【51】衛星都市アリアラへ。





『と、いうわけで余は行く事になったわけじゃ』


「慌ただしいなぁ……」


 余は一旦ウサモフのシティ(今更じゃがシティとは?)に戻り、

 クロウに散歩中に起こった事の経緯を説明する。


「せっかく素敵なお友達が出来たと思ったんだけどねぇ。

 まぁ、もちろん君なりに手掛かりを求めての事なのだから、

 なんら問題無いさ。僕としては君の行動に実りがある事を祈るだけだ」


『うむ……親切に色々教えてくれたのに済まんのぅ』


「いやいや。久々に何だか楽しい事になりそうで心が浮ついたよ。

 僕と似た境遇の者と会えるとは思ってもみなかったからねぇ。

 ずっと後でもいいから、事が落ち着いたらお話ししに来て欲しいな」


『そうじゃな、必ずまた顔をだそう』


『ウサモフのネットワークは大陸各地に広がってるわ。

 クロウの名を出せば、色々都合を付けてくれる子も多いだろうから、

 旅先で出会ったらお話してみるといいかもしれないわね』


 プニャーペがそのように教えてくれる。ウサモフネットワーク……とな。

 というかクロウってウサモフのなんなんじゃ。守護者というのは

 ウサモフ界隈全域に通ずる冠なのか……。

 なんというか、世の中は広いのぅ。


「で、その聖女さんというのは、今はどちらに?」


『街道でそのまま待たせておる。ここを人間に晒していいものか

 分からんかったからの』


「そっか。お気遣い感謝するよ。でもここの入り口は、

 実はウサモフ以外見えないように魔術的な細工をしてあるんだけどね」


 そうじゃったのか。気付かんかったのぅ。


「本来の君だったら、気付いていたろうね。君は正直すごいと思うよ。

 僕はウサモフになってしまったばかりの頃はそこまでの魔力を

 有していなかった。以前の君が魔王でないのであったら、正直どんな

 怪物だったのか想像できないくらいだ」


『ほむ……自分ではよく分からぬが。まぁ良い、ではそろそろ発とうかの』


『うん、気をつけてね』


「困ったら、いつでもまた訪ねておいで」


 クロウとプニャーペに見送られ、さらに出口では多くのウサモフ達に

 惜しまれながら、余はシティ……を出立した。


『ついにモフ魔王さまがせかいへー』

『ウサモフじだいのまくあけじゃー』

『今は臥竜鳳雛がりょうほうすうなれど直王邁進ちょくおうまいしん

『きゃーモフ魔王サマー』

『かっこよすぎわろたー』


 やいのやいの。

 うむ、なんか分からんがありがとう。





 外へ出て、足早に(足は無いが)街道へと戻る。

 また先の魔獣のような厄介な魔物が彼らに襲い来る可能性は

 ゼロではない。


「あんなザマ晒しといて言うのも何だが、あんまり見くびんなよ。

 そこいらの魔物にそうそう遅れは取らねぇって」


 と、彼女らだけで待たせるのを躊躇った余にフレイが言った。

 その言葉通り、街道へと戻った時、ちょうど彼女が一体の魔獣を

 炎剣にて切り伏せておるのが見えた。


「けっ……。

 ん? おう、もどったかアンタ」


『やるではないか、そやつもブレイズヴァイトとさほど遜色ないぞ』


 巨大に筋骨が発達した大熊のような魔獣の屍を見て余は言う。


「ざっとこんなモンよ。しかしなんだろうな、ここの森は随分

 魔物共が粒ぞろいじゃねェか。そうそう連続で遭遇しないぜこのレベルは」


 森を見やってフレイが片眉をひそめる。


 この森は、人族領とは思えぬ程魔素が濃いので、そのせいじゃろうな。

 それがあってクロウ達がこの森を根城にしているのか、あるいはむしろ

 彼奴によってこの濃密な魔素が齎されているのか。その辺は分からんが。


「早いとこ移動を再開しようぜ、ええと……名前なんだっけ?」


『ミミじゃ。待たせて済まんかったの。では、いざ行こうではないか』


 フローリアが馬車の扉越しに顔を覗かせて、こちらにぺこりと礼をする。

 余とフレイもキャビンへと乗り込んだ。


「……む? そういえば御者席に誰もおらんが、誰が駆るのじゃ?」


「んぁ? あぁ、こいつはちょっと特別製なんだよ。

 そこにいる馬、ただの馬じゃねェのさ。フローリアが法術で発現させた

 いわゆる霊馬なんだよ。疲れ知らずで馬力も並じゃないぜ」


『ほほー? そんなんあるんじゃ、凄いのぅ』


「霊力だけは、授かり物で少し多めに備えておりますので……

 それでは、出しますね」


 フローリアが霊馬に視線をやり、つい、と指を向ける。

 すると、ゆっくりと馬車が走り始め、みるみる加速していく。


『おぉ、なかなか速いではないか、これは良いのぅ』


 馬車自体にも何らかが作用しておるのか、極めて揺れも少ない。

 これは楽ちんじゃ、むしろこのままゆったり馬車旅でも良いのでは?

 そう思って訊ねてみたが、どうもそういうわけにもいかんとの事。


「中央からの刺客を巻くのにちょっと細工しててな。

 こいつもフローリアの特大霊力があってこその裏技なんだけど、

 霊力で造った"聖女擬き”をオレらとは逆方面に走らせてんのさ。

 西都チェザリにそのデコイを向かわせてる。その間オレら本物は

 霊力の痕跡が察知されないよう"隠匿ヴェール”の法術を張って移動してる」


 ほぁー、聖女って器用じゃのぅ。さすがと言う他無い。


「しかし当然、囮もいずれ捕捉される。むしろもうされてるかもな。

 そうなりゃ連中も無能じゃない、改めて聖女本人の霊力の痕跡を

 全力で探知しにくる。ホントは今だって結構ヒヤヒヤしてんだぜ」


『この霊馬というか馬車、確かに霊力を相当放出してそうじゃしな』


「あぁ。だからオレらはさっさと目的の南都アリアラに到着して、

 そこに潜伏するなりポータルを使うなりしなきゃならんのさ」


「法庁の方々の”追跡トレース”の法術は優秀ですが、霊力を極力使用せずに

 ”隠匿”に注力すれば、足跡そくせきを辿るのはかなり難しいはずです」


「なるほどの。その間にあちらこちらへ移動して、攪乱しようと」


「そういうこった」


 ふむ……。で、南都アリアラじゃったか。


『目的の街は、ここから近いのかの?』


「もう30kmくらいのとこまで来てる。この馬車ならすぐさ」


「ところでミミ様。街に入るにあたって貴方様にお願いが……」


『ほぁ? なんじゃ、お願いとは』


「先ほど貴方様が申されたように、街の中へ魔物さんをそのまま招くのは

 やはり問題になってしまいます。なので、申し訳ないのですが、

 この場で私が貴方様のお姿を変えさせて頂いてもよろしいですか?」


 え、そんな事もできるのかの。

 なんでも出来ちゃうのぅ、聖女。


『もちろんじゃ、"擬態ミミクリー”を他人に掛けるのはかなり高難度じゃろ、凄いのぅ』


「いえ、そんな……時限式ですし、私からなるべく離れないようにして

 頂く必要もあります。では、失礼いたしますね」


 言ってフローリアは余の頭に手を添え、法術を試みる。


 ……しかし。


「……あら? これは……まさか……」


『ほぁ? なんじゃ問題か?』


「はい、これは……。

 その、すでにミミ様には何らかの擬装が施されているようです」


 ……擬装らしきもの?


『なんじゃそれ、余は覚えがないが……』


 いや、待てよ。

 そもそもこの姿、本来の余の姿では無い可能性が高いと思われる。


「厳密には擬装と異なるようですが、少なくとも今のミミ様のお姿が

 元の姿から変換されたものであるのは間違いないと思います。

 その上から擬装を改めて施すのは、私にも出来ません」


『それは困ったのぅ……では鞄か何かに詰められるか? ギュっと』


 あんまり望ましくはないが、仕方ない。

 しかしフローリアは首を振って言った。


「いえ、もうひとつ案があるので、そちらを試させて下さい。

 ”術法逆行スペル・リバース”で、ミミ様のお姿を変更前に戻せるかも……」


『おぉ、それは良い。是非やっておくれ』


 記憶が戻るかは分からんが、元の姿が分かるだけでも大きく

 糸口となるかも知れぬ。


 改めて余に触れるフローリアの手が光りを帯びた。

 余に霊術が干渉しようとするのを感じる。


 すると。


「……っ!? これは……なに? 何かが……干渉を制して……」


 フローリアが驚愕の声を上げた直後、その手が勢いよく弾かれる。

 その後、余の体が強い光に包まれ――


 …………


「う……なんじゃ、どうなったんじゃ?」


 余は収まっていく光の名残に目を細めながら言った。


 ……む?


 ……あれ、いま余……喋らんかったか?


「お、おい……アンタ、その姿……」


 フレイが目を見開いて、余を指差し言う。

 それを受けて、余は己の姿を見下ろしてみた。


 そこに見えるのは、ウサモフの体毛ではなく、

 まるで魔族や人間のような胴体や手足であった。


「お、おぉ……!? なんじゃ、上手くいったのか?」


 余はフローリアを見て言った。

 しかし、彼女はなぜか首を横に振って、未だに驚いた顔のままじゃ。


「分からない……です。いま法術で干渉しようとした時に……

 その法術が、に強力な拒絶を受けました。

 ですから法術は失敗したものだと……思ったのですけど」


「ていうか、アンタのその姿……魔族じゃなく、人間じゃないか?

 アンタって元々……人間だったのか?」


 ……なに?


 余が、人間? そ、そんな馬鹿な……


(クロウ、想定していたものと事情が随分異なってしまったぞ……)



 余は己が魔族だと思い込んで、魔族領を目指すことにしたが……

 これは……




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