃ、なんかあるんかの?


「では、勇者ちゃん……リリィ」


 今度はリリィを見て、クロウは尋ねる。


「さっきは秘密と言われたけど……どうかな」


 む……余が来るまでどんなやり取りがあったか知らんが。

 一度尋ねて、断られたものを食い下がっとるのか。


 なんでそんなの気にするんじゃろ、ただの好奇心か?


「私の"固有能力”は、勇者に覚醒した後で知ったの」


 リリィが余を見て言った。


 固有能力は生まれついて備わっているものじゃが、

 実際は所有しておる事自体がそもそも稀じゃ。

 恐らく、数百に一人か、それ以上にレアではあるまいか。


 しかしさすが勇者の種子を持つ者。

 リリィにもそれはやはりあるようじゃ。



「私のそれは、なんていうか……たぶん、“適用させる力”」


「適用させる……」


 クロウが復唱する。

 余も頭で繰り返す。


 リリィは、考えながら説明する。


「それは効かない、それは通らない。

 私はまだ詳しくないけど魔術や霊術には、そういうルールがあるでしょう?

 結界とか、種族の特性とか、自分より強いかとか、色々」


「うむ」


「例えば、霊術が絶対に効かない魔物がいたとする。

 でも、私はそれを無視して、霊術の効果を全て適用できるの」


 ふむ……


 余は、あの……出来ればあまり思い出したくないを思い出す。

 勇者としてのリリィを迎え、死を覚悟したあの日じゃ。


 あの時、余はいくつも霊術用の対策魔術を施して臨んだ。

 しかしその全てが、まるで意味を為しておらんかった。


 余はただ、『勇者の力ってすごい』位にしか思っておらんかったが。

 そうか、あれは勇者の力云々ではなく、リリィ自身の固有能力故か。


「……つまり、例えば単純に“絶命させる呪術”というものを君が使えたら、

 相手が何者であろうが君ならそれを適用して殺せるという事かな?」


 クロウが、物騒な事を言う。

 リリィは表情を暗くし、頷いた。


「……うん。たぶん、そうだと思う。

 私は呪術は使えないけれど、そういう意味です」


 ……


 ……余は、思わず唾を飲んだ。


 呪術や祝福というものは基本、その効果が強力であるほど、

 発現させるための条件は困難に、あるいは複雑になる。


 余の呪殺なんかも、相手の単純な魔力霊力の強さによって

 そもそも通らない場合がある。


 特に、その者の成り立ちが魔素であるか霊素であるかというのは

 非常に重要な要素になる。余の呪術は実は人間には多少効きにくい。

 効果が減退する、という程度のものではあるが……。


 死に至るような強力な呪術は、余より大分弱くても通りにくいのじゃ。

 そして、一度に掛ける人数が多くなるほど、減衰幅は大きい。


 しかし、リリィのこの能力は、かなりぶっ飛んでおる。

 例えば彼女なら、下級の攻性霊術だけで聖女の強大な防護霊術すらも

 あって無いものとして貫き葬る事が出来るわけじゃ。


 ……でたらめに強い。

 さすがに少し、胸の辺りがキュっとした。



「……怖い? ナナ」


 リリィが、余を不安そうに見つめる。


「いや。予想以上に規格外で面食らっただけじゃ。

 安心せい、そもそも元よりリリィは余より強いんじゃからな。

 そんなんあろうが無かろうが何も変わらんわ」


 余はリリィの頭をぽんぽんする。

 リリィは少し、笑ってくれた。


「で、お主はなんでそんな事知りたいのかの?」


 クロウに尋ねる。

 彼は首を傾げて、言った。


「んー……ただの好奇心、かな? 特に意味あっての事じゃないよ」


 ははは、と笑う。

 なんじゃそら、と余は怪訝な顔をするが……


 不意に、真面目な顔を向けられる。

 そして余に聞いた。


「魔族領に帰るんだよね?」


「あぁ、そのつもりじゃよ」


「気を付けてね」


「……む?」


 予想外の言葉に、余は目を点にする。

 気をつける? 何に?


 分からなかったが、しかし余は一寸後に思い当たる。


 こちらに向かい魔族領を飛び立つ直前に感じた、あの気配。

 なにかが、余の内に干渉してきたことを。


「……クロウ、それは」


「君や僕が、生きてこうしてここにいる。

 それは恐らく、たまたまの要因じゃない。

 誰かの意志だと僕は思っている。

 そして――」


 クロウは、洞窟の出口を見やる。



「その意志は今、きっと魔族領にいる。

 そんな気がするんだ」


 気のせいだといいんだけどね。

 そう、彼は言った。




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