【27】魔王様、風呂場でのぼせる。
メーデー メーデー。
えー、こちら、魔王様?
大浴場から緊急信号?
えらいこっちゃです?
応答願います?
「ナナも、こんな時間にお風呂に入るんだね」
ふわりと柔らかく微笑むリリィさん。
ちゃぷ、と小さく水音が鳴る。
「――――」
余、完全フリーズ。
「一緒にお風呂に入るの、はじめてだね」
「……うぃす?」
かろうじて謎の相槌。
「……あったかいお風呂なんて、入れなかったから。
少し前まで毎日、バケツに入ったすっごく冷たい水で身体を拭いてて……
だから嬉しくって……一日に何回も入らせてもらうこともあるの」
肩を撫でながら、とても気持ちよさそうなリリィの顔。
余の脳みそはだんだん、緊急停止から解き放たれつつある。
「あ、えっと、あにょ」
言葉が出てこない余は、その場でぷるぷる震え出してしまう。
そんな余を見て、小首を傾げるリリィ。
「くすっ、どうしたの? そんな――」
言い掛けて、突然何かに思い当たったようにハッとして言った。
「あっ……ご、ごめんなさい、私……」
急に表情を暗くして、なぜかリリィが詫びる。
そして、浴槽の縁に手を掛ける。
「ふぁ、な、なんじゃ出てしまうのか!?」
行ってしまうと思った途端、余はすっごい必死な声が出てしまった。
しかし同時に、リリィのその妙に申し訳なさそうな顔が気になる。
「な、なんでそんな済まなそうな顔をするのじゃ……?」
余は尋ねる。
リリィは余を見て、無理やりのように微笑んで言った。
「だって、私……ね? こういうの……だから」
こういうの……?
どういう……
余は一瞬言葉の意味が分からなかったが、
(……あ……)
ようやく気付いた。
この子は……
つまり、自分が卑人と呼ばれる者である事について言っておるのだ。
余は、思わず湯舟で立ち上がってしまう。
「お主もしや、自分が卑人とか呼ばれていた名残で言っておるのか、それは」
問うと、リリィは余の顔を見上げて……また、俯く。
「馬鹿な……そんな事、気にするでない。お主は……」
「う、うん……分かってる。リリィは優しいから、そう言ってくれるでしょう?
大丈夫だから。ごめんね、こんな変な気を遣わせて……」
言いながら、余と距離を取ろうとするリリィ。
余は……
無性に腹が立って、仕方がなかった。
彼女を言われなき事で侮蔑する人間に。鈍い自分に。
「リリィ。これまで周囲に何を言われてきたかは知らぬがの。
お主は綺麗じゃ。頼むから、自分をそんな風に扱わんでくれ」
余は真っ直ぐリリィを見て、言った。
たぶん、情けない顔をしてるであろうな……
「ナナ……」
リリィは口を小さく開けたまま、呆けたように余を見る。
そしてやがて、泣きそうな、切なげな顔になった。
「ほ……本当に、大丈夫……? その、気持ち悪かったり……匂い、とか」
「何が気持ち悪いんじゃ、分からん」
余は、ずいっとリリィのそばに身を寄せる。
「匂い? なんじゃ、誰ぞに下らんデマカセを言われたか?
断言するがの、それを言った猿の方がよっぽと醜悪な臭いがするわ、のぅ?」
顔を寄せて、リリィの目を見る。
ぱちぱち、彼女はまばたきをする。
じきに、目が潤みを帯びはじめた。
余はリリィの頬に手を添えて、頷く。
「泣くな。こんな事で泣いてやる必要はない。ただ、当たり前のことじゃ。
そうじゃろ? お主はただ、普通の女の子じゃろう?」
「う、うん……」
応えたリリィの頬に、ひとすじ涙が伝う。
結局、泣かせてしまった。
「一緒にここにいよう。信じて、ナナは何も嘘は言ってない」
余は言って、湯の中のリリィの手に触れた。
「うん……うん、ナナ」
リリィは、やや躊躇ったが、そっと余に身を寄せた。
まだ痩せ細った身体だけれど、ふわりと柔らかな感触。
余は暖かく穏やかな気持ちで、手を背に回し……
回し……
……――
ん?
柔らかな感触?
余はおもむろに、視線を下に向ける。
平らな余の胸に、二つの膨らみが押しつけ……られ……
ほ、
(ほぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!!!)
な、なななななんちゅー事、しとるの余さん!?
「ナナはやっぱり……お姉さんだね。
優しいお姉さん……」
リリィが何か言っとる、
だが余はそれどころではなひ――
って、はぁあ、リリィ、そんなさらにギュっとしちゃ、
あわ、あわわわわ、柔らかさの中にこれ、これって【自主規制】、
(お、おお落ち着け、あんな事言ったそばからいきなり離れたら誤解される――)
「ありがと……ナナ……」
安らかな、リリィの声。
対してかっちかちの余。
(余、なんかもう、なんかじゃ――!!)
ここは天国か、地獄か。
いつの間にか離れたリリィが色々話し掛けていた気がする。
じゃが、余はすっかりのぼせあがっていたから、よく覚えておらぬ……
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