《29》階段の下で、女子三人。





 リリィが魔王の寝室を訪ねにエントランスに降りる階段を降りている途中。

 ちょうど扉を開き魔王城を訪れたラナンキュラスが姿を見せた。


 彼女は階段の踊り場辺りで立ち止まったリリィを見つけ、目を細める。

 リリィは会釈を返し、再び階段を降りた。


 彼女らは一度だけ顔を合わせた事があった。

 魔王と何事か会話を交わすラナンキュラスに、浴場へ向かう途中だった

 リリィが通り過ぎたのだ。その際もリリィが会釈をし、それにこの魔族の

 お嬢様も軽く首を動かして応えた。それだけだ。


(あの時の……綺麗な人だ)


 リリィは少し緊張しながら、最後の一段を降りた。

 ラナンキュラスは階段の少し前までやってきて、そこに立っていた。

 自分を待っていたのだろうか……とリリィは思う。


 肩口までのミディアムヘアーは白色だが、仄かに薄い緑色も差している。

 うっすら紫がかった肌に、黒い瞳。瞳孔の美しい金色がリリィを見据える。

 人間からすれば特殊な肌色だが、それは人の美観からしても美しい。

 羨ましいな、とリリィはぼんやり考え、失礼かもとすぐその考えを振り払う。


「……リリィ、でしたかしら?」


「あ……は、はいそうです」


 まるで何かを品評するように、上から下までリリィを眺める。

 そして、軽く息をつき、真っ直ぐに彼女を見つめて言った。


わたくしはラナンキュラス=ハーリィ。栄えある魔貴族ですわ」


「あ、あの、ごていねいに、どうも……」


 貴族、という二文字に反射的に萎縮してしまうリリィ。

 その姿に、こほんと咳をしてラナンキュラスは言う。


「そんな畏まらなくてよろしくてよ……貴女、魔王様のご友人なのでしょう?」


「は、はい……そう言ってもらえて、ます。

 あの、ナナ……魔王様に、御用ですよね?」


「そうね。そのつもりですけれど……用件はもうひとつあるわ。

 ちょうど良かった。私、貴女とも一度お話してみたかったんですのよ」


「え……? わ、わたしと、ですか」


 思いもよらない言葉に、面食らうリリィ。


「そう。あの子は他にも幾人か連れてきてますわよね? 四人だったかしら。

 けれど、明確に友人と呼び己を名前で呼ばせるのは、貴女だけですわ。

 はっきりとそう思っているわけではありませんが、少なくとも私には

 貴女が魔王様から特別に扱われているように思えまして」


「あ、ぅ……他の子達も、とても良く……大事にしてもらっています。

 たぶん……私が一番年が近いから……特別とかではないと思いますけど……」


「ふぅん……そうですの? 私ね、とはそれは長い付き合いですの。

 あの子、魔王様として座していますけど……基本的に素直な子ですのよ。

 それこそ悩んでいても悲しんでいても、すぐに顔に出すような」


「……はい」


「あの子の貴女を見る時の表情……私の知らない顔をしているわ」


 言いながら、リリィに歩み寄る。ヒールの乾いた音がエントランスに響く。

 やがて、間が人ひとり分の距離まで近づいた。


 ラナンキュラスはリリィの顎に指を添え、じっとその顔を見つめる。

 リリィは、どうしたらいいか分からずじっとしている。


「……不思議。貴女は普通の人間でしょう?

 なのになぜかしら……貴女を見ると、胸がざわつく気がするの」


「え……っ?」


「貴女達たしか、人間の間で……卑人?と呼ばれて、迫害を受けていると

 聞きましたけれど……合ってますかしら」


「は、はい……そうです。わたし……卑人、です」


「違う」


 不意に、そこにいなかったもう一人の声が届いた。

 二人は声の方を見る。


「卑人などではない。ラナンキュラス、その呼称は二度と口にするな」


 声の主は、魔王だった。こちらへ静かに歩いてくる。

 リリィはその姿を見て、自分でも驚くほど安堵した。


 けれど、その魔王の表情を見た時、少し息を呑む。


(リリィ、少し……怒ってる?)


「……と、言いますと? では別の呼称があるという事ですの、魔王様」


「そうじゃ。彼女らのような者をあえて呼ぶなら、霧人ミスティと呼ぶのじゃ。

 尤も、そんな呼称も本来いらぬ。ただ人間であるのじゃからな」


「ミスティ……」


 リリィは、目を丸くしてその響きを呟く。

 そして、その意図に気付いて涙が出そうになった。


「霧人。なるほど……そうですわね。私としたことが、軽率でしたわ。

 リリィ、ごめんなさいね。私、貴女を蔑む意思はありませんでしたのよ」


「……ぁ、大丈夫、です……」


「余も分かっておるよ、キューちゃん。少し言い方がきつかった。ごめんの」


「キューちゃんはやめて下さいましと……まぁ良いです。

 引き留めて申し訳ありませんでしたわ。もうよろしくてよリリィ」


 言われて、リリィは少し困る。そもそも、彼女も魔王を訪ねて出てきたのだ。

 どうしたものかと少しおろおろしてしまう。


「……? もしかして、貴女も魔王様に御用ですの?」


「えっ?! そ、そなのかリリィ? よ、よよ余に用なのかにょ?」


「にょって……カミカミですわよナナ。何をそんなキョドってらっしゃるの」


「べっ、別にキョドってなんかおらにゅけど?! 余裕じゃけど!?」


 なぜかみるみる顔が赤くなっていく魔王に、怪訝な顔をするラナンキュラス。

 リリィも首を傾げている。


 魔王は先ほどの浴場の事を思い出して一人でテンパっていただけだが、

 二人に知る由はない。


「わ、私は大した用事じゃないから……お部屋に戻るね。おやすみナナ。

 ラナンキュラス……さんもおやすみなさい」


「そうですの? ええ、おやすみなさいリリィ」


 リリィはぺこりと二人にお辞儀をして、階段を再び昇っていった。


「あ、あぅ……」


 それを、なんだか情けない顔で見上げる魔王。


 二人の姿を交互に見て、ラナンキュラスはまた怪訝な顔をし「ふむ……?」と

 何事かに思いを巡らせた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る