【49】聖女と赤髪の女剣士と。





『せ、聖女……とな?』


『はい……ですが、私自身は全く大した者ではありません。

 ミミ様は、とても凄い魔物さんなのですね?』


『う、うん? まぁのぅ?』


 適当に返事をしながら、余は視線を泳がせておる。


 や、やっべぇのじゃ……聖女言うたらあれじゃよな?

 勇者が魔王スレイヤーなら、聖女は言わば魔物スレイヤーじゃ。

 破魔系霊術のスペシャリストで、魔王を除けば魔物だけでなく

 魔族にとっても天敵の中の天敵であったはず……。


『余、こう見えてめちゃ平和主義の博愛主義な良い子での?

 聖女殿にあらせられましては、ご機嫌麗しゅうていたりするかの?』


 ぷるぷる動揺するウサモフ。

 あかん、まじ関わらなきゃ良かったのじゃ。


『はい。ミミ様が穏やかで優しい心をお持ちなのは伝わっていますわ。

 現に、私たちをお助け下さいました……ありがとうございます』


 ぺこり、と深く頭を下げるフローリア。


『いや、言うて必要無かったじゃろ? なんたってお主は聖女じゃ。

 あの程度の魔物、己でどうとでも出来たであろう』


 あえてこの付き人らしき女――そう、近くで見て確信したが男でなく女じゃ――

 この剣士が対応しなくとも、聖女の力で魔獣の一匹や二匹簡単に

 追い払う事が出来たはずじゃ。


 しかし、その余の言葉に聖女は俯いてしまう。


『いえ……そんな事はありません。私は、不出来な失敗作なのです』


 ほむ? 失敗作とな?

 聖女に成功作とかあるもんなのかの。


『ともあれ、本当にありがとうございましたミミ様。

 このご恩は必ず何かしらでお返しいたしますね』


『いや別にそんなのいらんがの。……あぁそうじゃ、それなら一つ尋ねたい。

 ここは、魔族領からどれほど離れた地域になるかの?』


 聖女に聞いてみる。

 散歩しながらぼんやり考えておったのだが、やはり一度魔族領を

 訪ねてみようと思った。


 余の失われた記憶の手掛かりが、そこにある気がするのじゃ。

 クロウのように魔王云々は関係無いかも知れぬが、少なくとも今の余に

 他に当てに出来そうなものは何も無いからの……。


『魔族領ですか? そうですね……ここからもし向かうとするのでしたら、

 距離にして500km程離れていますね』


 ご、500……? それは、相当骨が折れそうな……


『各衛星都市には、隣接する都市間を繋ぐ転送ポータルがありますので……

 それを利用してパスラという街まで行ければ100kmもありませんが』


 ほう、それは良い……と一瞬喜んだが。


 しかし、余は魔物……人間の街の施設など簡単には利用できんじゃろう。

 忍び込んだりして利用できんかのぅ……

 そんな事を考えていると。


『あの、もしよろしければ私たちが都合いたしましょうか?』


『ほぁ?』


『恩返しというのも差し出がましいかも知れませんが、

 お役に立てるのでしたら遠慮なさらないで下さい』


『それは……ありがたいが。しかし良いのか、聖女が魔物を伴って街にとは』


『はい……それなのですが、我々には少々事情がございまして……』


 聖女が何か切り出そうとしたので、その前に余は伝える。


『ちなみにお主が喋るのに念話はいらんぞ。普通に喋ってよい』


「あ、はいありがとうございます……フレイにもミミ様の声を聞かせても?」


「そんな器用な事ができるのか。好きにするが良い」



 居住まいを正し、なんだか俯きがちにフローリアが述べるにはこうじゃ。


 先ほどちらりと彼女が言った、自分が聖女として失敗作であるとの言葉。

 それは、彼女が聖女でありながら魔物や魔族をこれまで一度も屠った事が

 無い、屠ることが出来ずにいるという事実から来ておるらしい。


 聖女とは、勇者が未到来の間の人類にとって、賢者等と並んで人類の

 大いなる希望であるそうじゃ。人類にとっての魔の脅威とは魔王だけに

 限った事ではないらしいが、それら魔王以外の厄災に強力に対抗できる

 ものとして崇め頼られておるのが聖女であると。


「フローリアは、優しすぎるんだよな」


 女剣士が言う。こやつもまた中性的な魅力ある顔立ちをしておるのぅ。

 肩上まで荒く切られた赤い髪が目を引く、二十歳くらいの人間族じゃ。


「魔物相手だろうと、攻性の霊術が撃てない。治癒や結界術なんかは

 すでに比類がねェし、攻性霊術も半端じゃねーはずなんだけど」


 なるほど、戦場で先頭に立って力を振るう事が出来ぬと。

 聖女に人が求むるはやはり強大な破魔の力なのじゃろう。

 それを振るわぬ、振るえぬが故の失敗作か。



「そんな期待外れの私ですから……仕方の無い事とも思っています。

 中央の法庁の方々は、私を聖女から解き、次代を迎えようとお決めに

 なりました」


『聖女を解く? そんなことが簡単に出来るものなんじゃっけ?』


「はい。勇者様と同様、賢者や聖女もまた同じ時間に一人しかおりません。

 しかし勇者様と違い、我らの因子は損なわれればすぐに新たな人間に

 引き継がれ、その時点で萌芽いたします」


 損なわれれば……つまり、


『お主が死ねば、別の聖女が即座に現れると』


「……そういう事になります」


 だいたい、話の筋は見当がついた。

 耳障りの良い話ではないの。


「やらせねェよ。オレがそんな事絶対させねェ。

 中央の生臭坊主ども、以前はさんざゴマ擦ってへつらってやがったのに、

 あんなフザケた手のひら返しがあるかよ」


「フレイ……」


 嬉しそうな、けれど申し訳なさそうな顔をフレイに向けるフローリア。


『お主は聖女のお付きなんじゃな。年の頃は近そうじゃが友人なのかの』


「へっ? あ、あぁ……まぁ、そんなとこ、かな」


 なんだか歯切れの悪いフレイの返答。

 そこに、フローリアが微笑んで言った。


「はい、特別な友人です。とても……とっても、お慕いしています」


「ばっ、魔物相手だって、やめろよそんな言うの」


 フローリアの言葉に、顔を真っ赤にしてどぎまぎするフレイ。

 む……?


「あ……ごめんなさい、フレイ。調子に乗ってしまって……」


 哀しそうにしゅんとするフローリア。


「いや、違う、もちろんオレだってお前をその、……~~!!」


 慌てて弁解するフレイ。


 ……むむむー?


 このなんか甘ったるいような、甘酸っぱいような二人の間の空気……

 もしや……


『……お主らもしや、デキとるのか?』


「――――!!」


 フレイがびくーっとして余を見る。顔はもはや茹でダコのようじゃ。

 フローリアも顔を赤らめて、頬に両手を添えておる。


「そっ、そそそそれは」


 フレイがアホ程動揺しておる。

 しかし隣のフローリアは堂々と、にっこりして言った。


「はい……お陰様で、気持ちを確かめ合っておりますわ」


「……けっ、悪ィかよ、女同士で気色悪ィってんだろ? 放っとけってンだ」


 ぷい、とそっぽを向いてしまうフレイ。


 そんな二人を見て、余は……


『…………ええの』


「あん?」


 なぜか、めちゃくちゃ羨ましいと思ってしもうた。


『それってとっても……素敵じゃのぅ。ええのぅええのぅ。

 なんかずるいのじゃ……』


「ず、ずるいったって……なんだよそれ」


『分からん……でもずるいのじゃー……!!』


「う、うぇえ??」


 余はポヨポヨ弾みながら訴える。


 しかしなんにせよ……


『大体合点がいった。つまりお主らは逃亡中の身なのじゃろ?

 その法庁とやらの牙から逃げておると言ったところじゃ』


「まぁ、そんなトコだ。半分以上はオレのわがままだけどな。

 こいつが聞き分け良いったって限度がある。どこまでも逃げてやるさ」


『うむ。なぜかは分からんが、お主らの事情が他人事に思えなくなってきた。

 余もお主らの逃避行を手助けしてやろう。連れていくが良い』


「まぁ……よろしいのですが、ミミ様?」


「なんでまた……まぁ、アンタの力は尋常じゃねェみてーだし、助かるけどよ」


 うむうむ、決まりじゃ。

 中央だか坊主だか知らんが、この二つの花を摘ませるのは余が許さぬ。



 ……あ、魔族領に向かうのも忘れてはおらんぞ。




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