【42】魔王様、勇者と相対する。





超速詠マギリングブースト唱補助・オーバード

超速並列思考スキャッターブレイン


 超高速詠唱の準備を済ませる。

 詠唱を省略して効力の減衰した術法なんぞ、勇者相手では

 毛ほども通らんだろうからの。


 加えてさらに乗せたのは、思考加速の補助魔術。

 思考速度と反応速度が大幅に向上する代わりに、術式が大きくブレるのが

 欠点の魔術じゃが、余であれば力業で矯正できる。


 勇者もまた、いくつかの法術を発動し備えを進めていた。

 余もさらにいくつか魔術あるいは呪術を重ねていく。


 【対霊力障壁改式アンチアニマ・プラス】ー霊術全般に対する防護魔術の改良強化版。

 【聖域ブレス・の堕墜リジェクション】ー攻性魔術の霊素による減退を99%カット。

 【安寧のインシステント・棄却ダスト】ー痛覚倍増を対価に肉体の高速自動復元を常時行う。

 【無碍の禍域ヴォイド・ハート】ー霊術による弱体、強化の打ち消しを無効にする。


 まぁ、こんなもんでいいじゃろう。

 あまり併用しすぎてリソースを割いてしまうと、【超速並列思考】の恩恵が

 薄れてしまう。程ほどにせんとの。


 勇者も余とほぼ同じくして準備を終えたようじゃ。

 では……


 はじめるか。



 余が構え、術式を展開すると同時、稲妻の如く勇者が間を詰める。


「疾く、薙げ、そして穿て――【颶風尖槍ピアース・ストーム】!!」


 勇者の手刀が眉間に迫る直前、高速詠唱をもって放たれた翠色の光槍が

 颶風を伴って勇者の腹部を抉り、僅かに弾き返した。

 間髪入れず、余は詠唱を重ねる。


ついよ落ちよ、其を地に伏せよ!! 【重撃剛鎚グラビティ・ハンマー】!!」


 体制を立て直す間を与えず、勇者の身を叩き落とす。

 どうせ地に落ちる前に堪えるじゃろう、

 次は――


「……閃……貫け……」


 耳に微かに届く、勇者の詠唱。

 瞬きの内にその手に光が収束してゆく


 ――まずい!!


「束ね、連ねて、護り給え、」


「【煌滅光牙衝ルクス・ハスタ】」


「【四連守護陣テトラ・アイギス】!! ―――ぐぅっ……!?」


 余の滑り込みの詠唱の直後、目が眩むような閃光が放たれる。

 余を目掛けた一条の光線は、四枚重ねた余の防護術式を次々と

 割り砕いていく。


(くっ……まるで持ちこたえられん――)


「重撃剛鎚!!」


 余は略式で自身に向け魔術を放ち、射線から離脱を試みる。

 しかし、


「――く……ぁっ」


 直撃は免れたが右肩辺りを貫かれた。

 対霊力障壁なんぞ無いかのように抉られ、消し飛ばされる。


 呪式の副作用で倍加した激痛と共に、即座に左腕と肩が復元される。

 この程度で怯んでおる場合ではない、次が来る――


「……っ!? どこへ、」


 目を離したのは一瞬であるのに、忽然と勇者の姿が消えていた。

 加速した余の脳髄が、振り向けと叫ぶ。


「――――!!」


 振り向きざま、迫るのは白光を纏った勇者の拳。

 あっ、と思う間もなくそれは余の胸にぶち込まれた。


「ごッ……は」


 言葉にならん衝撃と共に、余は猛烈な勢いで弾き飛ばされる。

 そのまま、地面へと叩きつけられた。


「ぅぐ……痛……った……」


 いっそ笑ってやろうかという激烈な痛み。

 その中で、余は足止めの拘束魔術を試みる。

 勇者はすでに、余の眼前へと迫っていた。


「【八重縛鎖陣オクタ・バインド】……!!」


 血を吐きながら、術式を展開する。

 合金より硬い魔術で編まれた八条の縛鎖が、即座に勇者を絡め取る。

 余は地を蹴って、おおきく勇者から距離を取った。


 くっ……妙に身体の復元が遅い。

 あの輝いた拳撃、あれのせいか?

 【無碍の禍域】が機能せんとは……


 余は痛みと焦りの中、詠唱を始める。


「は、ぁ……死を礼賛せよ……至悦をもっ……て」


 余は呪言を紡いでゆく。


 そして、ハッと我に返る。

 呪言……?


(――――何を馬鹿な、決めたはずじゃ、リリィに呪殺は向けんと!!)


 意識が若干朦朧としていたとは言え、

 自分の取りかけた行動に愕然とし一瞬思考が停止する。


 もちろん、勇者に【巡悔の揺籠】が通るはずはない。

 しかしそういう問題ではないのだ。

 リリィに呪いを向けるなど、あってはならぬ!!


(馬鹿者……魔王が恐慌にとらわれるなど……!!)


 余が悔恨に歯を噛んだとき、眼前で甲高い音が鳴った。

 勇者の周囲に、粉々に砕けた鉄鎖が散っている。

 勇者の視線が余を捉え、再びその拳が白光を纏う。


 その輝きを見て、余は痛みが増すばかりで効果の薄い

 【安寧の棄却】を解除しようとした。


 しかし……


 しかし、と余は思う。



 もう、良いか?

 それなりに、がついたか?


 もう十分ではないか、と余は思い始めておった。

 この場の意義は、もう達成したのではないかと。


 言うまでもないが、これは勇者を下すための戦いではない。

 魔王の余がちゃんと抵抗をし、彼女を殺しに行ったと示す事。

 それこそが、この場における意義の全てじゃ。


 決して自棄、自死のように思われてはならぬ。

 仕方がなかったのだ、魔王が自分を殺しにきたのだから。


 だが結局、全力とは言えぬ力しか出せんかったがの……

 万が一にでも、彼女を討ってしまうのが恐ろしかった故に。


 だがもう、良かろう。

 そろそろ仕上げに入ろうぞ。


「さっきは油断したがの……肉体言語は余の十八番じゃ。知らんかったろ?

 見せてやろう……ほれ、掛かってこい」


 ようやく復元が完了し、同時に痛みも消える。


 しかし、足りぬ。

 こんなものでは。


 【安寧の棄却】も解除はせん、せいぜい痛がるがいいのじゃ。


 ざまぁないのぅ。手前勝手で、愚かな魔王よ。


 勇者が地を蹴った。

 余を目掛けて飛び込んでくる。


 ……ふふ。


 このまま、抱きとめてやろうか……?


 笑みを浮かべる間もなく、余は殴り飛ばされた。



 …………


 ……



 時にすれば、せいぜいまだ5分足らずだろうか。

 余と勇者が対峙してから、恐らくその程度しか経ってはおらんだろう。


 しかしもはや、この逢瀬は終わりを迎えようとしておった。

 最後の抵抗も、1分持ったかどうか怪しい。



 ぼろ切れのように、仰向けに地に倒れ伏せて。

 惨めな様を晒す余を、勇者の色も温度も無い瞳が見下ろしている。


 何か、声を掛けようかと思う。

 けれど、すぐにそんな考えは打ち消した。


 いいから、黙って逝け。


 勇者は音も無く浮かび上がる。

 そのまま、どんどん余から遠ざかっていく。


 それがリリィとはもはや別の何かだと分かっていても、

 遠くなる姿に寂しさを覚えずにいられなかった。


 随分高くまで上昇し、やがてリリィは静止した。

 余に、その小さな手のひらが向けられる。


 星のような光がそこに瞬く。

 それは、幕引きの合図であった。



 余は、目を閉じてその時を待つ。




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