【53】なんとなく腑に落ちない。





 余と聖女、付き人フレイの3人は問題無く東都パスラに到着する。


 余はこの転移を行うにあたって、多少の心構えをしておった。

 聖女を追う法庁の刺客とやらが転移先ですでに待ち構えているのでは、

 そんな可能性を事前に想像していたためじゃ。


 しかし転移先に待っていたのはポータルの施設員数名のみであった。

 ひとまずの所安堵したが、同時に余の胸中にはほんの微かにだが、

 ぼんやりとした違和感の靄が生まれておった。


「どれ……パスラの惨状ってのは、如何程のもんかね」


 言いながら、フレイが外へ向かう。

 手を繋いだまま、余とフローリアもそれに続いた。


 ふと、今更に思い当たった疑問を二人に問うてみる。


「素朴な疑問なんじゃが、お主らは転移術式なんぞは使えぬのか?」


「そら無理さ。ありゃ個人で簡単に扱えるもんじゃねぇ。

 そいつは魔族の専売特許、それも上位魔族のな。霊術と魔術は共通するものも

 多くあるが、それぞれに専門的な術もいっぱいある」


「そうですね。ポータルにあったあの巨大な霊晶石、あの中に

 組まれている術式はそれこそ凄まじく長大で複合的だそうです。

 例えば術理の極致にある賢者様でも、あれをお一人で組まれて

 行使するのは現実的ではありません」


「そうか……理解した」


 ……何となく釈然とせぬ思いがしつつ、余は頷いた。





 ポータルのある"転移局"、その周辺は思ったような破壊の跡は無かった。

 聞くにこの場所はパスラの東端にあるとの事なので、もう少し街の内側に

 入っていけば様相はまた変わるのじゃろう。


 我らはそこからいくらか歩き、やがてひとつの宿場の戸を開けた。

 フレイが人数を伝え、宿泊料を先払いして部屋の鍵を受け取る。

 あてがわれた部屋に入ると、皆ひとまず各々腰を落ち着けた。


「ふぅ……こうして座ると、やっぱ疲れがどっと出るな」


「そじゃの。……風呂があるそうじゃが、さっそく入るか?」


 他の部屋の宿泊客と被らぬよう、整理札を受け取り順番待ちが必要だが、

 この宿にはまずまず広い浴場があると受付で聞いていた。


「お主ら、余は後で良いから二人きりで入ってきたらどうじゃ?」


 余が気を利かせて言うと、フレイは真っ赤になって言った。


「ばっ、変な気ぃ回すんじゃねーよ!!

 フ、フローリア。先にお前が入ってこい、オレは次に入るから」


「え……今日は一緒に入ってくれないのですか?」


「ちょ、おま!! いいから、いいから行ってこいって!!」


 面白い程動揺するフレイに、少し残念そうにしながらもフローリアは

 了承して、一人で部屋を出ていった。


 そして、部屋には余とフレイだけが残る。

 少し沈黙が漂ったが、余はフレイに「のぅ」と声を掛けた。


「……何だよ、余計な勘ぐりすんなよ」


「せんよ。ただの好奇心じゃから答えんでもいいが、一つ聞いていいかの。

 お主はフローリアが優しすぎるから攻性法術が使えぬと言っておったが、

 本当に理由はそれだけなのかの?」


 余の問いに、フレイはすぐには答えなかった。

 しかし、やがてぽつりと呟くように言った。


「あいつの前で、この話はすんなよ」


「うむ、分かった」


「いわゆるトラウマさ。昔、あいつは自分の法術で人間を死なせちまった。

 小さい村落が魔物の群れに襲撃されてさ、たまたまその時近くに居た

 フローリアが命を受けてそこへやって来て、魔物を退治してくれたんだ」


「……退治、、か」


「そう。オレはその村落の出身さ。当時はまだ13のガキだった。

 村の外縁辺りでオレも襲われて、ブルってたよ。ここで死ぬんだってな。

 後から知ったけど、すでに親父もお袋も兄貴も妹も、皆殺られてた」


「……そうか」


「オレも食い殺されそうになった時にな。横からすげぇ法術が飛んできて、

 魔物をぶち抜いた。呆気にとられるオレの横を、あいつが通り過ぎた。

 それから何度も派手な音がして、収まる頃には魔物は軒並み死んでたよ」


 薄く、切なさを滲ませた笑みをフレイが浮かべた。


「そん時らしい。早く、早く、と実戦に不慣れだったあいつは焦ってた。

 すでに人も沢山死んでたからな。焦って魔物を片っ端から撃ってたら、

 法術の一つが村民を数人巻き込んじまったそうだ」


「……なるほどの。それで……」


「不慮の事故さ。でもそれ以降、あいつは攻性法術を使えないんだ。

 それから色々あって、オレはあいつの付き人になって今に至る。

 あいつはオレの恩人なんだ。でも家族の事でさえあいつは気に病んでた。

 間に合わなかったのはあいつのせいじゃねーのにさ」


 フレイは歯痒そうに目を細める。


「そうか……ありがとう。すまんの、不躾な事を聞いた」


「別にいいさ」


 話が終わると、再び沈黙が降りた。





 全員が浴場を利用し食事を取った後。


「中央都市からも、もちろん衛星都市に転移は可能なんじゃよな?」


 余は二人に尋ねた。


「そりゃそうさ。王都セントラルガーデンと8つの周辺都市は全て、

 ポータルの利用でサクっと移動できるぜ」


「お主らが逃亡を決意した時、どこにおった? 中央かの」


「あぁ、そうだぜ。もしかして、王都のポータルを使わなかった理由か?」


 そのフレイの言葉に余が応える前に、フローリアが継いだ。


「衛星都市のものと比べて王都の転送局の利用は、出入りどちらも厳しく

 審査を受けます。そこで身が割れてしまえば、せっかく囮を出しても

 すぐにばれてしまいますので……」


「てことだから、手間でも一旦どこか周辺都市に入ってから、そこの

 ポータルを使う必要があったってわけだな」


「ふむ。……そうか」



 ――違う。


 自分が抱く違和感はそこではない、と余は思った。

 それはあくまで二人の事情じゃ。刺客の側には関係無い。


 簡単に都市間を転移できるのに、それぞれの都市の転移局に人員を

 一切割かないなど、あり得るだろうか?


 聖女の抹殺とそれによる次代の聖女の招喚。

 個人レベルの決定なはずは無い、大局が関わっていて当然じゃ。

 刺客にしろ監視員にしろ連絡係にしろ、配置できぬとは思えない。


 人間が遠方へ手早く移動するのに、転移局は不可欠と先刻聞いたばかり。

 囮を聖女本人として追っていたからと言って、いくらなんでも

 これではザルすぎるのではないか、と思える。



 やがて就寝を迎えても、余はしばらく一人で思索を続けておった。

 しかし結局、それはどこにも辿り着く事は無かった。



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