【48】颯爽と飛び出すばかもの。





「ふむ、リリィさんか。なんだか可愛らしい名前じゃないか」


 …………


『名前を変えられた辺りから、なんというかとてもアクティブに……

 人間領への対応が、いかにも魔王様って感じになったみたい』


「何か心境の変化を促す何かがあったのかもねぇ。

 心機一転、今日からTHE・魔王!!って表明の意なのかな?」


 …………


「まぁ、僕は魔王領へは基本不干渉を決めているものだから、

 魔族達の事情ってあんまりよく分からなくてねぇ……ははは。

 ……って、ん? どうしたんだい?」


「……ニュ?」


 クロウに声を掛けられるまで、ぼーっとしておった。


 しかし、まだ何か……なんというか、胸の辺りがざわざわする。

 魔王の名の響きを聞いた途端、頭の中が霧でいっぱいになった。


『……いや、なんでもない……気にせんでくれ』


「……そうかい? 魔王の名に、何か思う所でもあったのかと」


『分からぬ。ただなぜだかひどく……気に掛かったものでの』


『キュ? なぁに、どうかしたの?』


 余は、プニャーペに簡単に余が置かれておる状況を説明する。

 彼女はふむふむと聞き、話し終わると余の元へ寄ってきて、

 ふわふわと頬ずりした。


『それは……心細いでしょう。また若モフなのに……かわいそうに』


 ウサモフに、慰められてしまった。

 でもちょっと嬉しい。


「さっきも言ったけれど、もうじき僕のお友達から定期の報告が入る。

 人間領の時事がメインだけど、君にとって有用な情報もあるかもしれない」


『うむ、助かる』


『ところで、ひとまずのところ、貴女を呼べるお名前が欲しいわね?

 なんて呼んだらいいかしら、クロウ』


「ナイス提案だねハニー。いつまでも君呼ばわりじゃ親睦も深めづらい。

 そうだな……ナゾモフとか?」


『センスの欠片もないわね。そうだ、貴女が自分で決めてもいいのよ?』


 プニャーペに勧められたので、うーむと考えてみる。

 名前……のぅ。


『……ミミ、とか』


 ふと頭に浮かんだそれを、口に出してみる。

 その響きはなんとなく、口に馴染んだ。

 何か由縁がある名なのかもしれぬ。


「ミミ……いいじゃないか、君によく似合うキュートな名前だね」


『私もいいと思うわ。じゃあ改めてよろしくね、ミミ』


 キュキュ、ともう一度頬ずりされる。

 これがウサモフの親愛の印みたいなものなんじゃろか。


 あ、ところで……


『プニャーペ、モフ魔王とは一体なんの事じゃ?』


『もふ魔王? 伝説のスーパーウサモフのことよね?』


 ……なぁにそれぇ……


『ウサモフの中に千年に一度現れるという、伝説のチルファング……

 のおとぎばなしよ。え、あなたモフ魔王さまなの?』


『いや、たぶん違うと思う』


『なんだ……ざんねん。全てを超越する存在で、その戦闘力は

 1億を超えるそうよ。私たちウサモフ族に伝わる伝説の戦士ね』


 戦闘力? 1億? なんのこっちゃ……


 まぁいいや。気にせんどこ。


「まぁとりあえずここにしばらく落ち着くといいよ、ミミ。

 退屈なら、この辺りを散歩してもいいかもね。この辺ももちろん魔物は

 出るけど、君ならまぁ問題無いさ」


『うむ、恩に着る。散歩か……そうじゃな、それも良いかもしれん』


 魔物か……余、今ちっちゃいウサモフじゃけど……問題ないとは?

 まぁ、良い。


 一人と一匹に改めて礼を言い、余はぴょんぴょんと扉をくぐった。





 外へ出て空を見上げてみると、陽はさっきより高くなっていた。

 目を覚ましたのは昼前だったのじゃな。


 見渡すと、洞窟入り口辺りは木々にかなり深く囲まれておるようだった。

 ここら一帯は森林とかなのかの? とりあえず適当に近場を散策してみよう。


 木々や草花の匂い香しい、気持ちの良いお散歩って感じじゃ。

 なんだか気分が良くてつい、どんどん先へ進んでしまった。


 しばらく歩いて(というか跳ねて)いると、遠くで木々の囲いが

 開けておるのが見えた。余はそこまで進んでゆく。


「……ふむ、これは、どこぞの街道かの……?」


 森か林かを抜けて開けた先には、広がる青々とした草原と、

 それを長く横切る、ある程度舗装された道があった。


 少し離れた右方から、小さな馬車がこちらへ向かってくるのが見えた。

 恐らく人間じゃろう、小さいが中々豪奢な馬車じゃ。貴族のものか?

 なんにせよ慌てて余は森の方へ引き返そうとする。


 しかし、その時。

 馬車の方向、その傍の木々の辺りに気配を感じた。


 この気配……魔物か。


 思った直後、そこから馬車の方へ向けて何かが飛び出していった。

 紫色の体毛を逆立てた四足の中型の獣……なんじゃっけアレ。


 余が記憶の靄を手繰ろうとした時、馬車のキャビンの扉が勢いよく開く。

 そこから、一人の人間が飛び出した。……人間の、男か?

 魔物を迎え撃とうというのじゃろう。


 男が腰から抜剣すると、その刀身が紅蓮をまとった。

 ほー、フレイムエンチャント"火焔剣"じゃ。


 炎の尾をなびかせながら、人間が獣相手に立ち回る。

 中々良い剣捌きじゃが……旗色はあまり良くないかの?


 あっ、思い出した、あの魔物【ブレイズヴァイト】じゃ。

 そこそこ強い魔物じゃったっけ? 名の通り炎を扱う魔獣じゃ。

 つまり……あの男の炎剣、ありゃミステイクじゃのー。


 炎撃は当然通らず、硬い体毛に鉄剣の切っ先も上手く入らん。

 こりゃ、じきにガブッといかれてしまうのぅ。


 ……ふむぅ。気が乗らんが……



「くッ……よりにもよってコイツかよ……!! どこまで神サマはオレたちが

 キライだってんだ? なぁフローリア……」


 ぴょんぴょん近づいていくと、形勢の悪い男が何やら毒づくのが聞こえる。


 ……いや、この声はもしや……


「くそがっ、だったら代わりに悪魔でも魔王でも、オレらを救いやがれ!!」


「ニュニュー」


 なんかエライこと喚いとるそやつを置いて、余は魔獣に声を掛ける。

 大爪を振り下ろさんとしていた獣は、動きをとめ、余を睨んだ。


「……はぁ、はぁ……? な、なんだチルファン……グか、こいつ?」


「ぐぅるる……」


 ふむ、狩りを邪魔されてか怒っておるのぅ。

 狩り返してやっても良いが、うららかなお散歩に気分が良くなっておる。

 ちょっと脅かす程度で追い払ってやろう。


「ニュ」


 ということで、余はさっそく……


 さっそく……


 …………


 どうするんじゃ?


「ニュ……ニュニュ?」


 あの、余さん?

 質問してよろしいですか?

 どうぞ?


 Q.颯爽と出ていかれましたが、勝算があるのですか?

 A.えー、それに関しましては関係各者と協議をさせていただいて、


「グォァァアアアア!!!!」


(ほぁーー!!)


 余のバカーーーー!!

 なんでどうにか出来る気でおったのーー?!


「……ッ、やべぇ!!」


 人間が言うように確かにやべぇのじゃ、こやつ、

 火炎弾を吐こうとしとるぅ!!


(ニュー!! なんとかなれ、うりゃーー!!)


 余はもうヤケクソで突進した。

 嗚呼……こんなワケも分からぬまま、結局死ぬと言うのか――


「――グギュ!?」


 ……


 ……ぐぎゅ?


 目をつむって空中で魔獣と激突したが、思ったような手応えではない。

 衝撃はほとんど無く、まるで何か軽いハリボテにでもぶつかったような

 ちょっとした感触しかなかった。


 おそるおそる目を開いてみる。


 最初に目に入ったのは、明後日の方向を見て変な顔をしとる人間。

 その目線を追って見ると、遙か遠くまで勢いよく吹っ飛んでいく

 紫色の魔獣の姿。


 ……え、えぇぇぇ……?


「ニュっ」


 もふぁ、と草むらに着地する余。

 まだ、魔獣は空中におる。

 数秒後、地面を派手に擦りながら転がり、止まった。


「……な、……ぁ」


 声にならん声を出しながら、人間が余を見る。

 余も、ちょっとなんて言ったらいいか分かんない。


 二人で固まっておると、

 不意にキャビンからもう一人人間が降りてきた。


「フレイ……? 大丈夫、怪我はありませんか……?」


 心配そうな表情と声音で言ったのは、儚げな白い……

 病的なまでに白い肌をした、美しい娘だった。


 この風貌、そして特徴的な耳……ええと、エルフ……じゃな。


「だ、だめだフローリア……こいつ、ヤバい……」


 余に視線を釘付けたまま、震える声でフレイと呼ばれた者が言う。

 困った、別に敵意は無いんじゃが……

 すると。


「待って、この方は……お話ができるかもしれません」


 そんな事を、フローリアというらしい娘が言った。


「ニュ?」


『……もしもし……聞こえますか、ウサモフさん……』


 うおぅ、これは念話ではないか……!?


『う、うむ。聞こえておるぞエルフの娘よ』


『良かった……やっぱり、お話ができる魔物さんだと思いました』


『ほう? それは良い、とりあえず余に害意は無い、安心せよ。

 余はミミという……まぁ、ただのウサモフじゃ』


 フローリアは「まぁ……」とたおやかに微笑んだ。


『ご丁寧にありがとうございます。わたくしはフローリアと申します。

 人間の……”聖女”などと呼ばれております』


 ……


 …………聖女、じゃと?



 な、なんか……なんじゃろ、

 一瞬で厄介事の気配がしはじめたのじゃ……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る