【31】魔王様、勇者ちゃんの腕で微睡む。





 リリィ達の住居は、建築開始から竣工まで僅か10日程度で成った。

 さすが我が魔族領最高峰の腕利き大工を集めただけはある。

 名工が魔術を駆使したにしても早すぎるが……。


 短期施工とは言え、出来上がったものに妥協は無い。

 彼女らが住むに十二分な広さの、二階建てのコテージハウス。

 明るい色合いのオーク材を基礎とした、可愛らしいモダンなお家じゃ。


 子供らは皆はしゃいで新居を隅まで見て回り、その様子を見て

 リリィも嬉しそうに笑っておった。

 その顔を見る余も頬がムニョムニョする。


「素敵なおうち……ありがとう、ナナ」


「良い良い。言っとったように、今夜は竣工パーティじゃ。

 せっかくだからこの新居で、お主らと余だけでお祝いをしよう」


「うん、私もお料理のお手伝いをするから……頑張って作るから、

 よかったら食べてね」


「うむ、もちろんじゃ」


 リリィの作ったものなら炭でも食うぞ、と言いそうになったが

 どう考えても失礼なので飲み込んだ。

 厨房係に聞くに、リリィの料理のポテンシャルはかなり高いそうじゃ。

 楽しみじゃのー。


 風呂に備え付いた給湯器や、キッチンの保冷庫などの魔導設備の扱い方や、

 余やハルニレ等と連絡が出来る魔晶具の使用法を一通り説明した後は、

 夜まで各々で時間を過ごす。


 そして、夜。

 魔王城から運び込んだ様々な料理と、早速この家の真新しいキッチンを

 使ってリリィらが作った純朴だが中々な出来の数品がダイニングテーブルに

 並べられて、和やかなパーティが始まった。


「まおーさま、これピッピが描いたのー」


 ピッピが示したオムレツの上には、ケチャップで描かれた……なんじゃこれ、

 ゴブリン?なんかバケモン?の顔らしきものが描かれていた。


「それ、まおーさまなのー」


 あっ、余なんじゃ……これ……

 うむ、趣深い……味のあるアートじゃな。


「これ、ネルとリルが切ったの」


 ネルとリル(この子らは双子の姉妹じゃ)が指さした皿には、

 ……何これ、活け作り?見事に捌かれカシラの横に並べられた刺身が。


「何かを切るのって、すっごく楽しい。ね、リル」


「うん、ネル。なんだかぞくぞくする」


 双子が可愛らしい笑顔でなんかアレな事言っとる……。

 余はとりあえずハハハと笑っておいた。


「この小っちゃい一口サイズの色んなおむすびは、あたしとお姉ちゃんが

 握って作ったのよ。お肉とか魚とか、色々あるんだ」


 そう言ってミナが寄せてきた皿には、取り取りの小さなライスボール。

 ……リリィが握った?


「そか。じゃあ一旦あれじゃな、それ50コ程頂こうかの」


「そんなに作ってないよ……」


 手を合わせて、皆で食事を始める。

 ウサモフ達も床で野菜を美味そうに食べておる。


 とても暖かく、笑顔にあふれる食卓じゃった。

 食べ終え、最後は皆で肩を寄せ合って食器等を洗う。

 後はそれぞれ、思い思いに過ごし始めた。


 余は、二階に上がりベランダに出る。

 ウッドデッキの上に風は少なく、手すり越しに何となく夜空を見上げる。

 幾ばくかそうしていると、後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。


「すてきな……ええと、バルコニー?ね」


 リリィが余の横に並んで言った。


「屋根がついとるから、一応ベランダになるかの。こういうのは良いぞ。

 物思いや気を落ち着けるのに適しておる」


「うん……」


 しばし、そのまま静かに二人で近くに見える花畑を眺めた。

 余は、リリィの方を見てみる。

 彼女は余を見ていた。


「何回も言われてくどいかもしれないけど……ありがとう。

 でも、何回言っても、何を言っても伝えきれないの」


 リリィはおもむろに余の傍に寄って、

 手すりに添えられた余の手に自分の手を乗せた。


「私、とっても……幸せよ」


 言って微笑む。

 けれど、余は重ねられたその手から、微かな震えを感じ取った。

 余は尋ねる。


「どうして、震えておる……?」


「ん……」


 リリィは少し俯く。

 その手にもう少し、力がこもった。


「……怖くなる時が、あるの。全部……夢だったらって」


「……うむ」


「みんなのあの幸せいっぱいの笑顔も、こんなに安らかな時間も、

 ……ナナの事も。もし全部夢だったら……」


 震えはもう、確かなものになっている。


「またで目を覚ましたら……私、耐えられないかもしれない」


「夢ではない。余は、ちゃんとここにおる」


「うん……ぅん」


「もし夢でも、すぐにまた助けにゆく」


「……ん」


 リリィに向き直って、余が宣言する。

 それに頷いて……


 リリィは、余を抱きしめた。


 ……


「……余は、ここにおる」


 もう一度伝える。

 リリィが頷き、余の頬に冷たい涙が触れる。


 余とリリィは、しばらくそうしていた。





 夜が更け、就寝の時間。


 余の寝所、いつもはひとりのベッドの中。

 横になった余の側に、リリィが寄り添っていた。


 余はリリィの腕に抱き込まれて、リリィのささやきを聴いておった。


 不思議と心は浮つかず、邪な思いも無かった。

 リリィは今はもう落ち着いているが、まだ先ほどの震えの名残が

 微かに余の胸に残っている。劣情など沸くはずもない。


 眠る前が特に怖くなる、とリリィが言ったから。

 今日だけ、一緒にいてほしいと言ったから、余は頷いた。

 それだけじゃ。



「もし私に、大きな力があったら……って考えるの」


 リリィがつぶやく。


「少し前の私たちみたいな人を、助けてあげられるのかな……って。

 でもきっと、力があるだけじゃ……だめかもしれない」


 その言葉は、余の心の奥に痛烈に刺さる。


「この前、あなたが凄く切なそうな、辛そうな顔をしてるのを見た。

 元奴隷の人たちを連れてきたばかりの時……」


 ぎゅ、とリリィの腕に少し力がこもった。


「あなたは……とても優しい。私なんかよりずっと……

 ねぇナナ、あなたがそんなに悩むことはないのよ」


「余は……別に……」


「うん……いいの。これは私の勝手な想像だもの。

 だからただ聴いて。あなたが悲しいと、私も凄く……悲しいから」


 リリィの手が、余の頭を優しく撫でる。

 それは言葉にならないくらい、心地よかった。


「……あったかい」


 リリィが微睡んだ声で言う。

 余も、意識が暖かい闇に沈んでいく。



 まだ出会って、それほどの時を過ごしていない。

 でも確かに。


 余はこの子に恋をしているのだ、と思い知った。




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