【41】魔王様、征かれる。





 魔王城のエントランスには、丁度ハルニレの姿があった。


「あっ、魔王様……新しく保護された方々ですか?」


「そうじゃ、こやつらの事は任せた」


 言いながら余は、魔王城の外……夜空の方を見やる。


(空におるか……少し待ってておくれ)


 余は魔王の権能を二つ同時に行使する。

 まずは魔族領全体への一斉念話送信のため。


 そして、もう一つは……

 魔王の、魔族総員への"絶対命令"じゃ。


 これによって出された命令に、魔族は基本逆らうことが出来ない。

 そしてこれは、余が消えてしまっても次代の魔王が生まれるまでの間

 継続するはずだった。



『魔王ナナ=フォビア=ニーヒルの権能に於いて全魔族に命ずる。

 これより余は魔王として勇者を迎え撃つ。何者もこれに手出しすることを許さぬ』


 目の前のハルニレが、大きく目を見開く。


『余が敗れ、散った後にも勇者には決して手を出してはならぬ。

 勇者の名はリリィ。余の庇護のもとにある人間……余の友人じゃ。

 彼女に連なる他4名の子供、並びに特区に保護した人間も同様じゃ。

 逆徒とならぬ限り、彼らに害を為す事は決して許さぬ』


「魔王様!!」


 後ろから、スラルの声が届く。

 しかし余は振り返らず、続ける。


『こんな不甲斐ない王ですまぬ。最期まで勝手しか言わぬ……どうしようもない、

 愚かで不出来な魔王を許してくれ。では皆、壮健での』


 念話を終え、余は振り返り、スラルに言う。


「そして……これは、魔王の権能を用いぬ、ただの余のわがままじゃ。

 スラル……リリィを、見守ってやってほしい。

 余を討った後、どうなるかは分からぬ。それでも、スラルしかいない。

 最後の命を、受けてくれるか」


 余の途方もないわがままを受けたスラルは、

 微かに俯いて、しかしすぐに顔を上げて応えた。


「それが、魔王様の命であれば。お約束いたします」


「ん……ありがとの、スラル」


 ハルニレを見ると、大粒の涙を流して身体を震わせておった。


「ハルニレ、貴様にも本当に世話になったの。感謝いっぱいじゃ。

 他のメイドたちにも、感謝を伝えておいておくれ」


 こくこくこく、と何度も頷くメイド長。


 他にもたくさん、世話になった者がおる。

 しかし、いつまでも待たせるわけにはいかんじゃろう。


 空の風は冷たい。

 あの子の身体が冷えてしまうからの。


「父や母、ラナンキュラスや多くの世話になった者達に、

 いっぱいありがとうと言っておったと、伝えてほしい」


 余は扉の前で最後に言う。


「では征く。重ねて、これまで大義であった」


「……いっておいで、ナナ」


 スラルの、珍しい暖かい声音を背中に聴いて。


 余は、扉を開けた。



 …………


 ……



 空に雲はまばらで、真円の月が煌々と輝いておる。

 風は緩やかに吹き、そしてやはり少し肌寒い。


「……寒くはないかの、リリィ」


 10メートル程距離を置いた先、白い衣服の裾をはためかせ

 余を見据える彼女に尋ねる。


「…………」


 返事は無い。

 ただその瞳だけは、余を貫かんばかりに射しておる。


「……?」


 まるで温度のない眼差しに、余は問いかける。


 今目の前に居るものが、リリィという少女と重ならない。

 これは……そう。


 リリィであって、リリィではない……

 別の、何者か。


 これは紛れもなく、勇者じゃ。


 そう、余は直感する。


 願わくば、彼女の意識の一片も、そこに無い事を願う。

 そして全て終わった後、また帰ってきてくれたらと。


(何も感じられぬ。力も、威圧も、殺意さえも)


 けれど、分かる。

 余は今、紛れもなく。


 死と、相対しておるのだ。


 ゆっくりと、勇者の細い右腕が持ち上がる。

 真っ直ぐ向けられた手のひらが、余の姿を捉えた。


 瞬間、


「――っく!?」


 余の身が、前触れなく後方へ弾き飛ばされる。

 まるで巨大な鉄塊を振り抜かれたような衝撃……!!


 余は急制動し、すぐさま眼前を睨む。

 距離は100メートル程開いておった。


「中々の挨拶ではないか、勇者よ。

 では余も返事をせんと――な!!」


 右手を眼前に突き出し、素の魔力を放つ。

 炸裂音と共に、勇者の身体は……


 ……余のように吹き飛ぶ事はなく、頭だけを弾いた。

 それ以外は、微動にもせんかった。


(……そこそこ、力を入れたんじゃがなー)


 余は苦笑する。

 そして、安心した。


 これなら、まともにやり合うても問題ない。


「すぅ……はぁ……」


 短く深呼吸。


 魔王として備えるこの力をここまで解放するのは、7年ぶりじゃな。

 尤も自らの意思でなら初めてになるが。


 己の魔力の高まりを感じながら、眼前の少女の霊力もまた

 冗談のように膨れ上がっていく。


 勇者の強さの所以、その一つじゃ。

 勇者は魔族領にあっても、霊力を十全に発揮できる。ずるっこじゃ。



「来るがいい、勇者。

 余は静謐の魔王ナナ=フォビア=ニーヒル。

 易々と討ち取れると思うでないぞ」



 余は死線を睨み、言った。




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