【30】魔王様、人間に居住地をお与えになる。
「魔王様、おはようございます。お目覚めですか?」
扉越しのスラルの呼び掛けで目が覚める……。
ほぁー……眠いのぅ……
「起きたぁ……なんじゃいな……ぁふ」
「昨日決定した人間の奴隷達の件、早速進めようと思うのですが」
「んー……ぅむ、そーじゃの」
のそのそ扉まで行き、へろへろ開ける。
そこに立っておったスラルが余の顔を見下ろす。
「……中々、ごゆっくりでしたが……まだ随分眠そうですね。
遅くまで何かなさっていたのですか?」
「へっ……? い、いぃ、いやいやいや?! 何もしとらんよ!?
べっ別に
「はぁ……? 何やらお顔が赤いですが……もしかして御身体が優れませんか?」
「ほ、ほほほほ。何言っとるのか、余はバリバリ元気が炸裂しとるよ??
さぁほれ、お仕事じゃお仕事、今日も頑張ってまいろうぞ」
「? ……はい。ではエントランスでお待ちしております。
身支度が済みましたらお越しください」
「う、うむ……あ、あの軽く湯浴みをしてからでもいいかの?」
「えぇ、もちろん構いません。魔王様が朝風呂とは珍しいですね」
ごゆっくりどうぞ、と執事は一礼して歩いていった。
(……ふぅ。き、気まずい)
まったく、余のばかもの……よもやあんな……
夜更けの自分の様を思い出して、また顔が熱くなってくる。
(前も思ったけど……余ってやっぱり思春期の少年と同じなのでは……)
はぁ……とにかくさっさと風呂に入ってこよう……。
「ふぅ、さっぱりさっぱり。目も覚めたわ、朝風呂もいいもんじゃのぅ」
魔術を用いて手早く髪を乾かしつつ、念話で今から向かうと執事に伝える。
エントランスにはすでに、スラルの他昨日の奴隷達の姿があった。
奴隷達は一様に、余が現れるとその場に跪いた。
わぁなんか余、魔王っぽい。
「ではスラル、運んでおくれ」
「はい」
スラルの転送陣によって、余らは魔族領の境界へと飛んだ。
「ここから人間領に出て3kmほど進んだ地点が予定地となります。
実はこれから向かう場所は、魔王様が少々気分を害される可能性が
あります。実際見て頂くまで報告を控えていたのですが」
「ほぁ? 余が気分を……そんな場所あるかの?」
「いえ、恐らく問題は無いと思います。念のため候補地はもう一つ
ご用意しておりますが……ともあれ一度ご覧になれますでしょうか、
あちらの方角です」
ふむ……? ここは魔族領北西の端に近い辺りだったかの……。
スラルが指した方向を見やる。もちろん3km程度なら余裕で見える。
あれは……土壁か?
「人間が作った、簡易な拠点……その名残か?」
「左様でございます。7年程前、魔族領へ侵攻してきた人族たちが当時
設置したベースキャンプの跡ですね」
「……なるほど。 ふん、確かにまぁ……あまり楽しいものではないが」
余は僅かに眉間に皺を寄せながら、其処へ向かい歩き出す。
スラルと奴隷らも余に続く。
「忌々しき賊どもの残したものではありますが、駐屯の地に設定されていた
だけあり、あの地点は小規模ですが”セフティ・ポイント”になっています」
セフティ・ポイントとは、魔物達が強く忌避する土地の事を指す。
人間領の各地、その地中深くには"霊脈”と呼ばれる、大河のように
霊素が流るる奔流が存在する。地表より上の霊素はその地脈から立ち上り
大気に漏れ混ざったものじゃ。
その奔る霊脈の上に位置する地点が、魔物を強力に退けるフィールド、
セフティ・ポイントとなるわけだの。人間の村落や街等は、基本的に
このポイントを利用して造られるようじゃ。
「魔族領にこれだけほど近い所にも霊脈は流れとるんだのー。
魔物程ではないが、あれは魔族の余もちょっぴり落ち着かんの、問題ないが」
「ですが人間には住み良いでしょう。7年前からほとんど放置されたままの
ベースキャンプですが、流用できるものも多くあります。
とりあえず運び込む資材等は専ら補修具や農耕具、食料位で済みます。
そのまま、すぐ住み着いて問題はないかと思われます」
「んむ、グッドじゃ。お、入り口の向こうに見えるあれは……
簡素ではあるがなかなか立派なログハウスのような物まで建っておるぞ」
単純な布張りのテント等だけでなく、小さな丸太作りの小屋も複数ある。
さすがに材木等はもう使えんだろうが、確かに流用がききそうな物は
多そうじゃの。これならこやつらも割かし安心して暮らせるじゃろう。
外堀まである土壁の囲いに造られた大きな上開きの門扉は開け放してある。
そこを抜け、かつて余を殺しかけた人間共の駐屯地に足を踏み入れた。
「まぁ言うて7年。そこまで痛んではいないようじゃの」
居住地に案内されると聞いていた奴隷たちを見ると、きょろきょろと
辺りを見回すその目には喜色が浮かんでおった。好感触なようじゃの。
「こ、ここで私たちが……?」
「うむ、まぁそも我らの物では無いが、お主らの好きにするがよい。
今日からここがお主らの居場所、己で住み良い地と成すのじゃな」
「……あ、ありがとうございます、魔王様……っ」
余の下にひれ伏し、頭を地に付け感謝を述べる奴隷達。
いや、もう奴隷ではないな。
「……しかし、ここまで良好な居住地があるとはのぅ。
これは……リリィ達も、ここに住まわせた方が良いの……かのぅ」
ここなら霊素関連の猥雑さもないし、何より人の中で暮らせる。
きっと、そうすべきであろうな……と余は思う。
「…………」
「そうですね……ご本人に、希望を尋ねてみては」
スラルが言う。
「うん……そうじゃの」
「複雑そうですね」
んむ……まぁ。
しかし、決めるべきはリリィ達じゃ。すぐにでも聞いてみよう。
……正直、気が進まないのぅ。手前勝手な気持ちじゃが。
場をスラルに任せ、余は魔王城へと帰還する。
はっきり言って、告げとうない……
(いやじゃあ……近くにいないの、めちゃくちゃ嫌ぁー……)
足取り重くリリィの部屋を訪ねる。
皆揃ってそこにおった。
「あ、ナナ……いらっしゃい。どうしたの?」
ふわっと微笑んでリリィが余を迎える。
思い思いに過ごしておった他の子らも余のもとへ寄ってきた。
うぐ、と余は怯む。
あと関係ないが、別件で大分……
き、気まずい……
「……? なんだか、少し顔が赤いね。風邪……?」
「い、いや、大丈夫じゃ、それより話があっての?」
「うん……なあに?」
余は人間達に与えたかの地について、彼女らに説明した。
そして、希望するならお主達もそちらに住まって良いと。
「そう……それは、皆さん良かった。きっと喜んでいたでしょう?」
「そうじゃの、目がキラキラしておったぞ」
「うん……私たちみたいな人にとって、そんな希望がいっぱいのお話なんて
夢でしかないものだもの……ありがとう、ナナ」
「べ、別に余は特に何もしとらん……。
で……ではリリィ達もやはり、そこに移って己らの生活を
新たに営んでいくかの……?」
余は、上目遣いにリリィを窺いながら訊ねる。
それに、リリィは少し目をつむって考え、やがて答えた。
「……ナナは、そうした方が良いと思ってるでしょう?
でも、もし出来るなら私は……ここにいられたら、嬉しい……です」
「……ほ?! ほ、ほんとか? なんでじゃ?」
余としては意外な返答に、ちょっと嬉しそうに返してしまう。
「あ……うん。あの……ここ、そばにミミのお墓があるし……それに、」
少し照れたように微笑んで、
「ナナが……近くに、いるもの」
……っ
……
「……? ナナ、どうしたの?」
「――ほぁ!? にゃ、な、なんでもにゃいぞな?!」
……やべぇ余、昇天しかけとった。
「ご、ごめん……おかしなこと言って。大丈夫、迷惑なら――」
「の、NO!! 迷惑な事なんぞありゃせぬ、ひとつも問題ない。
他の者達も、それで良いのかの?」
ミナたち他の子供らも、うんうんと何度も頷いた。
「よ、よぅしじゃあ一日も早くお主らの住居を完成させんとの!!
余も建築手伝っちゃおうかの、はは、ふはははは」
余はすっかりテンション上がってしもうて、なんか笑ってしまう。
ちなみに、リリィ達の住居建築の現場に本当に出向いたが、
圧倒的に足手まといだったのでさっさと引き返した。
釘打ったら、柱になる材木粉砕したりの……。
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