【52】覚えの無い街、微かな予感。





 彼女らが荷物から手鏡を出し、それを受け取って

 余は自分の顔や姿を確認してみる。


 ……確かに、そこに映っておるのは人間のようだった。


 亜麻色の、腰まである毛量多めのふわふわな髪。

 碧色の大きな瞳、小さな鼻に薄紅の唇。

 中々に整った顔立ちだが、これは……


「こ、子供じゃねェか……」


 フレイが何とも言えん声音で呟く。


 そう、確かに子供じゃ。9か10くらいの幼い少女。

 余は勝手に、己を妖艶グラマラスな大人のおねーさんだと思っていた。

 人間である事と並んで、なんかショックじゃ……


「尊大な物言いしてるから、普通にいい歳してんのかと思ってたが……」


「とっても可愛らしいお嬢様ですね」


 フローリアが余を見てにこにことしておる。

 ……なんか、明らかに二人の余に対するイメージが変化したのぅ。


「それで、それはアンタの元の姿に相違ないのか?

 いやでも、アンタさっき覚えが無いって言ってたっけ、アレは……」


 あぁ……。

 そういや余、こやつらに自分の記憶について話してなかったの。


 面倒じゃが手短に余はこやつらに説明した。

 事情を聞いた二人は、思った以上に驚いておる。


「それ……めちゃくちゃ大事なトコじゃねーか。もっと早く言ってくれよ」


 フレイが呆れた顔で言う。


「けれど、記憶の手掛かりが魔族領にあるのではとの事ですが……

 ミミ様は、自分を魔族だと思われていたのですよね? でも……」


「そうなんじゃよな……この姿はどう見ても人間よな。

 ただ、これが余本来の姿であるかの確信は、今のところ全く持てぬ」


「先ほどの法術に対する強い拒絶反応も気になります。

 少なくとも"術法逆行スペル・リバース"が作用してはいるようですから、もしかしたら

 過去に一度でもその姿をとられていた事があるのかもしれませんね」


「以前の余が、一度でも……例えば”擬態ミミクリー”でこの姿になった事があると。

 余がどれ程擬装を習熟していたかによるが、単に子供と偽ろうとしたか、

 あるいは全く別の姿に成り代わったか……

 後者であれば、元は魔族であったという可能性も十分あるのぅ」


「はい。もちろん本来の姿である可能性も低くはないと思いますが……

 ただ、やはりあの手応え、法術自体は失敗しているはずですので、

 全く無関係な姿になったという可能性もゼロではなく……」


 ……んー、つまり今考えても詮無いという事じゃな。


 まぁ、そもそもの状況が割と不条理で意味不明なのじゃ。

 ここで深くあれこれ推測しても実りはないじゃろう。


「まぁなんにせよだ、これなら問題なくアリアラに入れるじゃねーか。

 もうそろそろ外壁が見えてくる頃だぜ」


 フレイが言うように、それから二分ばかしもする頃には

 大きな外壁の一角が視界に現れた。

 さすが主要都市、なかなかの規模じゃ。


「あんまり目立ちたくねぇからな。馬車はここらで捨て置いていくぜ。

 いっそ燃やしちまいたいトコだけど、さすがに目に付きすぎちまう」


 パッと見で普通の馬と区別は付かんけど、見るものが見れば分かるか。


「はい……不法投棄は少し心が痛みますが、そうさせていただきましょう。

 では街に入りますが、ミミ様はくれぐれも私から離れられませんよう」


「む、しかしこれは"擬態”ではないであろ?」


「はい。ですが申し上げたように法術自体は上手く通っておりません。

 いつ不意に、またお姿がウサモフさんに戻ってしまうとも限りませんので」


「なるほど……あい分かった。気をつけるとしよう」


 フローリアが手を添え何か呟くと、霊馬は光の粒子となって霧散する。

 あとには客車や御者席だけが残った。

 それを置いて、我々は街門へと歩いてゆく。





 雑多な人の往来の中を歩き、余は街並みに目移りしながら歩く。


「きょろきょろしてんのはいいけど、離れないように気ぃつけろよ」


 フレイが苦笑しながら余に言う。


「そうですね……ミミ様、お嫌でなければ私と手を繋がれませんか?」


「ふむ……良いが、フレイはいいのかの?」


「ぇあ……? な、なんでオレに確認すんだよ」


「いやだって……のぅ? 別の女とお手々繋がれて「むきー」とならんか?」


「ならねェよ!! そんな狭量じゃねーわ、なめんな!!」


 やたらムキになって否定する。

 めっちゃ気にしてそうじゃが……まぁでも万が一のリスクの方が怖い。

 余はフローリアの手を握る。


「で、ここからポータルに直行するのかの?」


「そうだな……そうしたいトコだけど、ちょっと気掛かりがあるんだよな」


 ふむ、気掛かりとな。


「ミミ様の事が無くとも、元々私達は東都パスラに向かう予定でした。

 しかし、パスラは現在大きな災厄に見舞われているのです」


 …………


 ……魔王による襲撃、じゃな。


「それは余も聞き及んでおる。かなり被害があったと聞いておるが」


「聞くに死者は無かったって言うが、ホントかねぇ……?

 魔王が直接乗り込んで、派手にブチかましたってんだろ。

 それで死人が出てねぇってのは正直眉唾っつーか」


「皆さんの家屋や施設が破壊されただけでも痛ましい事ですが……

 亡くなられた方が居ないのは不幸中の幸いです。

 しかし、物的な損壊が激しいとなると……」


「ふむ、ポータルが無事であるかという問題があるの。

 良かろう、その場合はお主らは別の都市へ向かうとよい。

 余の事は気にせんでよいでの」


「……ミミ様」


「……すまねぇな」


 二人は申し訳なさそうに眉を下げた。

 しゃーない、余は元々こやつらに便乗しただけの身じゃ。


「しかし、わざわざそんな状況にある街に潜伏するのかの」


「あぁ、逆にさ。あえて潜伏先に選ばなそうじゃないか、むしろ」


「それもそうじゃの」


 余は納得して頷いた。



 ポータル……大規模転送陣を擁する施設には夕暮れ前に辿り着いた。

 若干緊張しつつ施設員に問い合わせたが……


 幸運にも、パスラへのポータルは無事に機能しておった。

 ひとまず、胸を撫で下ろす。


「ですが、お聞き及びでしょうか? 現在東都パスラは……」


 係の者が心配そうに我らに尋ねる。


「存じております。その上での利用ですので、お気遣いなく。

 一刻も早く向かいたいのですが、よろしいですか?」


 巨大な円形台座に描かれた霊法陣、その中心に浮かぶ巨大な霊晶石を

 見上げながらフローリアが応える。


 返答を聞いて納得し、施設員は手続きを進めると言った。

 特に形式張った事はなく、要求されたのは料金の支払いだけじゃ。


 我らは三人、所定の位置に立って転送を待った。


 ……パスラか。


 記憶を手繰ろうとするが、やはり何も思い出せんのぅ。

 余は思索を諦めて黙って転送陣の発動を待った。



 魔王によって蹂躙された街か。

 そこで余は、何かを見いだし、何かを思うのじゃろうか。


 微かな予感。

 記憶に無いその街で、余を待つ何かがある。




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