《28》リリィ、魔王様の事を考える。





 ダイニングで夕食をいただき、その後花畑に向かい夜風を浴びて。

 リリィはミミの墓を撫でながら少しの間語り掛ける。


 しばらくそうしてから城内へと戻り、すれ違うメイドさんと会釈しあう。

 あてがってもらった部屋に入り、ベッドに腰掛ける。


 部屋の中には、親ウサモフの大きな体に寄りかかって寝息を立てるピッピの姿。

 ネルとリルはメイド長さんに教えてもらったボードゲームで遊んでいる。

 ミナは現代語の教科書を開いて熱心に読んでいる。


 みんなのその穏やかで平和な姿を見ていると、胸の中が溶け出すような

 暖かく幸せな気持ちになった。


(全部、ナナが私達にくれたもの)


 リリィは、魔王である少女……ナナの事を想う。


 ずっと続くと思っていた苦痛と恐怖が支配する日々から、

 自分達を救い上げてくれた小さなお姉さん。


 彼女はそう……魔王なのだという。

 人間にとって最も脅威で、恐るべき魔族の王。


(でも私が知っている誰より……人間の誰より、優しくて暖かい)


 何の心配もせず、太陽の下に出ていける。

 人と同じ道を歩くだけで、睨まれたり石をぶつけられたりしない。

 ここにいると、私たちも人間なんだ、と思える。

 不思議な話だ。ここは人間領じゃなくて、魔族領なのに。


 魔王ナナは、間違いなくリリィ達にとって“勇者”のような存在であった。


 ナナは勇者を恐れ、勇者の出現にとても怯えているという。

 もし勇者が魔王を滅ぼしにやってくるのなら……そんな事は絶対許せない。

 勇者がどんな人物であろうと、自分は許すことは出来ないだろう。


(私にも何か、できる事があったら……)


 この考えも、何度目か分からない。

 自分はどうしようもなく、無力で何もない小娘だ。


(そうだ、ベルさん……あの人になら、法術を教えてもらえないかな)


 ナナが自分たちのために連れてきてくれたという、人間のお医者様。

 自分たち卑人にも冷たくない、怖くない珍しいお姉さんだ。

 良い考えかもしれない。自分も霊晶石を扱えたら、きっと役に立つ。


(それくらいじゃ、少しも恩返しにならないけど……)


 ほんの僅かでも、リリィのためになれるかもしれない、と思い

 嬉しくなって微笑んだ……


 ……すると、その時。


(ーーう……?)


 ふっ、と。


 ほんの一瞬だったが、目の奥に妙な疼きを感じて、ごく軽い眩暈がした。


(また……。なんだろう)


 目元に手を添えて、リリィはひとり首を傾げる。


 昼前位にも、このようなことがあった。

 今し方のものより、その時の立ち眩みはもう少し強かった。

 あの日々の疲れが、ここにきて表に出てきているのだろうか?


「お姉ちゃん、どうしたの? 具合、悪い?」


 本から顔を上げたミナが、少し心配そうに尋ねた。

 それに、首を振ってリリィは応える。


「ううん。なんともないよ……ちょっとお夕飯食べ過ぎちゃったかな」


「美味しかったもんね、今日のごはんも。プリンっていうの、美味しすぎて

 ほっぺたキュ――ってなったもん」


 ネルとリルも、思い出してにこにことした。

 むにゃ、と寝返りをうったピッピも、どこか幸せそうな顔を浮かべる。


「ふふ……そうだね。今日もごちそうだった」


 何か喜びや幸せに触れるたび。

 やはり思い出すのは、ナナの事だった。


 夕食前の浴場で、彼女が見せた表情。

 まるで自分の事のように、辛そうにリリィを諭してくれた。


 彼女を想うと、胸か、お腹か……身体のどこかが切なくなる。

 それは今までに感じた事のない感覚……感情だった。


 寄り添ったナナの、小さく、柔らかな感触を思い出すと、

 なぜか少し鼓動が早くなった。


(会いに……いこうかな……)


 目をつむり、胸に手を添えて思いつく。

 その考えは、とても素敵なものに思えた。


 リリィはベッドから立ち上がる。

 その際も、また微かな立ち眩みと、

 目の奥の仄かな熱。


 けれど今回はさほど気にならなかった。





 …………


 ……リリィは、まだ知らない。


 いや、この頃はまだ、誰も気づいていなかった。


 リリィが正午少し前、その瞳の奥に疼きを覚えた時。

 人間領のとある奴隷商が、魔王の力によって、命を摘まれていたのだ。




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