【40】魔王様、それを感じ取る。





 パスラに到着する頃には、夜は大分更けていた。


 余はパスラの東、灯りも乏しい閑散とした区画を歩く。

 広くひらけた空き地の中心に立ち、腕なんぞ組んで仁王立ちする。


 辺りには数本、長い柱というか杭のような物がそびえていた。

 恐らく、ここに件の遺体が磔にされていたのじゃろう。



 周囲はひらけて余の姿はどこからでも見通せる。

 しかし姿は見えぬども、少し離れて周囲を囲むように、

 多勢の気配を感じた。


「どうした。出向いてやったというに、姿を見せぬのか」


 余はどこへともなく声を掛ける。


 ややあってから、気配が一斉に動いた。

 ざっと100は下らんだけ居るか。


 一通り、余はそれらを眺め見る。

 業の丈を表す紫焔が、そこかしこに大きく揺らめいておった。


「いや、本当にこんな下らぬ撒き餌にまんまとおびき寄せられるとはね。

 我ら善良な模範民を片っ端から凶牙に掛ける悪徒が、よもや本当に

 君のような年端もいかん小娘とは半信半疑だったがね」


 眼前、派手に武装した人間数人に護られるように立つ男が、

 嫌に響く声で大仰に言った。


「初めまして、話題のお嬢さん。私は中央から出向しておる商売人だ。

 今や我らの業界で時の人である君に、是非直接お会いしたくてね。

 初対面から風情がなくて申し訳ないが、こんな場を設けさせてもらった」


「よく喋るの。塵芥の小虫の事情なんぞどうでも良い。

 ミスティ……卑人達は、まだ無事であろうな?」


「もちろん、お求めの品は用意してある。死体を提供するわけがない。

 商人の誇りの元、ちゃんと生きたままお持ちしましたよ、お嬢さん」


 言葉のあと、男は顎をしゃくって周りの者に指示する。

 数人の男たちが、一抱えある大きな木箱を、いくつも乱暴に地面に置いた。

 その際、微かに人の呻き声のような者が漏れた。


 男がにこやかな笑顔を浮かべて言う。


「さて、こちらが本日の商談に使わせていただく商品たちだ。

 分かるかなお嬢さん、これから始まるのがそう、商談ということだ」


「つまらん話を回りくどく喋るな。何が言いたい」


「まぁ、そうがっつかんでおくれ、これの買い手はお嬢さんだけだ。

 我らは喜んでこの取引の席に着いているが、どうやらお嬢さんは少々ばかし

 手癖がお悪いと聞いていてね」


 男の言葉を継ぐように、木箱の側に立つ者達が手の上に何かしらの法術の

 陣を浮かべ、木箱にその手を添えた。


「彼らが準備をしているのは、燃焼の法術だよ。私がひとつ合図を送ると、

 彼らのそれが、あの商品らに火を点けてしまうんだ」


「……それがお前の物を売るやり方なのかの」


「今回は特別だよお嬢さん。いつもこんな演出なんてしていないさ。

 周りを見たまえ、小娘一人にこの人数だ。決して私は君を侮らない。

 では我々がこの商品に対して君に求める対価を提示していいかね?」


「勝手に言え」


「なんと破格の銅貨0枚だ。つまりお嬢さん、君の体たったひとつで良い。

 極悪重罪人の小娘の命、本来値段などつかん。タダ同然というわけだ」


「それはお買い得じゃ。涙が出るの」


「……ふん。たいした物だなお嬢さん。この状況でも軽口かね?

 しかし私は非常に臆病なタチでね、まだ用意したものがあるんだ。

 ここから最も近い詰め所に、パスラの騎士団が待機していてね。

 すでに連絡は入れてある。じきにこちらに到着するだろう」


 会わせて150人程になるかな、と男は笑った。

 余は溜息を吐く。


 それが到着する前に全て片はつくが……

 それでも100人以上か。


 少なくとも、周囲を即座に処理しようとすれば、

 それなりに魔力を用いる事になろう。

 気がかかりは、そこじゃ。


「ではお嬢さん、大人しく縛り上げられてくれるね?」


 男の言葉に、周囲の男数人が余に歩み寄ってくる。

 余は、頭に浮かぶ懸念を振り払って小声で呟いた。


「――死を礼賛らいさんせよ。至悦を以て堵列とれつに連ねよ」


 男達はまだ、気付かない。


 人数が多い。

 故に略式ではなく、念のために正式詠唱を用いる。


に苦輪、に業火、閉じて巡らず、阿鼻あびにて禊げ」


「……? 何をぶつぶつ言って……」


 言葉の途中、ハッとして男が目を見開き叫ぶ。

 しかし同時、余の足下に円陣が展開される。


「おい!! こいつ何か――」


巡悔の揺籠ヘル・クレイドル


 魔法陣から風が吹き上がり、余の髪を凪ぐ。

 輪状の閃光が陣から瞬時に走った。


 地を走る光の輪が周囲の者達全員を撫でた次の瞬間。

 訪れたのは、静寂。


 木箱におるであろう者を除いた、痴れ者すべてが各々の格好で固まる。

 そして、声なき叫喚で辺りが満ちた。

 目を剥き泡を吹き散らし、顔面に血管の跡を浮かせながら。

 生涯で蓄えた痛苦にくるまれて逝くがいい。


 遙か遠く、こちらへ向かってくる集団の姿。

 中には、リネイの姿も見えた。

 向こうからはまだ何も見えまい。


 余は構わず、触れる事なく全ての木箱の錠を外し、蓋を開いた。

 それぞれの中から霧人が一人ずつ地面に倒れ込んだ。


 余はその8名を伴い、転送陣を展開しようとする。


 その時。



「――――ッ!!?」



 破裂するか、という勢いで。

 余の心臓が、思い切り胸を打った。


 その一瞬、全ての音が消え、

 全身が総毛立った。


 緊張、という生易しい感覚ではない。

 死神に肩を叩かれたかと思う。


 それは確かな、死の予兆だった。



(……リリィ……)



 そうか。


 成ったのか。


 余は東の空を見上げる。


 大きく息を吸い、そして深く吐き出す。

 そして改めて、転送陣を起動した。



 征こう。

 愚かな余の、死地へ。




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