【62】単なる、想像のはなし。





 湯浴みを済ませた後、余とキューちゃんは屋敷に帰ってきた。


「その子といっしょにいたい。ぎゅってしてねたい」


 と、魔王がキューちゃんにお願いをしとったけど、


「ダメ!!ですわ。この子はもう私のファミリーなんですのよ!!

 またその……連れて来て差し上げますから、本日はお暇させて頂きますわ」


 言って、魔王の返事も待たずに転移で飛んできてしまった。



『なんで魔王は、余なんぞを気に入られたんじゃろか……』


 キューちゃんの部屋で、ドレッサーの鏡に己を映しながら余は呟く。


「それは……ええと。

 そう、あの方は……ウサモフ愛好家マニアなのですわ。それはもう熱烈な」


『ウサモフまにあ……とな』


 な、なるほど……? まぁ、ブルームハウスとやらにも居ったものな。

 今の自分で言うのもなんじゃが、この姿は極めてらぶりーじゃ。

 魔王リリィのハートにこのウサモフボディが刺さったのじゃろな。


「チルファングは、魔族・人族どちらにも割とファンの多い魔物ですわ。

 とは言え魔物ですから、そうそう簡単に懐くものでは本来ないですけど」


 まぁ、そうじゃろな。

 シティ辺りの者や、ブルームハウスのあの子らはちょっと特殊じゃろう。


「いつだったか、人間領の有名ファンシーショップがウサモフ限定ぬいぐるみを

 発売した所、即在庫切れになった挙げ句、販売店前で購入出来なかった客らが

 発狂して刃傷沙汰の諍いが起ったという話ですわ」


 ……マニアの熱意とは恐ろしいのぅ。


「まぁともかく、先ほどの貴女は少々気が緩みすぎ……

 というよりデレデレしすぎです。もっと気を張っていただかないと」


 う……。ウサモフ愛好家より、同性少女愛好家の方が確かにアレじゃよな。

 反省しよう……とは言え……


『のぅ……? ほんとに、余はあの子を怒らせて殺されたのかの?』


「……そう、聞いていますわ。……信じられませんか?」


『いや……ただ、先ほど会った印象だけだと、そんな苛烈な……

 身も蓋もない事をする子に見えなかったな、というだけじゃ』


 むしろそれが本当だったとしたら、あのような子にそれをさせる程の事を

 以前の余がやらかしたという事で、よりその内容が気になってしまう。


「……と、ところで」


『んむ?』


「貴女が生きていた事実で霞んでしまってましたけれど……

 人族の街で、貴女……聖女と行動を共にされてらっしゃいましたね?」


 話題を変えたいようじゃな、キューちゃん。


 だがまぁ……確かに魔族としてはセンセーショナルであったろうな。

 先に述べたように、聖女とはもろに魔族の天敵なのじゃから。


『話せば、そんな大仰な話でもないんじゃが……』


 余はフローリアとフレイの二人と出会った経緯を説明する。

 クロウやウサモフシティ関連は省いて、街道での出会いから。

 つい聖女のトラウマの話までしてしもうたが……まぁ、

 キューちゃんは関わりが無いのだから問題あるまい。


「……ふむ、なるほど? だいたい理解はいたしましたわ」


『余としては、ラッキーな出会いであったと言えるであろ?

 正直、また機会があれば様子を見に行きたいと思っとるんじゃ。

 世話になった礼もしたいしのぅ』


「人間であろうと? ……はぁ、律儀な事ですわ。相変わらずですね。

 しかし、確かになんだか腑に落ちませんわね。

 貴女の話を聞いただけでの感想ですけれど」


『じゃろ? なんか、気になるんじゃよな。

 何がと言われると、うーん……となってしまうんじゃが』


「ええ、それっぽい事を仰ってたようですけど。

 そもそもその“聖女擬き”……でしたっけ?それが眉唾ですわ。

 いかに聖女と言えど、さすがにそこまで高度に自律したイミテーションを

 長期に、それも超遠方で運用できるとは……正直思えませんが」


『そうなのかの? 凄いのぅ位に思っとったが、そんな規格外なのか?』


「ええ。そんなもの本当に実用出来たとしたら、それこそ勇者や魔王クラスの

 桁外れの魔力と強度が要求されるはずですわ。或いはそれでも可能かどうか。

 聖女だけが備える”限定的ユニーク”なスキルなのかも知れませんが……。

 やはり、にわかには信じられませんわね。現実的ではないわ」


 ふむ……。

 だとして、どういう事じゃ?


 あの場で余にそのような嘘を付く必要があるかのぅ。

 むぅ……?


「そして今彼女らは、法庁の刺客を撒くために移動していると?」


『らしいの。攪乱するためにいくつかの街を移動するみたいじゃよ』


「意味ありますの、それ? 相手は優秀な"探知ディテクト"や”追跡トレース”を有すのでしょう?

 むしろあまり不用意に動かずにひと所に潜んだ方が対応も取り易いと

 思うのですけど……“隠匿ヴェール”も移動しながらより固定して展開した方が

 消耗的にも強度的にも大分良いのですけど」


「そ、そうよな……。それにやはり、アリアラやパスラの転送局に追っ手の影が

 全く無かったのも引っ掛かるんじゃよなー……」


 むむむぅ……?

 何だかどんどん、余にも彼女らが話した事柄が不自然に思えてきたの。


『でも、彼女らの話に嘘が含まれていたとして、

 なぜあの場でわざわざ余を、そんなあれこれと騙す必要が?』


「それは分かりませんけれど……ただ、ひとつ別の考え方がありますわ」


『ほむ、というと?』


「貴女を騙すためではなくて、別の人間……つまり、二人の内どちらかが、

 己の相方を騙すために用いている方便である、という考え方ですわ。

 その場合は、聖女がお付きを騙している、と考えるのが自然です」


 己の相方を、騙すため……

 フローリアがフレイを……?



「それこそ、理由が全然分からないのぅ」


「それはそうです。所詮出会ったばかりの他人ですわ。

 私達に関係の無い彼女らの事情は、私達には分かりようもありません。

 もしこの仮定を正しいとして強いて考えるなら、想像できる余地は……

 やはり、ひと所に留まらずに移動する理由がある、という部分でしょうか」


 あえて移動をする理由……


『……何かを探しているとか、誰かを探しているとか』


「まぁ、その辺りでしょうね。もちろんこの仮定においてであれば、

 それを探す事情があるのは片方だけという事になりますけど」


『本当は追っ手なんて掛かっていない。つまり聖女は狙われていない。

 移動なんて実際はしなくて良い。でもあえて留まらず何かを探している』


「パスラを転移先に選んだのは、貴女のためなのですか?」


『いや、どのみちパスラへは向かうつもりだったと言っておったの』


「彼女らは、パスラが魔王の襲撃に遭った事を知っていましたの?

 慰問のためとか、そのような事をおっしゃってましたか?」


『え? あぁ……襲撃の事は、知っておった。

 パスラを移動先に選んだ理由は、特に言っておらんかったの』


 余の言葉を聞いて、キューちゃんは少し考えておるようだった。

 やがて、彼女は再び口を開いた。


「先程リリィから少し、パスラの伯爵とやらを訪ねた時の話を聞きましたね。

 その際、私と同程度の力を持つであろう人間や、それに多少劣る程度の

 強者を多く見掛けたと言っていましたわ」


『そうじゃの。お主レベルとなるとつまり、聖女レベル。

 恐らく剣聖とか賢者とか呼ばれておる人間ではないかのぅ』


「ええ。そしてそれに連なるような強者達。当然でしょうね、

 魔王が遂に自分たちの領地に明確な攻撃行動を取ったのですから。

 現場に戦術的な要人達が多く集められるのは、容易に想像が付きます」


 また、少しキューちゃんは考え込む。

 余は、思った事をとりあえず口にしてみた。


『……フローリアないしフレイが接触しようとしておるのが、

 その要人の内の誰かである……とか?』


「仮定の中で話をするなら。それもあり得ますわ、という程度の話です。

 現在のパスラは、明らかに要人の目が多く集まる。それが想像できない

 おバカさんでもなければ、普通あえて近づいたりしないでしょう。

 けれど、彼女らは自らそこに向かうつもりであった……」


『……確かに、不自然じゃのぅ』


「まぁ、ここまでですわ。これ以上は恐らく、本当に想像というより

 単なる妄想にしかなり得ませんわよ」


『そうじゃの……うむ』


 キューちゃんの言うとおり、全て単なる想像に過ぎぬ。

 実際は、本当に中央から狙われておるのかも知れん。



 ただ……今をもっても、まだ余の中で一つ引っかかりがあるのは。

 あの時フレイに聞いた、フローリアのトラウマにまつわる話じゃ。


 この引っかかりを産んでおるのは、余の中の随分深いところ。


 魔王に対して、相反した想いを訴えてくる部分が、余の内の何処かにある。

 その声が発せられている何処かから、この違和感も生まれておる。

 そう思った。


 あの二人は、想い合っているという。

 それを余は、羨ましいと感じた。

 理由はよく分からない。


 けれど、それと同時に、もう一つ別の感情もあった事を思い出す。


 それは、たそがれのような心持ち。

 睦まじいはずの彼女らを見て、余は確かに、感じたのだ。


 想い合っているがゆえの、悲愴を。


 それはいつ、どこで見た、誰のものかは分からないけれど。


 たぶん誰かがいつか抱えていた、悲しみの気配だった。




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